マルチな才能を発揮してますが、顔出しはNGで

青年とおっさんの間

顔出しNGで新曲作ります 10

「翔ちゃん、翔ちゃん、機嫌直してよ~」「イヤなのです。僕はショックなのですぞ! ユウちんの妹に落武者と蔑まれ、挙句、警察を呼ぶと脅されたのですぞ!? いくらユウちんの妹とはいえ、許せませんぞ!」
「本当にゴメン!! 妹も悪気はなかったんだよ、だからどうか、お気をお鎮めください!」


 先日のkira☆kiraのコンサートにて、無事にスケットギタリストをやり終えた俺だったが、その不在だった間に翔ちゃんが俺の家に訪ねて来て、妹の愛美に厳しく突っぱねられてしまったらしい。
 後日、愛美にはしっかりお灸をすえて置いたので2度と同じようなことはないとしても、翔ちゃんの1度曲がったヘソを戻すのは難しく、今日はこうして翔ちゃんの家にまで押し掛けて、ご機嫌取りにトライしているのであった。

「これだから3次元の女子は信じられないのですぞ! やっぱり本物の女子は画面の向こうにしかいないのです〜!」

 こうなった翔ちゃんはしばらく画面の向こうで精神統一をしなければならず、その間は他の事は蔑ろになってしまう。
 今もまるでダンガムのコクピットの中のようなPCスペースで恋愛シミュレーションゲーム、俗に言う『ギャルゲー』の会話を進めながら俺の話を聞いている。
 しかも、3つの画面でそれぞれ違うヒロインを攻略しているからある意味、聖徳太子もビックリな離れ業だろう。
 そんなことより、ガップレのマネージャーである水戸さんに既に新曲を書いていると言ってしまったので、ここで翔ちゃんに2次元に引き篭もられて、新曲の完成が遅れると水戸さんに何を言われるか想像するに容易い。
 しかも、引き篭りの原因が俺の妹の愛美にあるとなったら兄である俺が怒られるのはまず間違いないだろう。
 仕方がない、翔ちゃん対策で用意していた手札を1枚切ろう。

「翔ちゃん、先日俺が日頃からお世話になっているショップにある物が入荷されていてね… 」

 ヘソを曲げていた翔ちゃんの耳がピクピク動き反応を示す。

「ときめくメモリーのメインヒロイン藤林香織フィギュア制服バージョン」「フッ…. ユウちん、僕がそのフィギュアを手に入れていないとでも思ったのですかな?」
「もちろん、翔ちゃんであれば当然抑えていると分かっていた。だが!ときめくメモリーリメイク版、発売記念限定の藤林香織フィギュア冬服バージョンはどうかな?」
「な、なんだと…!? ユウちん、自分が何を言っているのか分かっているのですかッ!? もしその筋の人に聞かれたら、ユウちんの命はないのですぞ!?」

 驚愕の表現で固まる翔ちゃん、その表情がそのフィギュアの価値を物語っている。

「そう、それほどまでに価値のある藤林香織フィギュア冬服バージョン。何せ、世界に10体しかない超スーパープレミアフィギュ~ア!! それを既に押さえてあると言ったら… 翔ちゃんはどうするのかね?」
「フッ…. ユウちん、少し僕を舐めすぎですぞ? 」「ほう?」

 1度落ち着きを取り戻したのか、額の汗を拭いながら翔ちゃんが余裕の表情を見せる。

「僕はユウちんに絶対なる忠誠を誓うのですぞ。ご命令とあらば足の指の間の水虫まで喜んで舐めましょうぞ」

 いきなり俺の前までやって来て、立膝を吐き、こうべを垂れる翔ちゃん。再びあげた顔には迷いがなく、その瞳は今まで見たことがないくらいに輝いていた。

「いや、そこまで求めてないし!それに俺、水虫ないからね!?」「それは失礼したのですよ」

  まったくだ、足の裏と耳の裏は毎日しっかり洗っている、水虫など論外だ。 
 中学の頃、毎日部活に勤しんでいた時はそんなこと気にもせずにいたら、妹の愛美から「お兄ちゃん汗臭い」と本気の顔で言われてしまい、それからは日々、臭わない爽やか男子を目指しているのだ。

「確かにユウちんからは溢れ出る爽やかさがありますが、そんなに3次元に媚を売ってどうするのですかな?」「…….…. 」

  翔ちゃん、その領域に踏み込んでしまったら、もう2度と帰って来れないんだよ。
 君は人であることを捨て、妖精、または賢者といった人間の新しい領域に足を踏み出しているのかな?

