マルチな才能を発揮してますが、顔出しはNGで

青年とおっさんの間

顔出しNGの事情があるのです 18

「ふぅーッ!」

  1回戦はシードで2回戦からのスタートだったのだけれど、特に危ないこともなく勝つことができた。

「部長お疲れ様です!」 
 そう言いながら、私の前に綺麗に折り畳まれたタオルを差し出してくれる花沢さん。

「ありがとう花沢さん」

 昨日の練習試合からまるで別人のように明るくなった花沢さん。 これも入月くんの影響なのだと思うと嬉しいような、どこか嫉妬してしまうような複雑な気持ちになる。

「そういえば男子の試合はどう?」

 入月くんのことを考えて、同じく試合をしている男子の様子が気になってしまい花沢さんに尋ねる。 
 花沢さんも昨日と今日の様子を見る限り、入月くんのことをかなり意識しているようだから、おそらく男子の試合も見に行っているのだろう。

「男子の方は第1試合は入月先輩抜きでなんとか勝ちました。今は第2試合の後半が始まるくらいだと思います」

 第1試合に入月くんが出ていないのは、間違いなくバス酔いが原因でしょう。かなり辛そうにしていたから…

「花沢さん良かったら、今から男子の試合を観に行かない?」「え? あっ、はい! 行きます!」

 コートの撤収作業を見守った後、花沢さんと一緒に男子のコートの方へ向かった。
 コートの両端の通路の2階が客席になっていて、私たちが到着すると、既に応援団や来客の人達で賑わっていた。
 コート全体が見えて、空いている席を探して座り、眼下で行われている男子の試合の様子を伺う。
 試合はお互いに拮抗しているものの、六花大付属高校が若干押され気味のように見える。
 それもそのはず、コートには入月くんだけでなく部長の小畑くんまでいない。攻めの起点になる林田くんはディフェンスに専念していた。
 はぁ… 勝つ気あるのかしら? うちの男子たちは…

「時雨、お疲れ様」「歩美? それと貴女は…」
「勇志の妹の入月愛美です。 いつも兄がお世話になってます」
「入月くんの妹さんなの。 入月くんにこんな可愛い妹さんがいたなんて知らなかったわ」

 そう言われると何処となく、顔の作りが入月くんと似ていて、兄妹なんだとよくわかる。

「それで女子は試合どうだったの?」 
 歩美が気さくに話しかけてくる。歩美とは1年の時に同じクラスで仲良くしていた。 
 2年に進級すると別々のクラスになってしまったけど、毎日のように入月くんを訪ねて歩美がクラスに来るので、ほぼ毎日挨拶とか話しはしていた。

 「特に問題なく勝ったわよ、それより男子の方が心配なのだけど」

 今も男子は防戦一方、残り時間も長くはない。 それなのに未だに入月くんも、小畑くんも交代して入ってくる気配もなかった。

「あれねー、勇志は最初出てたんだけど、すぐ気持ち悪そうに両手で口を押さえて退場していっちゃったのよ。 まだバス酔いが残ってるみたい。小畑くんの方は知らないけど、なんかものすごいショックなことがあったのか、ベンチで真っ白に燃え尽きたボクサーみたいになってるわ」

 本当にうちの男子は大丈夫なのかしら。県大会に出場出来なければ廃部になるということを1番よくわかっているはずなのに。

「私、酔い止め持ってるから入月くんに渡してくるわ」 「ごめん、よろしくお願いね」「うちの兄が本当にご迷惑お掛けします!!」
 「いいのよ、気にしないで」
 歩美はともかく、愛美さんにもこんなに頭を下げさせて、入月くんは本当に情けない男ね、まったく…
 2階の客席を降りて、コートサイド沿いの通路に出るとトイレがあり、その隣のウォーターサーバーの前で青白い顔をした入月くんを見つけた。

「入月くん、これ飲んで。酔い止めよ」
 「い、委員長… ありがとう、この御恩は必ずやお返しいたしま…」「いいから早く飲みなさい!」
 半ば強引に薬を飲ませ、近くのベンチに座らせる。
 こんなに弱々しい入月くんを見るのは初めてで、不謹慎だけど少しドキッとしてしまった。
 なんだろう、母性本能をくすぐられるという様な感じだと思う。護ってあげないといけない使命感すら感じる。

 「ふぅーっ、ありがとう委員長、少し楽になった気がする」「いいのよ、気にしないで」
「それで、試合の方はどうなってる?」
「林田くんがディフェンスに専念していて、なんとかもたせているけど、オフェンスに得点力がないから、このままだと… 」「よしッ! じゃあ戻るかな」

 そう言って立ち上がる入月くんだが、その足はまだフラついていて、とても試合ができるようには思えない。

「貴方まだフラついてるじゃない! 」「委員長… 男にはやらねばならぬときがあるんだ… 」
 「そんな青白い顔して格好つけても締まらないわよ」
「そうだな、でも… 俺行かないと…」「分かった… 無理はしないでね」

