それは秋の風のように

彩虹

反撃

会場を出た私は海が見える所まで来ていた。
「美咲さん!」
振り返ると息を切らせた蓮君がこちらに来た。
「蓮君?どうしたの?」
「美咲さん…中村さんのこと見て戻って来なかったのかと思って…」
「…大丈夫、分かってる。仕事だって…」
確かに私は知らない女の人が榊原さんに馴れ馴れしく触れているのを見て、胸が締め付けられた。
「分かってる人はそんな顔しませんよ」
「え?」
蓮君は切なげに私を見ていた。
「あの女の人が強引に中村さんにくっついてただけです。中村さんはちゃんと断ってましたよ」
蓮君にフォローされるとは思わず、まじまじと蓮君を見てしまう。
「…な、んですか?あ、僕に惚れちゃいました?」
「ふふ、ありがとう。慰めてくれて」
蓮君がフッと笑った。
「そうやって…笑ってた方が良いですよ。美咲さんは」
「…ありが…」
その時、妙な気配とレーザーポインターが蓮君の肩あたりを通ったのを見て、蓮君を引っ張りながら言った。
「隠れて!」
「ぉわっ!?」
ーーーカンカンッ!!
私たちが物陰に隠れた直後、私たちがいたところに銃撃があった。
(蓮君がいてもお構いなしなのね…)
「な、なな何なんすか!?」
「しっ!黙って」
辺りの気配を伺いながら小声で言う。
「巻き込んでごめんなさい。蓮君のことは守るから」
「え、何…美咲さん、誰かに狙われてるとか?ストーカー…とか?」
「うーん、まぁ、そんなとこ。蓮君、私の側を離れないで」
「は、はい…」
「とりあえず移動するわ」
ゆっくりと気配のない方に進んでいくと、覆面のライフルを持った男たちに連れられている人たちがいた。恐らく船室にいた客たちだろう。
「何なんすか、あいつら…」
「多分…さっき私たちがいた会場に乗客を集めてるのだと思う」
「さっきの会場って、咲達は…」
「大丈夫。会場の人達は多分無事だわ。危険なのは私たちの方」
「え…」
「私は元々狙われているし、あなたは五十嵐財閥の御曹司。乗客名簿を見ればあなたがいないのはすぐに分かってしまう」
「じゃあ、どうすれば…」
この際、一人で隠れさせるより、手伝ってもらった方が安全かもしれない。
「…手伝ってほしいことがあるの」
「…?」


『大人しくしていれば何もしない』
銃を向けられているが、傷つけるつもりはないのだろう。さしずめ、取引が終わるまでの人質なのだろう。
(僕だけでもなんとか抜け出せれば…)
「中村君」
加賀島さんが僕だけに聞こえる声で言った。
「君が捜査していた奴らなのか?」
さすが加賀島さんだ。理解が早くて助かる。
「そうです…」
「美咲君は大丈夫なのか?」
「恐らく。彼女は相当な場数を踏んでますからね」
「…なるほど。事務をしていたというのはフェイクで、先ほどもわざと美咲君を外に行かせたか」
勘が鋭すぎるのもどうかと思うが。そう、本当は別のタイミングで出る予定だったが、桜木は良い判断をした。僕に小さく頷いてから、踵を返したのだから。
「…蓮君が出て行ったのは予想外でしたけど」
「大丈夫だ。あぁ見えて蓮君も俺の仕事をよく手伝ってくれていてね。御曹司の特権というか、それなりに同行もさせてるし美咲さんがついてるなら大丈夫だろう」
「そうだったんですか」
それは知らなかったが、勘の良さは探偵に向いていると思った。
「それで、僕もここを出たいので手伝っていただけませんか?」
「…分かった。ただ、条件がある」
「何でしょうか?」
「解決したら、真相を話すこと。それから、君達の正体もな」
加賀島さんには驚かされる。僕のことも桜木のことも本当は気づいているのではないだろうか。
「分かりました」
「よし。じゃあ何をすればいい?」
「はい…」


「美咲さん、マジですか?」
「マジ。大マジよ。蓮君はそこに息を止めているのよ」
「え?息…?」
「息したら居場所がバレるわ。それくらいの相手ってこと」
「!」
「いい?最低15秒は止めていて」
「わ、かり…ました」
「合図したらすぐ私のところに来て」
蓮君が頷くと、数を数える。
「…息吸って…止めて!」
「っ」
私は背後から見張りの男達に突撃した。
ーーーガッ!ボカッ!ドスッ!
「蓮君!」
「…っはい!」
船内入口に立っていた覆面の男たちを倒すと、私達は船内に入ることに成功した。
「美咲さんて何者なんすか…3人の男をいとも簡単にノックアウトするなんて…」
男達を縛り、倉庫に運びながら蓮君が呟いた。
「…これ、もらっていきましょう」
私はそれには答えずに、伸びた男から弾が満タンに入った拳銃を取った。
「ダ、ダメですよ!銃刀法違反です!」
「大丈夫よ」
「大丈夫じゃないですって!」
「私は、大丈夫なの!」
「どういう意味ですか!」
「後で教えるわ」
すると、蓮君が私の腕を掴んで言った。
「絶対ですよ?誤魔化すのは無しですからね?」
「えぇ」
それから私たちは気配を避けながら、「目的地」へ向かった。


