失くし上手

78ちゃん

22歳 夏(1)

元旦那の和彦とは出逢って2週間で付き合い始め、3年間の同棲を経て、私が大学を卒業した年の秋に結婚した。優しい、本当に優しいだけの人だった。和彦に対してドキドキ、ハラハラする事は無かったけれど、寂しくは無かったし、毎日穏やかに過ごせる事を幸せに感じていた。
大学を卒業したばかりの私は一旦実家で暮らす事にし、和彦とは結婚式が終わってから改めて一緒に暮らす事になった。その頃転勤で引っ越して来た浩暉と出逢う。浩暉は私の親友の同僚だった。人見知りの激しい私だったが、時々例外的な人がいて、浩暉とは何故かすぐに打ち解ける事ができた。最初は数人のグループで遊んでいた私達だったが、しばらくすると浩暉と2人きりで会うようになっていた。
浩暉は会社の寮に住んでいた。実家から愛車で運んで来たという、畳一畳程の大きな鏡と座り心地の良い黒のソファーベッド、他には小さなテレビとテーブルのある六畳一間のシンプルな部屋だった。おままごとの様な小さなまな板と果物ナイフで私が野菜を刻み、それを彼が炒めて炒飯を作ったり、レンタルビデオを借りて来て、暗くなるまで一緒に観て過ごしたりしていた。私が結婚を控えている事は浩暉も知っていたし、私も必死で気持ちを抑えていたけれど、お互いに惹かれあっていたのは何となく感じていた。
モヤモヤした気持ちのまま、気がつくと夏も終わりに近づいていた。
「海に行きたいなー」そう言ったのは、どちらからだったのだろう。海に行くのは久しぶりだった。 37歳のオジサンやその子供達と行ったっきり。和彦とは海にも山にも行った事が無かった。若かったせいか、飽きるほどsexをしていた記憶しか残っていない。
浩暉との海計画は密かに進められた。親には友達数人で行くと嘘をつき、後ろめたさを感じながらも、浩暉と2人で海に行く事にワクワクしていた。
どうせなら海で朝日を見ようという事になり、朝の4時に浩暉が迎えに来てくれる事になった。私はほとんど眠れないまま朝を迎え、両親を起こさないようにこっそりと静かに家を出た。
日の出前のまだ暗い朝。私の実家はかなり田舎で、街灯はほぼ無い。坂道の天辺で座り込み浩暉の事を待っていた。見上げると星が降って来そうだ。好きな人を待つ時間、静かな静かな暗い朝。暗闇の中突如として現れる車のヘッドライト、世界はまだ眠ったままだ。
そして浩暉とのドライブが始まった。窓の外から虫の声が聴こえてくる、生暖かい風も心地よく感じる。潮の香りが感じられる様になった頃、少しずつ夜が明け始め空の藍色が透明に、次第に地上も明るくなって来た。海までのドライブはますます2人の気持ちを強くさせ、咎める者は誰も居ない様な気がした。
海に到着し、2人で砂浜に降りた。朝の空気はどうしてあんなに気持ちいいのだろう。凛としていて、自然と背筋が伸びてしまう様な、かと言って力が入りすぎる事の無い穏やかな、ありのままの自分になれる。水平線から太陽が昇る、風が波の音を運んで来る。とにかく気持ちがいい。
とりあえず、防波堤に座り朝ご飯を食べた。メニューは家から持って来たゆで卵とおにぎりだったけど、浩暉と一緒なら何でも美味しい朝食になる。
きっと2人きりで過ごせる最初で最後の海になる。離れなければいけない事は2人ともよく分かっていた。だから一生忘れない様に思い切り楽しもうと思った。

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