それは秋の風のように
後悔
部屋に戻ると榊原さんは無言で私の腕の手当てをしてくれていた。
「あの…自分でやります…」
「いいから」
榊原さんはこちらをチラリと見やると包帯を巻き始めた。
(怒ってる…んだよね?)
すると、榊原さんが包帯を巻き終えた私の腕にそっと触れた。
「すまなかった…」
「どうして中村さんが謝るんですか?」
「君の行動パターンを知りながら気に留めなかった僕の責任です」
「そんな…」
「ですから…っ」
榊原さんが立ち上がろうとした時、少しだけ顔をしかめた。
「…ですから、君はもう気にしなくていい」
「中村さん、どこかお怪我を?」
「…いや」
私は榊原さんの腰あたりを触れた。
「っ!」
「ここですね」
「な…!」
私は榊原さんをソファに押し倒して、上着を捲り上げた。
「!」
そこには火傷のような痕があった。
「中村さん、これ…」
「大したことありませんから」
こんな痕が付くようなものは。
「スタンガンですね」
これで榊原さんの意識が完全に切れていた訳が分かった。
「とにかく冷やしてください!」
「いいから…」
榊原さんに腕を掴まれたが、私は立ち上がって榊原さんの腕を離した。
「これくらいさせてください!」
私は冷凍庫から氷を持ってくると、袋に入れ、タオルを巻くと榊原さんの腰に当てた。
(私は…)
思い知った。私の行動で榊原さんまで怪我をしてしまった。
「………」
(私が一番恐れているのは、榊原さんがいなくなることだ…)
「!」
桜木が無言で僕の背中に頭をつけた。
「…どうした?」
桜木がかすれた声で言った。
「…すみません…少しだけ、こうさせてください…」
少しは身にしみて反省したのだろう。
「もう単独行動するなよ」
「…はい…」
しばらくして桜木が頭を離した。
「失礼しました…」
「…もういい、ありがとう」
そう言って立ち上がった。
「もう少し冷やさないと…」
「それよりこれからどうするか考えよう。明日には入港してしまう」
「…はい」
外はすでに明るくなっていた。
「奥田は気づいているでしょうね」
「そうだな。捜査しているのを見つかれば命はないだろう」
僕はあることを思いついた。
「こうしよう…」
「…中村さんはすごいですね」
作戦を話すと桜木がそう言った?
「西田さんが言っていた通りです」
「西田が、なんて?」
「いつも人の10歩先を読んでいると、初めて登庁して中村さんに会いに行く時に教えてもらいました」
「そんなことを…」
西田は僕より年上だがよく反抗もせず良い働きをしてくれる。
「私は、尊敬しています。中村さんのこと。一緒に仕事ができて光栄です」
「それは僕も同じだ。だから…そろそろ普通に話してくれてもいいんじゃないか?」
「とんでもない!それに中村さんは年上ですし」
「僕は気にしないんだけどな。じゃあ、こうしよう」
「?」
少し調子に乗っているかもしれないとは思ったが。
「これから僕のことは下の名前で呼んでください」
「え…」
「恋人同士がいつまでも苗字で呼び合うのもどうかと思うし。僕も皆がいる時は圭と呼ぶから」
「…あ、皆さんの前だけで良いんですね」
桜木は心底安心したように言った。
「では、皆さんの前では翔さんと呼ばせていただきます」
それが桜木の精一杯なのだろう。本当は呼び捨てでもいいのだが、名前を呼んでくれるだけよしとしよう。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
榊原さんが考えた作戦はこうだった。この船では連日パーティーが行われる為、加賀島さんにも協力してもらい情報を聞き出す。それから、船に乗っていない西田さん達、公安の人達にも協力してもらう。私は榊原さんから単独行動を禁止されているし、一人になればまた奥田が接触してくる可能性があるので、今は何もしていないフリを装ってパーティーに参加する。それから、今日一日でできる限りの情報を集め、明日の朝方行動を起こす。
「あの…さすがにこのドレスは…」
榊原さんが選んでくれたパーティードレスはスリットがかなり深く入ったものだった。
「それくらいスリットが入っていれば下手な動きはできないだろう。君が無茶をしないためでもある」
「は、ぁ…」
この際、イギリスにいた時同様のドレスで全力疾走して犯人を蹴り飛ばして逮捕した事は黙っておこう。と言ってもスリットはもっと浅かったけれど。
「中村さん!美咲さん!」
呼ばれて振り返ると咲さんと蓮君だった。
「体調はもういいんですか?」
「あ、えぇ。ありがとうございます。この通りもう良くなりました。心配掛けてしまってごめんなさい」
「いえ、大丈夫なら安心しました」
