それは秋の風のように

彩虹

決着

「ほぅ、あれを避けましたか。さすがゼロですね」
奥田はこちらに銃を向けて話を続ける。
「あなた達にはしてやられましたよ。盗聴に気づいていて、わざと違う作戦を聞かせた、という事でしょうか?酒には長時間効く睡眠薬も入れたはずだったんですがね?」
「やはりあのマスターはお前の仲間だったんだな」
「えぇ。あなたは洞察力、観察力、推理力が素晴らしい。それにかなりの身体能力がある。どうです?うちに入りませんか?」
「…はは、まさかスカウトされるとはな」
「真面目な話です。レッド・バタフライは日本では手薄ですが、日本警察に仲間がいるとなると更にやりやすくなる」
犯罪者の考えることは理解に苦しむ。元々理解する気もないが。
「…はは」
「おや、脈ありでしょうか?」
「誰が仲間になんかなるか!犯罪者の手助けをする趣味はないんでね」
その時、階下から銃声が2発聞こえた。
「!」
「…おや、桜木さんでしょうか。生きてるといいですね?…それでは残念ですが…」
残念そうに見えない顔でそう言うと、突然気配が変わり、ヘビに睨まれたカエルのように動けなくなった。
(なんだ、これは…)
今まで感じたことのない恐怖感に、なぜかワクワクしていた。
「さぁ、おしゃべりはここまでです」
奥田がトリガーの指に力を入れる。
「桜木さんの悲しむ顔が楽しみです」
「…っ」
ーーーバンッ!!
「「………」」
ーーーバンッ!!
ーーーカシャン、カシャーン…
「奥田!」
「…!?」
一瞬何が起きたのか分からなかった。しかし僕は無傷で、奥田の手にあった拳銃は階下へ落ちていったようだ。そして、桜木が奥田に銃を向けていた。
「中村さん!」
「!」
蓮君が桜木の後ろからこちらに拳銃を滑らせてきた。僕が銃を向けても奥田はそんな事を気にせず、口を開いた。
「へぇ…資料では読んでいましたが実際に見ると素晴らしいですね。桜木さん?」
奥田が両手を挙げて桜木に向き直る。
「私が撃った弾を撃つなんて神業、世界中探してもあなたしかできないんじゃないでしょうか」
「それはありがとう」
「でも、私を止めてもレッド・バタフライは止まりませんよ?」
「そんなこと分かってる」
桜木が銃を構え直す。
「中村さん!右斜め後方!」
「!」
桜木達の方に走って行く。
ーーーカンカンッ!
ーーーバンッ!
それから攻防が始まった。
「蓮君、無事でしたか」
「は、はい。なんとか…」
「伏せて!」
桜木の声に蓮君の頭を抱えて伏せる。
ーーーカンカンッ!カンッ!
「怪我は?」
「ありません」
桜木も無傷なようで安心する。
「蓮君を安全な所へお願いします!」
「あぁ」
蓮君を物陰に連れて行く。
「いいですか、絶対ここから動かないでくださいね」
「は、はい…」
すると、西田から着信があった。
「どうした?」
『不審な積荷を乗せた漁船を捕らえたところ、ドリーム号から流れた積荷だそうで、大麻でした。それを港で引き渡す算段だったようです。それから後3分でドリーム号を包囲できます!』
「遅い!」
『も、申し訳ありません!海上保安庁との交渉が…』
「言い訳は良い。早く来い」
『は、はい!』
すると、奥田も誰かと連絡していた。

