それは秋の風のように
攻防
「………」
目がさめると暗い部屋に倒れていた。手は背中で両手首を縛られ、両足首も縛られていた。
(今何時…?早くここを出ないと…)
「!」
少し体を動かした時、背中に何かが当たった。不自由な体を動かして回転すると。
「中村さん!?」
暗くても分かる。榊原さんに間違いない。
「中村さん、中村さん!」
声をかけるが、目を覚ます気配がない。
(とりあえず起き上がらないと…)
縛られた状態で起き上がるのは至難の技だ。なんとか起き上がると、縛られている紐を切れないか、役に立ちそうなものを探すように周りに手を這わせてみるが、物の気配もなく使えそうな物も落ちていないようだ。
(困ったな…)
とりあえず、榊原さんが怪我をしていないか確認するために、彼の体に頬を付けて確認する。
(…大丈夫みたいね)
手首を動かしてみるもビクともしないので、なんとか足首の紐だけでも取れないか試みる。態勢はかなりキツイがなんとかできそうだ。
(なんて固い…)
結び目はかなり固くしてあり、苦戦する。
(足だけでも取れれば…っ)
その時手応えがあり、結び目が緩み始めた。
「取れた…」
足が自由になると立ち上がって壁を探し、そこから壁伝いに歩いてみる。
(部屋自体は小さい…)
そして、窓も家具も何もない。恐らく地下の部屋なのだろう。
「っ!」
壁に手を当てながら歩いていると、何かで手を切ってしまった。
(刃物…?)
もう一度手を滑らせてみると、釘だった。
(これはいけるかも!)
尖った部分を紐に当てて擦り始めた。時々手首を傷つけているが今は関係ない。紐が解けて自由になれれば良いのだ。
(あと少し…)
その時だった。
「ぅ…」
かすかに中村さんの声がして、そちらを見る。もうだいぶ目が慣れて中村さんのシルエットだけは確認できた。
「桜木!!」
「は、はい!」
いきなり名前を呼ばれて反射的に返事をした。
「そこにいるのか?」
「は、はい…ちょっと待ってください。もう少しで紐が…」
ーーーブチッ…
(切れた!)
両手が自由になると、榊原さんのところに行ってまず両手首の紐を解いた。紐が解けた瞬間。
「!」
「無事か!?」
榊原さんは私の両肩を掴んで確認する。
「奥田に何をされた!?」
いつになく切羽詰まった様子に榊原さんの手に自分の手を乗せた。
「大丈夫です。何もされてません」
「本当か?」
暗がりで榊原さんの目が光った気がした。
「…ちょっとは交戦したんですけど、最終的に首に針を刺されてしまって…気を失ってしまいました」
すると、榊原さんは長いため息をついた。
「…………そうか…………」
「えっと…中村さんは…奥田に会ったんですか?」
「えぇ。あなたを探してたらね」
そこで、私は榊原さんに何も言わずに部屋を出てきたのを思い出した。
「あ…!えっと…その…」
「なぜ僕に何も話さずに部屋を出て、奥田に会ったのか、弁解があるなら一応聞きますが?」
榊原さんの手に力が入る。
「それは…シャンパンを持ってきたボーイさんが奥田だと気付いて…。中村さんには、私に何かあっても無事でいてもらわないと、と思って…確認したら戻るつもりで探しに行ったら、蓮君になりすました奥田に会って…」
「………」
榊原さんは明らかに怒っている。
「…す、すみませんでした…」
「全く。あなたは何度説教されれば気がすむんでしょうね?僕が何も知らないまま、あなたを見殺しにしろと?冗談じゃない。上司としてもあなたの立場を知っている者としても僕にはあなたを守る権利がある。今は僕の部下なんですから報告の義務もあるはずですよ」
「返す言葉もございません…」
「気絶させられる程度で済んだから良かったものの、僕の知らないところであなたに死なれたら、僕は一生自分を許せない。圭一にも申し訳ない」
そう言われて、初めて自分が無謀な行動をしたのだと気づいた。
「申し訳ありません…でした」
「分かれば良い」
そして、榊原さんは私から手を離した。
「あ、足のも取りますね」
なんとか紐を取り終える。
「ありがとうございます。少しこの部屋を探してみましょう」
「はい」
すると、横から複数の足音がしたので、二人でそちらに耳を澄ませる。
「こちらに来る気配はないな」
「そうですね…」
ふと、奥田の情報を思い出す。
「もし、ここが地下室なら…裏カジノの関係者かもしれません」
「裏カジノ?」
「奥田が言ってたんですけど、今回この船の地下で裏カジノが開かれて、そこである取引があるそうなんです」