 まだフラついている入月くんの背中を見送りながら、私は入月くんにすごく大きな期待をしていることを知った。
 入月くんなら、男子バスケ部を廃部から救ってくれるんじゃないか、花沢さんを助けてくれるんじゃないか。
 ざっと考えただけでもこれだけある。そのうちの1つは見事にやってのけた。もう1つもなんだかんだ言いながらやり遂げてしまうのではないか。

 「凄いのね、入月くんは…. 」

 誰にも聞こえないように漏らした言葉を噛み締め、2階の客席へと戻った。
 階段を上がったところのちょっとしたスペースで、他校の男子生徒2人が目の前で行われている試合について話しているのが聞こえてきた。

「おいおい、なんだよアレ。どっちもポンコツチームじゃねぇか」「どっちかが次の第3試合の対戦相手になるみたいだけど、どっちが相手でも全く負ける気がしないんですけど」

 こういうことを周りの目も気にせず平気で言う人はどこにでもいるのね。 そう思って後ろを通り過ぎようとすると、

「ねぇ君、可愛いね? どこの高校の子?」

 いつの間にか私の前を塞ぐように出てきた男子に、声をかけられてしまった。

「…… 」「顔は可愛いのに性格はキツイのね~、それもまた堪らないけど」
「あれ? お前、立花時雨じゃないか? ほら!俺だよ六花大付属中でタメだった村嶋慎むらしま まことだよ!」

 私の目の前に立っているチャラ男より、少し後ろに立っていた男子が前に出てきて興奮気味に自己紹介をしだす。

 「村嶋くん、貴方何も変わってないのね」「そういう立花は変わったな! めちゃめちゃ美人になってくれちゃって! 今の立花なら大歓迎だぜ」

 たっぷり皮肉を込めて言ったセリフだったけど、それすら気付かないようで、しかも私のことを口説こうとしてくる。 昔から変わらず最低な男ね。

「なんだ慎の知り合いかよ、なら話は早いな。 連絡先教えてくれよ、今度2人でデートしようぜ」
「文雄、抜け駆けはなしだぜー」「そうだな、じゃあ3人でデートしようぜ!」
「付き合ってられないわ、それじゃ」「ちょっ、待てよ!」

  塞がれているのとは反対の方へと振り向いた瞬間、私の左手を強引に引っ張り自分たちの方へと引き寄せられてしまう。

「つれないなー、俺らが神無月学園のエースプレイヤーだって知ってるだろ? 去年は全国大会にも出たんだぜ?」
「知ってるわけないでしょ、いいから離して! 人を呼ぶわよ」

 そう言うと呆気なく手を離す村嶋くん。 大きい口を叩くくせに小心者なところは相変わらずみたいね。

「おっと、怖い怖い」「なあ、時雨ちゃん六花大付属なんだろ? 次のうちらの相手、六花大付属になるかもしれないから、俺らが勝ったら言うこと聞いてデートしてくれよ」
「貴方たちが負けたら?」「俺たちが負ける!? ハハハハッ、そんなこと万が一にもないと思うけど、もし負けたら土下座でも何でもしてやるよ」
「いいわそれで、それじゃ」「おい立花! お前まだ勇志のケツを追っかけてんじゃないだろうな?」

 客席に戻ろうとすると、今度は後ろから村嶋に声をかけられた。 コイツに入月くんのことを話したこともないし、ろくに会話したこともないのにどうしてそんなことを知ってるの?

「あんなバカより、俺の方がバスケ上手いしカッコいいぜ?」
「格好いいかどうかは別として、貴方より入月くんの方がよっぽどバスケ上手いわよ」
「あんなバスケを辞めたやつより俺が劣っているわけないだろ!?」

 自分から入月くんの話題を出しておいて、比較されると怒るなんて本当にどうしようもないわね。

「なら次の試合、実際に手合わせして実力を証明できるからよかったじゃない」
「まさか…!? あいつがいるのか? 六花大付属高校のバスケ部に!!??」

 勢いよく振り返りコートを見る村嶋は、今まさに六花大付属高校の勝利で終わり客席にお辞儀をしている入月くんを見つけ、怒りの表情を露わにしていた。

「おい慎、その勇志ってやつそんなにヤバいのか?」「い、いや大丈夫だ、こっちには正樹もいるんだ、負けるはずがない」
「そうだよな、あんましビビらせんなよ!」「じゃあ立花、約束忘れるなよ?」

 そう言い残して2人はその場を後にしていった。
 勢いで承諾してしまったけど、大丈夫かしら? 私はかなりの不安を抱えながら花沢さんたちが待つ客席へと戻った。

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