 「翔ちゃん…. 俺は翔ちゃんのようには生きられないよ… 」
「何かよくわかりませぬが、ユウちんが僕の領域に達するには、まだ時間が掛かるようですな、善処してくだされ」
「いや、このままでいいや… それより新曲の方はどんな感じになってる?」

 やっと本題に入れる。ヘソを曲げだ翔ちゃんのご機嫌取りにかなりの時間を使ってしまった。

「そうそう、それなのです! 僕がユウちんの家にまでわざわざ訪ねた理由は! それなのにあの3次元小娘め、人を落武者呼ばわりして何様のつもりなのですか!?」

 苦労して終わらせた話題を自ら引っ張りだしてくる翔ちゃん。
 え、怒ってないよ? 俺は紳士だからね、それにいつものことだもん。

「ごめんね、俺の妹様です。ほら話がループしてるよ、先に進めて」「失礼、少々取り乱したのです」

 そう言って咳払いを1つして、話を始める。

「僕がユウちんの家を訪ねたのは、ある程度曲が仕上がったから聴いて欲しかったのと、ユウちんに歌ってもらうサビの部分をユウちんと一緒に作ろうと思いまして」
「オッケー、じゃあ早速聴いてもいい?」「もちろんですぞ」

 そう言ってギャルゲーの画面を音楽制作の画面に一瞬で切り替える。3つの画面にはそれぞれ打ち込みをしたトラック、波形、それとミキシング画面が割り振ってあった。

 「では再生しますぞ」

 スペースボタンを押すとコクピット左右と足元に設置されているスピーカーから曲が流れ始める。
 俺や翔ちゃんがガップレの曲を作る際は、こういった音楽制作ツールを使って作曲する。
 どんな楽器の音も打ち込みで音を入れることが出来て、デモと言ってもすでに完成されているような仕上がりになる。これを元にメンバーの個性を入れていき、生の音を録音する作業がレコーディングだ。
 ガップレでは必ずこのようにして曲を作ると決まっているわけではなく、練習をしている時に、歩美が何となく弾いたピアノのフレーズに合わせて、みんなで音を合わせていき、曲が出来上がるといった例もある。
 翔ちゃんはガップレで活動を始める前は、ずっと1人で音楽活動や制作をしていたので、このツールのお世話になっていたわけだ。
 俺も伊達にインドア派をやっているわけではないのでお手の物だし、この手のツールに関しては無駄に知識がある。

「… どうですかな?」

 曲の再生が終わり、振り返った翔ちゃんが俺に尋ねる。

「重いリフから始まって、だんだんと音が重なっていくイントロ、キメが多くて盛り上がるサビ部分、それにブリッジ部分で落とすのがこれまたニクいね~」
「さすがユウちん! 1回聴いただけでここまで僕のやりたいことを理解してくれるとは、涙で前が見えない程の感動しているのですぞ〜!」

 大袈裟だな翔ちゃんは、でも本当にカッコいい曲だな、サウンドとしてはガップレで今までない程に激しい曲になるだろう。
 問題はこの曲がガップレの曲としてファンに受け入れてもらえるかだ。
 もちろん、翔ちゃんもそのことをよく分かっていて、それで俺に1番重要なサビ部分のメロディを一緒に作ろうと言っているのだろう。

「じゃあ曲としてはこのまま行く方向で、サビ部分を一緒に作っていきますか」「ユウちん頼みますぞ! これは僕の夢、希望なのですぞ!! ギャルゲーとメタルに栄光あれ~~ッ!!」
「はいはい、わかりましたわかりました頑張りますよ」

 でもなんかワクワクするなー、メタルという新しいジャンルに手を出してみて、また1つ世界が変わっていく気がする。
 新しく音楽を作るって最高に楽しいな! 俺は人の前に出て演奏するよりこっちの方が向いている気がするが、そんなことを言い出したら、歩美や水戸さんに何言われるか分かったもんじゃない。
 とにかく今は、最高の曲を作ることに集中しよう。
 それからの新曲制作作業は夜遅くまで続いたのであった。

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