「取引というのは?」
「そこまでは…」
「そうか…」
桜木がどうやってその情報を奥田から聞き出したのかは分からないが、裏カジノは大問題だ。この船のオーナーである木本氏は知っているのだろうか。
「レッド・バタフライが関わる取引となると、ドラッグか拳銃か…」
「そうですね…」
奥田の「1日」という言葉を思い出す。
「明日の入港に合わせてブツを渡すつもりかもしれないな…」
「それなら私を殺さなかったのは、それまで邪魔しないようにということだったんでしょうか」
「恐らくな」
それだけに、今ここを出て見つかれば確実に殺されるだろう。
「入港に合わせて僕達もここを出よう。それまでは取引を止める作戦を考えよう」
「分かりました」
とはいうものの、作戦の前に何時かも分からないこの状況でどうすべきか。
「とりあえず、出口を探そう」
「はい」
二人で逆方向に壁伝いに歩いていく。
「「!!」」
なんの手応えもなくすぐに出会ってしまった。
「無いとしたら上でしょうか…?」
真っ暗な中、上を見ても何も見えない。
すると、榊原さんが言った。
「美咲さん」
「はい」
「僕の上に乗って探してもらえますか?」
「え?」
一瞬ためらったが、この状況では仕方ないかもしれない。
「わ、分かりました…。失礼します」
榊原さんに肩車してもらうと、ちょうど天井に手が届いた。しばらく歩いてもらうが扉らしきものはなかった。しかし。
(これは…)
手の感覚が戻ってきて改めて気づいた。
(木じゃない…)
ということは、私が紐を切ったあの尖ったものは当然釘じゃない事になる。
「榊原さん、私たち…」
「どうしました?」
「このままここにいたら危険かもしれません」
榊原さんに下ろしてもらうと、推測を話してみる。
「ここは恐らくバラストタンクの上です。天井が熱いので…」
「…確かにさっき向こうの壁は熱かった。…ということは燃料庫の側にいるのか。…地下にも程があるな…」
榊原さんが苦笑いする。
「よほど僕達を裏カジノから遠ざけたかったんだな」
「そうみたいですね。…ここに入れたなら出られるはずなんですが…」
先ほど紐を切った所にいく。
「どうした?」
「私、ここで…っ!」
やはり鋭い釘のようなものが出ている。
「これで紐を切ったんです」
「これは…。もしかしたら出られるかもしれない」
桜木に言う。
「ヘアピンしてます?」
「あ、はい。してますけど…」
「貸してもらえますか?」
「はい、どうぞ」
恐らく、外にしか取手が付いていないドアがここにある。桜木からピンを受け取ると、尖った部分から上下にヘアピンを刺していく。すると、突き刺した先の方に手応えがあり、何かが破れる感触があった。
「あ…」
すると、隙間から光が漏れた。
「少し押してみるから、そっちに隙間がないか見てくれませんか?」
「はい……あ、ここです!」
「よし、一緒に押そう」
「ですが、鍵が掛かっているかも…」
「それなら目張りする必要はないですよ。いきますよ。…せーのっ」
ーーーズズ…
「あと少しだ…」
ーーーズズズズ…
すると。
ーーービーッビーッ…
「「!」」
扉が半分くらい開いた所でブザーが鳴り響いた。
『…なんなんだ?』
『こんなとこに誰が…』
ボーイ達がすぐに駆けつけた。
「すみません!開けてください!」
「え?!」
「な、何してるんですか!」
「今開けます!」
二人のボーイが助けてくれた。
「「ありがとうございました…」」
「お客様!大丈夫ですか?!」
ボーイの声に桜木を見る。
「!」
腕は傷だらけで血が出て固まっていて、それで顔を触ったのか顔にまで血が付いていた。
「大丈夫です…」
「部屋に戻るぞ」
桜木の腕を掴むとボーイに言った。
「この事は誰にも言わないでください」
「しかし…」
「僕達がここを出たと知ったら、助け出したあなた達まで危険です。いいですね?特に同僚には話さないでください」
ボーイ達は顔を見合わせると頷いた。
「で、では手当てだけさせてください」
すると桜木が言った。
「それも結構です。ありがとうございます」
「ちなみに、ここはどういうところですか?」
「はい。こちらは、燃料庫で不要になった物を一時的に置いておく倉庫で…」
「そうですか。今は何時ですか?」
「只今は朝の5時半でございます」
「朝…。出口はどちらですか?」
「は、はい。こちらでございます」
奥田に会ったのが夜中の1時を回っていたから、少なくとも3時間以上はあそこにいたということか。
