マルチな才能を発揮してますが、顔出しはNGで

青年とおっさんの間

顔を隠して尻隠さず 3

「こらーッ! 義也ーッ!!」

 今日もまた施設中にミコ先生の怒声が響き渡る。

「あんた、まーた女の子泣かせたでしょ!?」

 いつものように窓際で読書をしていると、ミコ先生がやって来ては僕に何かと叱りつける。

「泣かせるつもりはなかったんだけど… 」「それで? 今度は何したの?」
「ただ『好き』って言われたから、僕は『嫌い』って言っただけだよ。そしたら急に泣き出しちゃって… 」
「はー… あんたはもうちょっと人に優しく出来ないものかね〜… 」「人はそう簡単には変われませんよ」

 と、まあこんなやり取りをするのがいつもの日課だ。
 ここは教会が運営している施設で、身寄りのない子供たちが大勢生活している。
 目の前で頭を抱えている女性は、『ふさ 御子みこ』先生。ここの教会の牧師、兼施設の園長先生で、身寄りのない僕らにとっては、ちょっと口うるさいお母さんのような存在だ。
 この施設で生活している僕も、他の子たちと同じように両親がいない。父も母も、僕が物心ついた時に病気で帰らぬ人になった。 
「こんにちはー」
「あ! アユミ姉ちゃんだ!」「え? 歩美お姉ちゃんが来てくれたの?」

 玄関の方が騒がしい。どうやら歩美ちゃんが来たようで、子供たちが喜んでいるみたい。

「アユミ姉ちゃん、俺たちと隠れんぼしよーぜ!」「ダメーッ! 今日は私たちが歩美お姉ちゃんにピアノを教えてもらう日なの!」「はいはい! みんな、歩美お姉ちゃんを困らせないの!」

 歩美ちゃんの周りに子供たちが群がり始めたところで、ミコ先生が止めに入る。

「ミコ先生〜、だって〜」「今日は先生が1番だから、終わったら順番に遊んでもらいなさい?」
「え〜! 先生ずるーい!」「それが大人の特権よ?」「ちぇーッ」

 大人ってズルいなと思ってしまうような言葉を、そう感じさせないようにさらっと言えてしまうミコ先生だからこそ、子供たちだけでなく施設のみんなからの信頼も厚いのだろう。
 子供たちが引いていった後で、歩美ちゃんが少しホッとした表情をしてから、ミコ先生の元に来て挨拶をする。

「ミコ先生ありがとうございます」「いーのよ歩美ちゃん、それよりいつも手伝いに来てくれてありがとね」「いいえ、気にしないでください! 亡くなったお母さんもきっと、私に代わりにやって欲しいと思っているはずですから」

 何年か前から歩美ちゃんは毎週のようにこの施設に来て、子供たちと遊んだりピアノを教えてくれたりしている。
 それ以前は、歩美ちゃんのお母さんの恵美さんが、毎週来ては子供たちの面倒を見てくれて、僕のことも自分の息子のように接してくれていた。
 だから、ミコ先生から恵美さんが亡くなったと聞いたときは凄く悲しかった。自分の両親が死んだ時と同じか、それ以上に。

「義也くん、今日はピアノの練習する?」「うーん、今日も辞めておこうかな」
「そっか… また気が変わったら言ってね」

 こうして歩美ちゃんが僕のことを気にかけるのも、亡くなる前に恵美さんが僕にピアノを教えてくれていたからだ。
 僕はできるならもうピアノは弾きたくない。別に嫌いなったとか、ピアノを弾くと恵美さんを思い出すからとか、そんな理由があるわけでもなく、ただ何となく弾きたくなくなってしまった。
 そう、この頃の僕はピアノだけじゃなくて、何もかもに無関心になりつつあったんだ。

「ねえ、歩美ちゃん! 今度のクリスマスイヴに、うちの施設でクリスマス会をするんだけど、よかったらゲストで参加してみない?」

 僕が歩美ちゃんの誘いを断ったタイミングを見計らってか、ミコ先生が歩美ちゃんに話し掛ける。きっと僕が今日もピアノを弾かないといって断ることを見越して、話のネタを用意していたのだろう。