すると、蓮君が言った。
「美咲さん、昨日は本当にありがとうございました」
「いいえ」
すると、榊原さんが言った。
「蓮君、腕の具合いは?」
「3日は安静なのでまだ動かせませんけど、日常生活には問題ないので大丈夫です」
「本当、ドジなんだから…」
咲さんが呆れたように言う。
「原因はなんだったんですか?」
私が聞くと、二人が顔を見合わせた。
「実は…」
「「え?」」
蓮君が加賀島さんと咲さんと3人で衣装部屋へ行くと、スタッフさんがすれ違いざまにウエディングの写真を落としてしまい、それを拾おうとした蓮君がその写真に写っているのが私たちだと気づいて、写真を拾い損ねてそのまま転倒してしまったそうだ。
「美咲さんすごく綺麗でした!」
「あ、ありがとうございます…」
すると榊原さんが私の肩を抱き寄せた。
「圭のウエディングドレス姿は誰にも見せたくなかったのに、見られてしまうとはね…」
「俺はショックというか…」
蓮君がボソッと何か言ったが聞き取れなかった。
「中村君、ちょっといいか?」
「はい。じゃ、僕達ちょっと仕事の話があるので失礼します」
「え、こんなところでまで仕事の話ですか?」
咲さんが驚くのも無理はないだろう。
「すみません、お父様のお時間をいただいてしまって」
「いえ、それはいいんですけど…」
腑に落ちなそうな二人を残して、私たちは加賀島さんと、会場の端に向かった。
「それとなく聞いてみたんだが、やはり一筋縄ではいかないな。ただ、裏カジノの場所は地下ではなくラウンジ辺りだろう」
「根拠はなんです?」
「これを見てくれ。設計図を手に入れたから今から送るよ」
加賀島さんがすぐに僕と桜木の携帯電話にドリーム号の設計図を送ってくれた。
「この、ラウンジの裏だ。空間が気にならないか?」
「確かに、倉庫にしているわけでもなく、妙な空間ですね」
奥田はただ桜木を監禁するために地下へ誘導したのか。
「これだけ情報が掴めれば十分です。ありがとうございます」
「いや、それはいいんだが…」
加賀島さんはチラッと桜木を見てから僕に言った。
「どんな危険な奴に関わってるんだ?」
「…そうですね。事が解決したらお話します。それまでは…申し訳ありませんがお話できません」
加賀島さんは深くため息をついて頷いた。
「分かった。だが、無理はするなよ。何か分かったらまた共有しよう」
「ありがとうございます」
加賀島さんの寛大さに救われた。詳しく話せば彼も、彼の家族や友人も危ないだろう。
「…奥田、何もしてきませんね」
加賀島さんが立ち去った後、桜木がポツリと言った。
「てっきりこのパーティーで接触してくるかと思ったのですが…」
「そうだな…」
確かに、あの倉庫から部屋に戻る間も何も無かった。
(嫌な予感が当たらなければいいが…)
パーティーは主催者の木本氏自らの司会でビンゴゲームが始まった。
「…」
私はこっそり会場を抜け出そうとした。
「どこに行く?」
榊原さんに気づかれた。
「お手洗いに…」
「じゃあ、ついでに僕も行ってくる」
それぞれトイレに入る。私は誰もいないことを確認して携帯電話を取り出してICPOのジョセフの右腕だった、トーマスにコンタクトを取った。
「もしもし、トーマス?私、桜木だけど…」
『桜木!?無事だったのか!』
「どういうこと?」
『驚かないで聞け。…ジョセフはレッド・バタフライのスパイだったんだ』
「!?」
衝撃の事実に息を飲む。
「で、でも…私が日本に戻ってからレッド・バタフライを名乗る男から電話が来た時、ジョセフはそんな様子は…。それに、ジョセフは…」
『信じたくない気持ちは分かるが、本当のことなんだ』
「そう…」
『…で、用はなんだ?レッド・バタフライのことか?』
「うん…でも、大丈夫。ちょっと整理したいわ」
『あぁ、それがいい。ただ気をつけろよ。ジョセフがレッド・バタフライに戻った以上、こちらの情報はかなり知られているからな』
「分かってる」
『それから…今パーティーなんだろ?あんまり飲み過ぎるなよ。また倒れたら大変だからな』
「いつの話よ」
『はは、じゃあな。また連絡待ってるよ』
「えぇ」
電話を切ってふと疑問に思う。
(なぜパーティーって分かったのかしら…)
トーマスに電話したことでまた分からなくなってきた。
「…電話、してたんですか?」
トイレから出ると榊原さんが壁に寄りかかって立っていた。
「はい…」
「ラウンジでも行こうか」
「え?」
「少し休もう」
突然何を言い出すのか、榊原さんは私の手を引いてエレベーターに乗った。
「あの…自分でやります…」
「いいから」
榊原さんはこちらをチラリと見やると包帯を巻き始めた。
(怒ってる…んだよね?)
