勇者の肩書きを捨てて魔王に寝返り暗黒騎士はじめました

名無し@無名

俗に言う目覚め的なやつ






 ◆



 目の前に広がる魔物の軍勢。

 雑魚ばかりかと思いきや、その後方には圧倒的な威圧感を放つ四体の魔物がこちらを見下ろし鎮座していた。おそらく、よく言う所の『四天王』と呼ばれる類の魔物だろう。

 ーー巨大な竜。

 ーー仮面を付けた骸骨の司祭。

 ーー首なしの黒騎士。

 ーー明確な形を成さない黒ずんだスライム。



 何故、こいつらは丸腰同然の俺に対してここまで本気なのだろうか。しかも人間サイドは『俺ひとり』だ。一応女神と呼ばれる奴は居るが、こんな奴は勘定にいれてはいけない。

 沸々とこみ上げる、この理不尽に対する怒りの様な感情。しかし魔物達はそれを気にする様子もなく、ただ只、俺を静かに、ゆっくりと見下ろしていた。


 ーー何故こんな事になったんだっけか?


 そう、それは半日前に遡る。





 ◆




 チチチチ……。


「ん…朝か…ダリぃ」

 まどろみの中で意識が鮮明になっていく。だんだんとハッキリとしていく感覚に対し、布団から出たくないという思いが、俺の身体を尚もベッドに縛り付けた。

 季節的には夏も終わりを迎え、やや肌寒くなってきた頃だろう。自らの体温で完璧な暖かさを得た布団は、惰眠を誘う最強の凶器と言えなくもない。

 しかし、俺の朝はその大体が打ち砕かれる運命にあるのだ。

 その証拠に、直ぐそこまで悪魔の如き足音が聞こえてきていた。やがてその音の主達は、こちらの気も知らないで盛大な音を立てて部屋のドアを開けてくる。


「グッモーニン!!今日もいい朝だなコンチクショウめ!!」

「おっはようユーリ!!朝日が眩しいわね!!ああ、神さまありがとう!」


 このクソやかましい生物達は、世の中で言う所の『両親』というものらしい。

 何が毎日楽しいのか、朝から晩までこのテンションを維持してくれる。その反動で俺自身はというと、口数も少なく基本的にモチベーションが低いと近所でも評判(?)だった。


「とりあえず出てってくれ。朝くらい自分で起きられるから」

「寂しい事言うなよマイサンーー

「うるせぇ!」


 朝からキレッキレの蹴りでドアを閉める。何かがドアに当たる感触と、ドアの向こうで声にならない声を上げる親父を無視して俺は着替えを済ませた。





 ◆





「いやーすごいなユーリ!その蹴りは一流のモンクでも中々出せないぞ!?これを機に転職ジョブチェンジしてみたらどうだ!?」

「んもぅアナタ!ユーリはこの前商人に転職したばかりじゃないの!そもそも、うちの家系はみんな商人ばかりでしょ!?」


 食べながらだと言うのに喋り散らす両親。

この2人、こんな感じではあるが一応有名な商人で、その名前は広範囲に知られているそうだ。甲高い声が客の購買意欲を煽るだとか言われているが、普段から聞かされる俺にとっては只うるさいだけでしかなかった。

 俺はと言うと、特になんの夢も無く生きてきて17歳をむかえた。

 一応職に就く事にしたが、やりたい事も無いし、親が商人だからという理由で済し崩し的にその道に乗っかっただけだった。

 唐突であるがこの世界について少し語らせてもらう。俺達の住む世界には、魔物や魔王と呼ばれる存在がいる。

 しかし今君臨している魔王がどうやら変わり者で、勇者が現れるまで世界全土は支配しないという、謎の条約を国王に進言してきたらしい。

 つまり勇者が現れない限り、魔王は牽制程度に魔物を散りばめるだけに留まり、有ったとしても小競り合いのみという事だ。


「ヘイ、マイサン?」

「…………」

「…ヘイ?」

「…………」

「ヘ、ヘイユーリ、少し聞いていいかい?」

「あ?…なんだよ急に」


 俺が自分語りをしつつ遠い目をしていると、何故か神妙な顔で親父がこちらを見ていた。気が付けばお袋も似たような険しい表情でガン見している。


「えっと…なんて言うか…うん…そのだね」

「…だから何だよ!!モゴついてないでハッキリとーーーー


 煮え切らない両親に苛立ち、椅子から立ち上がった時だった。

 壁に掛けていた鏡に映る自身の姿。それは普段の俺となんら変わりのないーー

 ーー筈だった。

 しかし、その違和感は直ぐに目に映り込んだ。

 額に浮かぶ見たこともない模様。触るとほんのりと浮き上がりザラザラしている。昨日までは間違いなくなかった。

 両親も俺の部屋では気付かなかったのか、やけに驚いた表情をしている。この2人がここまで動揺し口を閉ざすなんて見たことがない。

 その光景に内心笑えてきたが、親父が黙って棚から一枚の紙を取り出し差し出してきた。その紙を見て俺は心臓が止まりそうになった。

 なんとその紙には、俺の頭の模様と同じものが描かれていて横にこう付け加えられていた。


『昨日、神託により「勇者」が選ばれました!この刻印が刻まれた方は是非王国まで連絡を!!さぁ、君も今日から勇者だ!』


「……は?」


 こうして、俺の日常は予備動作も少なめに凄まじい速度で崩壊を始めた。

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