「そんなゲストだなんて… みんなと一緒に参加するなら構わないですけど… 」

 歩美ちゃんが断るのも無理はない。だってこの施設には毎年クリスマスに、海外の有名な演奏家が教会からボランティアとして派遣されてくるからだ。

「でも、歩美ちゃんはピアノ上手だし、歌も上手いし、それに皆んなも喜んでくれると思うのだけれど」「そう言われても… 」
「はあ… 今年は相手方の都合でゲストが誰も来なくて、歩美ちゃんが無理となると誰に頼もうかしらね〜… 」

 ミコ先生が困った表情をしつつ、横目でチラチラ歩美ちゃんの様子を伺っている。
 そう言えば歩美ちゃんが断れないって知っていて、わざとやってるんだよミコ先生は。
 それに事務所で既にクリスマス会のチラシを作っているのも僕は知っているんだからね、まったく。

「ミコ先生わかりました、私で良ければその話、引き受けさせてもらいます」「ありがとーう!歩美ちゃん!!」
「その代わり! 私1人だと寂しいのでスケットを呼んでもいいですか?」「もちろん構わないわよ! 是非連れて来てらっしゃい!」





……
………





 そんなこんなで歩美ちゃんが連れて来たスケットというのが…

「初めまして、入月勇志でーす」「林田真純です、よろしくお願いします」
「初めまして、私はここの施設長の房御子です。今日は来てくれてありがとね」「いえ、俺たち普段は路上で演奏してるので、ステージで演奏できるなんて感激です! なあ?勇志」「あー… うん、感激です!」

 この2人だったというわけ。
 てか、勇志くんの第一印象は最悪で、ミコ先生の話も聞かないで周りを見てキョロキョロしてて、僕はこの時、変な奴が来たなと内心思っていた。

「勇志! 真純くん! 2人とも遅刻だよ!? 合わせて練習する時間があまりないんだから、セッティング急いで!!」「「はーい、ごめんなさーい」」
「へー… 」

 いつも礼儀正しくて、どこか人と距離を置いているような歩美ちゃんが、勇志くんと真純くんを呼んだ時の表情や声色からは、いつも施設で見る歩美ちゃんとは別人のように感じた。
 それに勇志くんのことは呼び捨てで呼んでいたしね。この時から僕は既に歩美ちゃんの好きな人が誰か気付いていたってわけ。まあその話は今はやめておこうかな。
 しばらくして、毎年恒例のクリスマス会が始まった。
 普段、教会と聞くと敷居が高く感じる人たちも、クリスマスの時期になると足を運んでくれるのは、クリスマスがイエスキリストの誕生日を祝う日だと知っているからか、それとも何となくそれっぽい雰囲気だからかは分からない。
 けど、例年と同じく今年も近隣から遠方の人たちまで、多くの人がこの施設のクリスマス会に訪れていて、会場となる礼拝堂には常設しているベンチでは数が足りず、通路にパイプ椅子を並べた程だった。

「皆さんこんにちは! そしてメリークリスマス!!」

 恒例のミコ先生の挨拶で始まり、早速メインゲストである歩美ちゃん一行が紹介される。

「こんにちは、只今ご紹介に預かりました桐島歩美です。今日はクリスマスということで、何曲かクリスマスソングを演奏したいと思います。短い時間ではありますが、一緒にクリスマス気分を味わえたらと思います。それではお聞き下さい」

 歩美ちゃんの合図で勇志くんがアコースティックギターのアルペジオを軽快に走らせる。
 それに合わせて真純くんのカホンと歩美ちゃんのピアノがバッチリのタイミングでイントロを盛り上げる。
 そして、まるで洋楽を聴いているかのような歩美ちゃんの歌が始まり、瞬く間に会場の雰囲気が変わっていく。