すると、榊原さんが包帯を巻き終えた私の腕にそっと触れた。
「すまなかった…」
「どうして中村さんが謝るんですか?」
「君の行動パターンを知りながら気に留めなかった僕の責任です」
「そんな…」
「ですから…っ」
榊原さんが立ち上がろうとした時、少しだけ顔をしかめた。
「…ですから、君はもう気にしなくていい」
「中村さん、どこかお怪我を?」
「…いや」
私は榊原さんの腰あたりを触れた。
「っ!」
「ここですね」
「な…!」
私は榊原さんをソファに押し倒して、上着を捲り上げた。
「!」
そこには火傷のような痕があった。
「中村さん、これ…」
「大したことありませんから」
こんな痕が付くようなものは。
「スタンガンですね」
これで榊原さんの意識が完全に切れていた訳が分かった。
「とにかく冷やしてください!」
「いいから…」
榊原さんに腕を掴まれたが、私は立ち上がって榊原さんの腕を離した。
「これくらいさせてください!」
私は冷凍庫から氷を持ってくると、袋に入れ、タオルを巻くと榊原さんの腰に当てた。
(私は…)
思い知った。私の行動で榊原さんまで怪我をしてしまった。
「………」
(私が一番恐れているのは、榊原さんがいなくなることだ…)
「!」
桜木が無言で僕の背中に頭をつけた。
「…どうした?」
桜木がかすれた声で言った。
「…すみません…少しだけ、こうさせてください…」
少しは身にしみて反省したのだろう。
「もう単独行動するなよ」
「…はい…」
しばらくして桜木が頭を離した。
「失礼しました…」
「…もういい、ありがとう」
そう言って立ち上がった。
「もう少し冷やさないと…」
「それよりこれからどうするか考えよう。明日には入港してしまう」
「…はい」
外はすでに明るくなっていた。
「奥田は気づいているでしょうね」
「そうだな。捜査しているのを見つかれば命はないだろう」
僕はあることを思いついた。
「こうしよう…」
「…中村さんはすごいですね」
作戦を話すと桜木がそう言った?
「西田さんが言っていた通りです」
「西田が、なんて?」
「いつも人の10歩先を読んでいると、初めて登庁して中村さんに会いに行く時に教えてもらいました」
「そんなことを…」
西田は僕より年上だがよく反抗もせず良い働きをしてくれる。
「私は、尊敬しています。中村さんのこと。一緒に仕事ができて光栄です」
「それは僕も同じだ。だから…そろそろ普通に話してくれてもいいんじゃないか?」
「とんでもない!それに中村さんは年上ですし」
「僕は気にしないんだけどな。じゃあ、こうしよう」
「?」
少し調子に乗っているかもしれないとは思ったが。
「これから僕のことは下の名前で呼んでください」
「え…」
「恋人同士がいつまでも苗字で呼び合うのもどうかと思うし。僕も皆がいる時は圭と呼ぶから」
「…あ、皆さんの前だけで良いんですね」
桜木は心底安心したように言った。
「では、皆さんの前では翔さんと呼ばせていただきます」
それが桜木の精一杯なのだろう。本当は呼び捨てでもいいのだが、名前を呼んでくれるだけよしとしよう。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
榊原さんが考えた作戦はこうだった。この船では連日パーティーが行われる為、加賀島さんにも協力してもらい情報を聞き出す。それから、船に乗っていない西田さん達、公安の人達にも協力してもらう。私は榊原さんから単独行動を禁止されているし、一人になればまた奥田が接触してくる可能性があるので、今は何もしていないフリを装ってパーティーに参加する。それから、今日一日でできる限りの情報を集め、明日の朝方行動を起こす。
「あの…さすがにこのドレスは…」
榊原さんが選んでくれたパーティードレスはスリットがかなり深く入ったものだった。
「それくらいスリットが入っていれば下手な動きはできないだろう。君が無茶をしないためでもある」
「は、ぁ…」
この際、イギリスにいた時同様のドレスで全力疾走して犯人を蹴り飛ばして逮捕した事は黙っておこう。と言ってもスリットはもっと浅かったけれど。
「中村さん!美咲さん!」
呼ばれて振り返ると咲さんと蓮君だった。
「体調はもういいんですか?」
「あ、えぇ。ありがとうございます。この通りもう良くなりました。心配掛けてしまってごめんなさい」
「いえ、大丈夫なら安心しました」
すると、蓮君が言った。
「美咲さん、昨日は本当にありがとうございました」
「いいえ」
すると、榊原さんが言った。
