それは秋の風のように

彩虹

作戦

エレベーターのドアが閉まると、榊原さんに言った。
「中村さん、急にどうし…っ」
急に榊原さんに人差し指を口に当てられて黙る。
「…?」
すると、榊原さんは私の耳の近くに顔を寄せると小声で言った。
「盗聴されてる」
「!」
それだけで状況が飲み込めた。そして、奥田が何もしてこないのも頷けた。
「えっと…パーティー抜け出して大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だろう」
エレベーターが開くと、目の前にあるラウンジに入った。
「いらっしゃいませ。カウンター席とテーブル席どちらがよろしいですか?」
すると、榊原さんがカウンターでと答えた。ウエイターさんが椅子を引いてくれ、私たちは隣同士で座る。
「何にする?」
榊原さんに聞かれて悩んでいると、カウンターを挟んで立っていたマスターが言った。
「この船にちなんだカクテル、スペシャルドリームはいかがでしょうか」
「じゃあそれを」
「僕も同じものを」
「かしこまりました」
榊原さんは携帯電話を取り出すとメールを打ち始めた。
「圭、これを見て。可愛いだろ?」
そう言って榊原さんが見せてきたのは、メモ画面だった。そこには『スタッフにも仲間がいる可能性がある。油断するなよ』と書かれていた。
「…」
チラッと榊原さんを見ると、榊原さんは画面に一枚の写真を出した。
「!!」
榊原さんが見せたのは私の寝顔だった。
「な、可愛いだろ?」
「可愛くないです!いつ撮ったんですか!?」
「君が寝てる時だよ」
「そ、それは見たら分かります!」
恨めしい顔で榊原さんを見ると、榊原さんはクスクスと笑うのだった。

この写真を撮った時、桜木はシャッター音にも気づかないくらい熟睡していた。なんとなく撮った写真だったが、とても良く撮れたので取っておいたのだった。桜木の反応を可愛く思いながら、他愛のない話をしながらお互いに携帯電話を使って別の話をしていた。周りやスタッフを観察していたが不審な動きはなさそうだ。この時はそう、気づかなかったのだ。
「今度…」
「ん?」
「私も中村さんの寝顔撮りますからね」
ムキになって言う桜木に意地悪を言ってみる。
「それは…夜這いに来るってこと?それとも一緒に寝るって事かな?」
「!」
一瞬にして耳まで真っ赤になる。
「違います!」
「はは…僕は大歓迎だけど」
「〜〜〜」
こんな話をしていると、スーツを着た凛々しい桜木は仕事モードなのだと改めて確信して、嬉しくなる。
「さて、そろそろ会場に戻るか」
「そうですね」
僕が先に席を立ち、桜木に手を差し伸べた時。
「!」
桜木の体が傾いて、瞬時に抱きとめる。
「大丈夫か?」
桜木はカクテル一杯で酔うほど弱くないはずだ。
「すみません…」
ハッとしてカクテルを作ったマスターを探すが、いつのまにか居なくなっていて、違うマスターが立っていた。
「すみません、さっきのマスターはどこに?」
「さっきの…と、申されますと…?本日は私が担当になっておりますが…」
「「!」」
(やられた…!)
あのマスターもレッド・バタフライだったわけか。
「圭、異常は?」
「大丈夫です。本当にただ酔っただけみたいで…」
目が回っているのか、桜木はギュッと目を閉じた。
「仕方ないな…」
僕はジャケットを脱ぐと、桜木の腰あたりに巻いてから彼女を抱き上げた。
「部屋に戻りますよ」
「…すみません…」
今回ばかりは桜木も反抗しなかった。
「こういう時はありがとうの方が嬉しい」
「………すみません…ありがとうございます………」
歩く振動さえも辛いのか、僕の首に手を回してしがみついている。遠回りしたくなるくらい嬉しさに満たされた。


ソファに桜木を座らせる。
「水飲みますか?」
コップを渡すと、かすれた声でお礼を言いながら受け取った。僕はソファの肘掛に腰掛ける。
「…!」
コップを置いた桜木が僕の手をそっと握ってきた。
「中村さんの手…すごく…大きくて、暖かくて……とても………」
「!」
桜木は手を握ったまま僕に寄りかかって眠ってしまった。
「……………っ」
(こんな事して、期待してもいいのか…?)
桜木の頭をしばらく撫でていた。
「……っ」
立ち上がった瞬間、立ちくらみがした。
(僕もやられたのか…)
桜木が飲み残した水を一気に飲み干すと、だるい体に鞭打って桜木を抱き上げてベッドに運んだ。
「くそ…」
睡眠薬でも飲んだかのように睡魔が襲ってくる。起きていなければならないというのに。最悪港に着く前には起きて作戦を実行しなければならない。アラームを大音量でセットすると、そのまま桜木の横に倒れこんだ。


「んん…」
(苦しい…)
私はいつものように無意識だった。着ていたドレスを半分寝ながら脱いで投げ捨てた。そして、そのまま近くにあった暖かいものを捕まえて抱きしめた。