「…えぇ、すみません」
『しょうがねぇな。おい』
「お父さん…」
「大丈夫だよ。中村君、後は頼むよ」
「はい」

「お父さん、こんな時にトイレだなんて…しかもいつの間に帽子なんか…。中村さんも帽子被ってるし…」
「そういえば、さっき二人で隠れて何をしてたんですか?彼らは気づかなかったみたいですけど」
「あとは中村君に任せておけば大丈夫だ」
「「え?!」」
「俺だ」
深く被った帽子を取ると。
「お父さ…!」
「バカ!」
加賀島は慌てて咲の口を塞いだ。
「なんで!?中村さんは?」
「入れ替わったんだよ。あいつは顔が割れてるからって」
「じゃあ、さっきコソコソしてたのって服を変えてたってことですか?」
「あぁ。近くの人に事情を話したら色々協力してくれてな」
そちらを向くと会釈をされた。
「じゃあ、中村さん…美咲さんを探しに?」
「だろうな」
(気をつけろよ、中村君…)


「それで、今はどこに向かってるんですか?」
「…言えないわ」
「それくらいは…っ!?」
私は蓮君の口に手を当ててから、携帯電話のメモに書いた。
『盗聴されてる』
「!」
「ごめんなさいね」
「いえ…」
気配を感じれば隠れ、少しずつ進むのを繰り返していた。


『おら、早くしろよ』
「すみませんねぇ…」
『ぉわっ、ブッ…』
「寝てろ」
付いて来た男をノックアウトすると、武器を奪ってトイレに縛って閉じ込めた。
(さて…)
廊下は防犯カメラだらけだ。会場に乗組員もかなりいたことから、奴らはすでにモニターを制圧してるだろう。
「…」
トイレを見回すと排気口を見つける。
(ここから行くか…)
加賀島さんにもらった船内見取り図を頼りに、排気口を進んで行くことにした。
(西田に連絡しておこう)
きっと操舵室も制圧されているはず。


「まずい…」
「え?」
「気配がなくなってきた…」
「それっていいことじゃ…」
「その反対。…こっちの動きを読まれてたみたいね」
わざとそうしたのだ。奥田と対峙できるように。盗聴に気づいた時点で一部始終の行動を声に出してそれらしく言おうと、榊原さんと話していたのだ。
「ヤバイじゃないですか!」
「大丈夫。蓮君には指一本触れさせないから」
「…」
蓮君がジッとこちらを見て固まった。
「…どうかした?」
「それ、男が言うセリフですよ。普通」
「そうかしら?一般人を守るのは私の仕事だから」
「…美咲さんって、警察官だったり?」
「それはまた後でね。行くわよ」
美咲の背中が急に逞しく見えた蓮だった。


(桜木は…)
まだ来てないか。
「ぁ…」
目的地に着いてから桜木が方向音痴だったと思い出した。急に不安になってきて、桜木に電話した。
『なか…翔さん?無事ですか?』
第一声で名前を言い直すところに緊張感がとけた。恐らく蓮君が側にいるのだろう。
「無事だ。蓮君も一緒だな」
『はい』
「僕はもう着いたが、今どこだ?」
『今は…あと階段を上がれば着きます』
「分かった。気をつけて…!」
背後に殺気を感じ振り返った。
ーーーバンッ!!

『バンッ!!』
「「!」」
「ぅわっ!今の何ですか?上からも聞こえましたけど」
「銃声ね。…翔さん!」
『ツーッツーッツーッ…』
電話は切れてしまった。
「…急ぐわよ」
「み、美咲、さ…っ」
「!」
いつのまにか、蓮君が覆面の男に捕まって拳銃を突きつけられていた。
「へっへ。お前だろ?奥田さんのお気に入りってのは?」
「…」
「こいつを殺されたくなければ、大人しく捕まるんだな。抵抗すれば殺していいって言われてるんだ。さっきの銃声でお前の連れは…」
「うるさいわね」
「「え?」」
私は男に銃を向けた。
「おいおい、こいつが死んでもいいのか?」
ーーーバンッバンッ!!
ーーーカシャン!
「ぅがぁぁ…」
「蓮君!!」
立ちすくむ蓮君の腕を引っ張り、肩を押さえる男を蹴り飛ばして倒れた男に拳銃を突きつけた。
「誰が死んでもいいって?」
「ぅ、ぁが…やめ…」
「私が止めろと言ってもあなたはやめなかったでしょうね?」
「た、頼む…俺は雇われた、だけなんだ…」
「聞かなかった事にするわ」
「美咲さん!」
「バンッ!!!」
私の声に男は気を失った。
「蓮君、怪我は?」
「い、いえ…」
「大丈夫、気を失ってるだけだから」
私は男を縛ると、覆面を取ってそれを男の口に詰めた。そして、自分のハンカチで男の肩を縛ると立ち上がった。
「ごめんなさい」
「…え?」
「あなたに指一本触れさせないと言っておきながら、怖い思いをさせてしまって」
「い、いえ。お俺は、この通り無事でしたし!」
無理に笑う蓮君に胸が痛んだ。
「ありがとう」
そっと蓮君の手を握ると、震えていた。
「いや、すみませ…俺、本当は怖くて…」
「当たり前でしょ。怖いのが普通」
私より少し背が高い蓮君が、この時は小さくみえた。
「ごめんなさい。もう大丈夫だから」
そっと抱きしめると、蓮君がすがりつくように抱きついてきた。
「…美咲さん…」
蓮君が顔を上げると。
「美咲さん、胸でかいですね」
「………………」
私は無言で蓮君を引き離すと歩き出した。
「そんな事が言えるならもう大丈夫でしょう。行くわよ」
「す、すみません…つい…」
ジロリと睨むと蓮君が押し黙る。
「ここからはもっと危険なところよ。くれぐれも自分が何かしようなんて考えないで」
「え?いや、俺も何かの役に…」
「何かされた方が迷惑よ」
「!」
「あなたの役目は息を潜めてジッとしている事。いい?」
「…わ、かり…ました…」
「OK。行くわよ」

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