「この曲は… 『winter wonderland』、しかもアレンジはスティーブン・カーティス・チャップリンか」

 クリスマスソングとしてはかなりメジャーだけど、アレンジはマイナーなところを突いてきたことに、思わず声を出してしまった。
  歩美ちゃんたちの演奏は予定されていた時間通りに終わったけど、僕にとっては一瞬のように感じるほど心地よい時間だった。

「「「アンコール、アンコール!」」」

 歩美ちゃんたちがたくさんの拍手に包まれる中、ぽつぽつとアンコールの声が上がり、いつしかそれは大きな合唱となる。

「えッ!? えっと〜…. 」

 観客たちの凄まじい迫力に押され、歩美ちゃんがびっくりした表情をするけど、直ぐに勇志くんと真純くんが集まってきて何やら話し始めた。

「皆さん、アンコールありがとうございます。まさかアンコールを頂けるとは思っていなかったので何も用意をしていなかったのですが、隣にいる勇志くんが最後に1曲歌ってくれますので聴いて下さい」

 歩美ちゃんがMCを終えるのと同時に、勇志くんが持っていたギターを置き、マイクを手に持つ。  真純くんはカホンから立ち上がり、舞台袖に下がっているため、どうやらピアノと歌だけの演奏みたいだ。

「それでは聴いて下さい、『Amazing Grace』」

 勇志くんが曲のタイトルを言い終えるのと同時に、歩美ちゃんがピアノを弾き始める。
 1つ1つの音の余韻が会場に広がり、勇志くんが歌い出す前から、すでに観客は『Amazing Grace』という曲の世界に引き込まれていた。
 そして勇志くんが歌い出すと、会場の空気が一変した。
 その祈りのような歌詞が、鍵盤から広がるメロディーに乗せられ、僕の心の中にスッと入ってきて留まる。
 それはまるでその歌が、その歌詞が、僕の心の隙間をそっと埋めるような感覚だった。
 そして僕は、いつの間にか涙を流していることに気付いた。
 両親が死んだ時も、恵美さんが死んだ時も涙なんて流さなかったのに、今は拭っても拭っても涙が溢れ出てくる。
 ああ… そうか…
 きっと自分の心を守る為に、僕は感情を無くしたんだ。だから今、僕が無くしていた分だけ悲しんでいるんだ。
 でも、不思議と悲しくない。 だって、今なら両親も恵美さんも、きっと天国にいるんだって思うことが出来るから、だからこの涙はきっと悲しい涙じゃなくて、嬉し涙なんだ。
 今はそう思うことにしよう…




……
………




「ふうーっ、 終わったー! なあ真純? 何でこの世界には『片付け』などという面倒臭い作業があるんだ? 俺には少し理解しかねるのだが」
「それはきっと『散らかす奴』がいるからだろ、きっと」「なんか深いな、それ」

 クリスマス会の賑わいも収まり、それぞれが片付けをしている中、僕は歩美ちゃんと一緒に演奏していた2人の元に近寄り、声を掛けた。

「あのー… 」「ん?」「えーと、君は?」
「僕は山崎義也、ここでお世話になってる者です」「俺は林田真純、そっちの面倒臭えって顔をしてるのは入月勇志だ」「おいッ!真純… 何で分かった!?」
「さっきから片付けの手が止まってるからだよ。それで義也くんは俺たちに何か用かな?」
「最後のアンコールの曲、『Amazing Grace』だけど、あれって正確には『Amazing Grace』じゃないでしょ?」「へぇー… 」

 僕の問い掛けに感心したような顔をした勇志くんが、それで?と言わんばかりに僕を見つめる。

「あの曲は、『Amazing Grace(my chains are gone)』、元は聖歌の『Amazing Grace』をクリス・マリリンがアレンジした曲だよね?」「よくもまあそんなこと知ってるな〜、たいしたもんだ」
「勇志くんの歌声って、クリス・マリリンに似てるってよく言われない?」
「そうそう! 私もずっとそう思ってたんだ!」