銃撃戦が止むと、奥田は掛かってきた電話を取った。しばらく無言だったが急に笑い出した。
「あっはっはっは…!これはやられましたね、あなた達に」
奥田は電話口に「ご苦労だった」と言うと、今度は無線のようなもので「退散しろ」と言った。
「…」
「まさか海上保安庁まで動かすとは。ますます興味深い」
奥田はなぜあんなに余裕なのだろうか。
「…さて。邪魔したからには始末しなければなりませんね」
「…」
「私を殺してもあなたは逮捕されるわ」
「はは…相変わらず、殺される状況にあるというのに余裕ですね?」
(あの余裕は何?彼の性格上無理心中はなさそうだし…)
奥田が指を鳴らした時。
ーーードーーーン…
「「!」」
「桜木」
榊原さんがこちらに戻ってきた。
「まずは電化室を爆破させていただきました」
「!」
「この船は海に沈みますよ。早く避難させた方がいいんじゃないですかね?」
「蓮君!」
榊原さんが蓮君に叫ぶ。
「会場へ行って皆に知らせて避難させてください!」
「で、でも…」
「私からもお願い!」
「わ、わかりました!」
蓮君が行ったのを確認すると、奥田もこちらを見る。
「さて、私はあなたを殺すように指示されてますからね。それは遂行しなければなりません」
奥田はどこにしまってあったのか、拳銃を取り出した。
「「…」」
二人で銃を構える。
(後ろにもまだ二人…)
奥田が手を挙げる。
ーーーバンバンッバンッ!!
ーーーバンッバンバンッ!!
「な、桜木!?」
私は榊原さんに体当たりしながら、3発放った。
「桜木!!」
私は案の定、右肩に1発くらってしまった。私が体当たりしなければ榊原さんの頭に当たっていた。榊原さんは態勢を崩しながらも瞬時に私を抱きとめてくれた。
「…っ」
榊原さんがネクタイで私の肩を縛ってくれた。すると、奥田が言った。
「そうそう。桜木さんは彼を守りますよねぇ?」
するとまた、船で爆発音が聞こえた。
「でも、あの一瞬で後ろの二人も仕留めるとはさすがです。現に私も……」
奥田の左頬から血が出ていた。

僕は左後ろにいた奴には気づいていなかった。桜木は気づいていたのだ。
「さて…」
その時、近くで爆発が起き船が大きく揺れた。
「チッ…アイツら…」
同時に西田達引き入る海上自衛隊の船が何隻かすぐ近くに来ていた。
「どうやら時間切れですね。私はまだ命が惜しいので、引かせていただきます。助かった折にはまた…」
「待って…!」
「大丈夫だ、どうせ捕まる」
僕は西田達に状況を説明した後、蓮君に電話を掛けた。
「避難できましたか?」
『今、真っ最中ですよ!後は船のスタッフと僕らだけです!それより、中村さん達は大丈夫なんですか?』
「えぇ。君達は無事に避難することだけを考えてください」
『分かりました』
電話を切ると桜木に言った。
「立てるか?」
「はい…」
その時、また爆発があり船が傾いた。
「!」
ーーーガンッ!
「桜木!」
桜木が転がりながら柵にぶつかった。
「大丈夫か?」
「はい、すみません…」
その時、視界の端に奥田の仲間がこちらに銃を向けているのが見えた。
ーーーバンッ!!
とっさに桜木を庇うように振り返ると、わき腹に焼けるような激痛が走った。
「く…っ」
「ぇ…中村さん?」
力が抜けて、そのまま桜木にもたれかかるように座り込む。わき腹を抑えると血が出ているのが分かった。桜木は僕のわき腹を抑えながら、僕から拳銃を取ると男に向けて発砲した。
ーーーバンッ!
「中村さん、しっかりしてください!」
こんな時になんてことを考えているんだ、と自分でも笑ってしまうが、桜木の温もりになんとも言えない幸福感を感じていた。そして、今にも泣きそうな顔で必死に僕の名前を呼んでいる。

「…」
しばらく目を閉じたまま反応しない榊原さんに背筋が凍った。
「血が…止まらない…っ」
上着を脱いで傷口に当てるが、すぐに赤くなってしまう。
「嫌…っ」
私はもう手遅れなくらい榊原さんの事を好きになっているのに気づいた。
(私…)
その時、榊原さんの携帯電話に西田さんから着信があった。
『榊原さん!今どこです!?』
「西田さん、私です」
『あ、え?桜木さん?』
「榊原さんが銃撃されて腹部を負傷してます!」
『何ですって?!』
「今は…パーティー会場の上にあるスポーツ広場というところです」
私は自分の場所から榊原さんのジャケットを振った。
「見えますか!?」
『…見えました!!私はここです!下です!』
下を見るとすぐそこまで西田さんが来ていた。
『すぐに向かいます!!』
「お願いします!」
電話を切ると、榊原さんに声をかける。
「榊原さん…!」
「…っ悪い、飛んでたみたいだな…」
「良かった…西田さん達が来てくださいますから、あまり喋らないでください」

桜木の声が遠のいて、本当に死んだかと思った。
(僕はまだ桜木に聞きたいことがある…)
「桜木…」
「何ですか?」
桜木の方に手を出すと、桜木がそっと握ってくれた。
「…?」
「好き、なんだ…」
自分でも驚くほど掠れたか細い声だった。
「もう喋らないでください…」
僕の言葉が届いたのか届かなかったのか、桜木は西田が来るまで何も言わずに涙を流していた。

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