34歳気弱なサラリーマン、囚われの美少女お姫様始めました

丸めがね

第77話 ソニアとシルク(27)星の歌

この異世界で正十に戻るということは、ちょっとした衝撃だった。

現実世界に戻る時ならともかく、この世界ではこの黒髪巨乳少女の姿でいるしかないと思っていたからだ。

(男の姿でソニアさんと会える・・・)
でもそれは、嬉しさよりも不安の方が大きい。

(クロやシルクなら、可愛い女の子だし、そもそも”自分じゃない”から恥じることはなかった。
でも、男の俺は・・・たいしてカッコよくもなくて、うだつの上がらない34歳のおっさんサラリーマンで・・・。

本当のボクを見たら、ソニアさんはさぞかしがっかりするんじゃないの・・・?)
という恐怖である。

(でも、男のボクも見て欲しい・・・!男として、ソニアさんと話してみたい!)
そういう欲求とのせめぎ合いになっていた。

悶々とするシルクにミダが言った。

「実は、元のシルクに飲ませた薬の効き目がもう切れる頃なのです。彼女の意識が肉体に戻ってきたら、あなたは強制的にクロの中に帰ってしまう。
事を起こすのなら早い方がいいでしょう。
とりあえず今から魔女の森のシータを呼びます。

シルク、いいですね?」

「う・・・うん」
心の準備は全くできていないが、そんなこと言っている場合ではなさそうだった。

ソニアはそんなシルクを心配そうに見ている。

ミダが胸の前で両手を合わせ、何か呪文を唱えて手を開けると、青い小さな鳥が現れた。

その鳥はきらきら光っていて、よく見るとガラスのように透明だ。

「すごい!きれい!」
シルクは美しい青い鳥を目で追った。

青い鳥は窓辺まで飛んでいき、砕けるように消えた。

「あ・・・」
その数秒後、見覚えのあるドアが部屋の中に現れて、シータが出てきた。

「シータさん!」
シルクはハッと息をのむ。

ミダとシータ、天使のように美しい、そっくりな双子が並んでこちらを見ているからだ。

「シータ、初めましてと言うべきか。」
「そうだな。」

ミダとシータはお互いの存在、能力を感じながら、今まで顔を合わせたことがなかった。

「シータ、シルクを・・・黒を過去に送りたい。力を貸してくれ。時間移動はお前の方が得意なはずだ。」
ミダは感傷的なことを一切言わず、用件だけ話した。

「承知した。・・・しかし、シルクにはアンチマジックを掛けてしまったから、魔法が効かない。」

「大丈夫。シルクではない、この者の精神の中の肉体を私が呼び出す。あまり長くはもたないから、呼び出したらすぐに過去に送ってくれ。」

「あのっ」
シルクが慌てて口を挟んだ。

「あの、ボクは今から一体どうなるんですか?どうすればいいのですか?」

「そうだな・・・。説明不足だったか。

今から私が、お前の本当の肉体を呼び出す。しかしこれはとても危険な術なので、あまり長くはもたないということを覚えて言え欲しい。
その次にシータがキミを過去に送る。
シルクの父親が殺される直前だ。

そこで、君は犯人を捕まえて殺人を止めなければならない。」

「ボクが・・・一人で?」
果てしなく不安なシルク。自分にそんな大役が務まるだろうか。

「ミダ様!その役、どうか私にさせて下さい!シルク様に危険なことはさせたくない!」
ソニアがミダに詰め寄った。
「どうか!どうか!」と。

ミダは少し困ったように言う。
「それは出来ないのです。シルクが比較的自由に何度も時間を移動できるのは、本体がここではない異世界にあるため。
本来の世界に住む我々が同じことをすると肉体を形作る”線”のようなものが壊れてしまいます。」

「ここではない異世界の・・・」
ソニアは黙り込んだ。

不安しかない中、シルクは思う。
”ああ、ボクで良かった”と。

”神様ありがとう。ソニアさんを危険な目に合わせなくていいんだ。”と。


「成功しても失敗しても、過去に言ったシルクは、数時間後に強制的に未来へ戻る。
この時代に来る前の時代へ・・・クロの肉体へ。
結果はそこで分かるだろう。」

「過去を変えたら、もしかしてここにいるみんなは、ボクのことを忘れるの?」

「恐らく。過去が変われば出会う必要がない者たちだ。」

「そうか・・・。」

忘れられる。
何よりも悲しい。

でもボクは。ボクだけは。覚えているから。

「ボクは大丈夫だよ、ソニアさん。」
シルクがそう声を掛けると、ソニアは声もなく泣いていた。

シルクは最後にソニアが好きだった口笛を吹いた。



シータは星の歌みたいだと言ってくれた。




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