 向こうの方で片付けをしていたはずの歩美ちゃんが、いつの間にか後ろからヒョイっと顔を出して、僕の話に賛成をしてくる。

「あんなに綺麗な声かね?俺。 個人的にはスティーブン・カーティス・チャップリンに似せて歌ったつもりだったんだけど」「それは言い過ぎだよ、勇志くん」
「ちょッ、おい!俺らまだ初対面だからね?」「私もスティーブン・カーティス・チャップリンは言い過ぎだと思うな… 」
「え…?」「うーん、俺もかな」
「ちきしょ〜ッ! 何だよ、みんなして? 泣いてやる〜!泣いてやるぞ〜ッ!!」「「どうぞ、ご自由に」」
「ぷっ… あははははッ!」

 歩美ちゃんと真純くんの息の合った返しに、思わず声を上げて笑ってしまう。
 何だろう、今日の僕、さっきから何かおかしいみたい。

「… 義也くんが笑った?」「え、なに?」
「ううん別に… ただ、義也くんの笑った顔を初めて見たなと思って、嬉しくて」
「あ… そっか、そうだったんだ… 」「え?」

 これは僕の咄嗟の思い付き。だけど、僕はきっとこの人たちと一緒にいたら何か変われるという確信に満ちていた。

「ねえ、僕を歩美ちゃんたちのバンドに入れてくれないかな?」「ええッ!? 私のバンド!?」

 僕の突然の告白に当然のように驚く歩美ちゃんを横に、勇志くんがおもむろに口を開く。

「義也だっけか? 楽器は何が弾ける?」「何でも弾けるよ? でも、今このバンドに必要なのはベースだと思うけど」
「ほう… 」「俺はいいと思うけどな、勇志はどう?」

 勇志くんは少し考えるような素振りを見せる。
 それもそうだろう、どこの誰かもよく分からない人をバンドに入れるなんて、僕だったら絶対に入れないだろう。
 断られることは覚悟している。それでも僕はこのバンドに入りたい! だから1度や2度断られたからと言って…

「文句なし! よろしく義也!」「へ?」

 まさかこんなにあっさり加入が認められるとは思いもせず、思わず変な声が出てしまった。

「義也くん、本当にバンドに入りるの?」

 歩美ちゃんが心配そうな顔をして、僕に話し掛けてくる。施設に来る時からずっと僕の事を心配してくれていた彼女だから、きっと今も色々と気を遣ってくれているのだろうな。

「大丈夫だよ、歩美ちゃん。なんか僕、やっと変われそうな気がするんだ!」「そっか… わかったわ」

 歩美ちゃんの了承も得たところで、ずっと気になっていたことを口にする。

「そういえば、このバンドって名前何ていうのかな?」
「えーと… 一応、仮なんだけど【放課後演奏団】というカッコイイ名前が… 」「「何それ、ダサッ」」「げふッ…!?」
 僕と歩美ちゃんのツッコミが見事にシンクロし、勇志くんに大ダメージを与える。

「私たちや、私たちの曲を聴いてくれる一人一人にとって、特別な瞬間、そして神秘的な場所であるように願いを込めて、【Godly Place】っていう名前にしましょう!」
「いいねそれ! すっごく格好良いよ歩美ちゃん!」「やっとバンドらしい名前になったな」「【放課後演奏団】だってカッコイイのに… 」
「じゃあ、今日から私たち4人、同じ【Godly Place】のメンバーとして仲良く頑張っていきましょうね!」「「「おーッ!!!」」」

「何か俺抜きで盛り上がっちゃってるしー、それに、いつの間に歩美までバンド加入してるし!」「だって勇志、いつか俺のバンドに迎えるって、ずっと私に言ってたでしょ?」
「そうだけど… もうちょっとちゃんとメンバー揃えて、実績を積んでから… 」「もう! 遅かれ早かれバンドに入るんだからいいでしょ!?」
「あー! はいはい、わかったよッ!!」

 そんなこんなで僕は【Godly Place】のメンバーになったのだった。

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