ーーーピピピピッ!!!
「!!」
耳元で大音量の何かが叫び、目を開けた。空いた手で叫び続けるそれを探した。
「スマホ…?」
目覚まし時計だったようだ。
(3時…)
どうしてこんな時間に、と思ったが起きることにした。しかし。
「…?」
体が動かない。何かがしがみついているような感覚だった。暗がりで手を動かす。しがみついているというよりは抱きしめられていると言った方が適切かもしれない。
「…ん…」
どうやら榊原さんのようだ。
「榊原さん、榊原さん」
起き上がろうと体を動かそうとすると、榊原さんは私を抱きしめる腕に力を入れた。徐々に起きてきた私は、しなければならないことを思い出した。
「榊原さん!起きてください」
私は呼びかけながら空いてる手で電気のスイッチを探す。
ーーーパチッ
なんとか電気をつけると。
「………っ」
榊原さんが顔をしかめた。
「起きてください」
「ん、あぁ………………!!!!」
「っ!」
榊原さんは私を見ると、私を抱きしめたまま起き上がった。
「なっ!……服は……僕は………」
いつも冷静な榊原さんが慌てている。私が寝る時下着なのは知っているはずなのに。私はベッドの下からドレスを拾った。
「寝てる間に脱いだんだと思いま…っ!?」
言い終わる前にワイシャツを羽織らされた。
「着てろ。先にシャワー借りる」
「はい…」
榊原さんはこちらを見ずに部屋を出て行った。
「………」
榊原さんが羽織らせてくれた彼のワイシャツを掴む。
(榊原さんの匂い…)
まだ暖かいそれは私を安心させるのだった。
「今だけは…」
(榊原さんの好きな人、忘れさせてください…)


「…っ」
迂闊だった。まさか自分が下着姿の桜木を抱きしめたまま寝るなんて。寝た時は確かに離れていたのに。しかも桜木もドレスのままだったはずだ。
(一瞬で理性が吹っ飛ぶかと思った…)
無防備なあんな姿を見せられてよく耐えたと思う。
「………」
まだ桜木の柔らかくきめ細かな肌と微かな甘い香りが残っている。
(全く…僕じゃなかったら襲われてたぞ…)
桜木が自分以外の誰かに体を許すのを、考えただけでも腹が立った。
(誰にも渡したくない…)


桜木がシャワーに行った間に作戦を考える。
「お待たせしました」
桜木は本当に着る物を持っていなかったのか、僕が買った服を着ていた。
「さっきは、すまなかった…」
「いえ、気にしてません。私もご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「いや…」
気にしていない、という桜木の言葉に複雑な気持ちだった。
「少し作戦を考えてみた。恐らく今まで以上に奥田は僕達を警戒しているだろう」
「そうですね」
「だから…」


私たちは朝食を食べに、朝食専用ラウンジになっている会場へ向かった。
「…流石に人が多いですね」
「そうだな…」
すると、加賀島さん、咲さん、由希子さん、蓮君が来た。
「おはようございます!」
「「おはようございます」」
「昨日はお二人はビンゴに参加されなかったんですか?」
由希子さんが言う。
「僕たちは途中で抜けさせてもらいました」
「そうだったんですか」
「もう席は見つけたのか?」
加賀島さんに言われ、来たばかりだと話すと席を取っておいてくれたようで案内してくれた。
「ありがとうございます。助かりました」
「よかったよ。ちょうど6人掛けの席だったしな」
その時私の携帯電話に着信があり、私は席を立って会場を出た。

「美咲さん、お忙しいんですか?」
「ん?」
咲さんと蓮君が言う。
「そういえば、美咲さんて何の仕事してるんですか?」
「僕の仕事を手伝ってもらってますよ」
すると、咲さんと由希子さんが言った。
「探偵業の前ですよ!」
「なんかイギリスとフランスにいたんですよね?」
「そうですね。事務作業とか、他会社の情報を集める営業みたいなことをしてたみたいですよ」
加賀島さんもいるので、僕は適当にそれらしいことを言っておいた。
「そうか。だから情報収集があんなに早かったんだな」
加賀島さんは何にも疑問に思わなかったようだ。
すると、後ろから第三者の声がした。
「ちょっと、お兄さんて探偵なの?」
化粧の濃いいかにも金持ちのような女性だった。
「相談、乗ってくれない?」
そう言って桜木が座っていたところに座ると、馴れ馴れしく僕の腕に自分の手を絡めて来た。
「ご相談なら、こちらの加賀島さんの方が良いと思いますよ」
そう言って、加賀島さんを紹介する。
「私、若い人がいいわ」
「すみませんが、そういうことならお断りします。それから、その席は…」
そこまで言った時、桜木がこちらに歩いてきたが僕たちを見て足を止めた。そして、桜木は踵を返して会場を出て行ってしまった。
「圭!」
「え、美咲さん?」
蓮君が一瞬僕を見ると、桜木を追いかけて行った。
「嫌、聞いてくれるまで離さないわ」
「いい加減にしてください。加賀島さん、お願いします」
「あぁ」
女性を連れて加賀島さんと会場の端に歩き出そうとした時。
ーーーバンバンバンッ!!
ーーーパリーン!ガシャン!!
『静かにしろ!』
「「!!」」
拳銃やライフルを持った覆面の男たちが乗り込んできた。
「離してください。…離せ」
小声で女性に言うと女性はすぐに手を離した。僕は加賀島さんと咲さんと由希子さんの所に戻る。
『全員大人しくしてろよ!』
ざっと8人はいる男達は僕達に机と椅子を端に寄せて、真ん中に集まるように指示した。
「美咲さんと蓮…大丈夫かな…」
「そうだな…」
「…」
(上手くやれよ、桜木)

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