「蓮君、腕の具合いは?」
「3日は安静なのでまだ動かせませんけど、日常生活には問題ないので大丈夫です」
「本当、ドジなんだから…」
咲さんが呆れたように言う。
「原因はなんだったんですか?」
私が聞くと、二人が顔を見合わせた。
「実は…」
「「え?」」
蓮君が加賀島さんと咲さんと3人で衣装部屋へ行くと、スタッフさんがすれ違いざまにウエディングの写真を落としてしまい、それを拾おうとした蓮君がその写真に写っているのが私たちだと気づいて、写真を拾い損ねてそのまま転倒してしまったそうだ。
「美咲さんすごく綺麗でした!」
「あ、ありがとうございます…」
すると榊原さんが私の肩を抱き寄せた。
「圭のウエディングドレス姿は誰にも見せたくなかったのに、見られてしまうとはね…」
「俺はショックというか…」
蓮君がボソッと何か言ったが聞き取れなかった。
「中村君、ちょっといいか?」
「はい。じゃ、僕達ちょっと仕事の話があるので失礼します」
「え、こんなところでまで仕事の話ですか?」
咲さんが驚くのも無理はないだろう。
「すみません、お父様のお時間をいただいてしまって」
「いえ、それはいいんですけど…」
腑に落ちなそうな二人を残して、私たちは加賀島さんと、会場の端に向かった。
「それとなく聞いてみたんだが、やはり一筋縄ではいかないな。ただ、裏カジノの場所は地下ではなくラウンジ辺りだろう」
「根拠はなんです?」
「これを見てくれ。設計図を手に入れたから今から送るよ」
加賀島さんがすぐに僕と桜木の携帯電話にドリーム号の設計図を送ってくれた。
「この、ラウンジの裏だ。空間が気にならないか?」
「確かに、倉庫にしているわけでもなく、妙な空間ですね」
奥田はただ桜木を監禁するために地下へ誘導したのか。
「これだけ情報が掴めれば十分です。ありがとうございます」
「いや、それはいいんだが…」
加賀島さんはチラッと桜木を見てから僕に言った。
「どんな危険な奴に関わってるんだ?」
「…そうですね。事が解決したらお話します。それまでは…申し訳ありませんがお話できません」
加賀島さんは深くため息をついて頷いた。
「分かった。だが、無理はするなよ。何か分かったらまた共有しよう」
「ありがとうございます」
加賀島さんの寛大さに救われた。詳しく話せば彼も、彼の家族や友人も危ないだろう。
「…奥田、何もしてきませんね」
加賀島さんが立ち去った後、桜木がポツリと言った。
「てっきりこのパーティーで接触してくるかと思ったのですが…」
「そうだな…」
確かに、あの倉庫から部屋に戻る間も何も無かった。
(嫌な予感が当たらなければいいが…)
パーティーは主催者の木本氏自らの司会でビンゴゲームが始まった。
「…」
私はこっそり会場を抜け出そうとした。
「どこに行く?」
榊原さんに気づかれた。
「お手洗いに…」
「じゃあ、ついでに僕も行ってくる」
それぞれトイレに入る。私は誰もいないことを確認して携帯電話を取り出してICPOのジョセフの右腕だった、トーマスにコンタクトを取った。
「もしもし、トーマス?私、桜木だけど…」
『桜木!?無事だったのか!』
「どういうこと?」
『驚かないで聞け。…ジョセフはレッド・バタフライのスパイだったんだ』
「!?」
衝撃の事実に息を飲む。
「で、でも…私が日本に戻ってからレッド・バタフライを名乗る男から電話が来た時、ジョセフはそんな様子は…。それに、ジョセフは…」
『信じたくない気持ちは分かるが、本当のことなんだ』
「そう…」
『…で、用はなんだ?レッド・バタフライのことか?』
「うん…でも、大丈夫。ちょっと整理したいわ」
『あぁ、それがいい。ただ気をつけろよ。ジョセフがレッド・バタフライに戻った以上、こちらの情報はかなり知られているからな』
「分かってる」
『それから…今パーティーなんだろ?あんまり飲み過ぎるなよ。また倒れたら大変だからな』
「いつの話よ」
『はは、じゃあな。また連絡待ってるよ』
「えぇ」
電話を切ってふと疑問に思う。
(なぜパーティーって分かったのかしら…)
トーマスに電話したことでまた分からなくなってきた。
「…電話、してたんですか?」
トイレから出ると榊原さんが壁に寄りかかって立っていた。
「はい…」
「ラウンジでも行こうか」
「え?」
「少し休もう」
突然何を言い出すのか、榊原さんは私の手を引いてエレベーターに乗った。
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