目がさめると暗い部屋に倒れていた。手は背中で両手首を縛られ、両足首も縛られていた。
(今何時…?早くここを出ないと…)
「!」
少し体を動かした時、背中に何かが当たった。不自由な体を動かして回転すると。
「中村さん!?」
暗くても分かる。榊原さんに間違いない。
「中村さん、中村さん!」
声をかけるが、目を覚ます気配がない。
(とりあえず起き上がらないと…)
縛られた状態で起き上がるのは至難の技だ。なんとか起き上がると、縛られている紐を切れないか、役に立ちそうなものを探すように周りに手を這わせてみるが、物の気配もなく使えそうな物も落ちていないようだ。
(困ったな…)
とりあえず、榊原さんが怪我をしていないか確認するために、彼の体に頬を付けて確認する。
(…大丈夫みたいね)
手首を動かしてみるもビクともしないので、なんとか足首の紐だけでも取れないか試みる。態勢はかなりキツイがなんとかできそうだ。
(なんて固い…)
結び目はかなり固くしてあり、苦戦する。
(足だけでも取れれば…っ)
その時手応えがあり、結び目が緩み始めた。
「取れた…」
足が自由になると立ち上がって壁を探し、そこから壁伝いに歩いてみる。
(部屋自体は小さい…)
そして、窓も家具も何もない。恐らく地下の部屋なのだろう。
「っ!」
壁に手を当てながら歩いていると、何かで手を切ってしまった。
(刃物…?)
もう一度手を滑らせてみると、釘だった。
(これはいけるかも!)
尖った部分を紐に当てて擦り始めた。時々手首を傷つけているが今は関係ない。紐が解けて自由になれれば良いのだ。
(あと少し…)
その時だった。
「ぅ…」
かすかに中村さんの声がして、そちらを見る。もうだいぶ目が慣れて中村さんのシルエットだけは確認できた。
「桜木!!」
「は、はい!」
いきなり名前を呼ばれて反射的に返事をした。
「そこにいるのか?」
「は、はい…ちょっと待ってください。もう少しで紐が…」
ーーーブチッ…
(切れた!)
両手が自由になると、榊原さんのところに行ってまず両手首の紐を解いた。紐が解けた瞬間。
「!」
「無事か!?」
榊原さんは私の両肩を掴んで確認する。
「奥田に何をされた!?」
いつになく切羽詰まった様子に榊原さんの手に自分の手を乗せた。
「大丈夫です。何もされてません」
「本当か?」
暗がりで榊原さんの目が光った気がした。
「…ちょっとは交戦したんですけど、最終的に首に針を刺されてしまって…気を失ってしまいました」
すると、榊原さんは長いため息をついた。
「…………そうか…………」
「えっと…中村さんは…奥田に会ったんですか?」
「えぇ。あなたを探してたらね」
そこで、私は榊原さんに何も言わずに部屋を出てきたのを思い出した。
「あ…!えっと…その…」
「なぜ僕に何も話さずに部屋を出て、奥田に会ったのか、弁解があるなら一応聞きますが?」
榊原さんの手に力が入る。
「それは…シャンパンを持ってきたボーイさんが奥田だと気付いて…。中村さんには、私に何かあっても無事でいてもらわないと、と思って…確認したら戻るつもりで探しに行ったら、蓮君になりすました奥田に会って…」
「………」
榊原さんは明らかに怒っている。
「…す、すみませんでした…」
「全く。あなたは何度説教されれば気がすむんでしょうね?僕が何も知らないまま、あなたを見殺しにしろと?冗談じゃない。上司としてもあなたの立場を知っている者としても僕にはあなたを守る権利がある。今は僕の部下なんですから報告の義務もあるはずですよ」
「返す言葉もございません…」
「気絶させられる程度で済んだから良かったものの、僕の知らないところであなたに死なれたら、僕は一生自分を許せない。圭一にも申し訳ない」
そう言われて、初めて自分が無謀な行動をしたのだと気づいた。
「申し訳ありません…でした」
「分かれば良い」
そして、榊原さんは私から手を離した。
「あ、足のも取りますね」
なんとか紐を取り終える。
「ありがとうございます。少しこの部屋を探してみましょう」
「はい」
すると、横から複数の足音がしたので、二人でそちらに耳を澄ませる。
「こちらに来る気配はないな」
「そうですね…」
ふと、奥田の情報を思い出す。
「もし、ここが地下室なら…裏カジノの関係者かもしれません」
「裏カジノ?」
「奥田が言ってたんですけど、今回この船の地下で裏カジノが開かれて、そこである取引があるそうなんです」
「取引というのは?」
「そこまでは…」
「そうか…」
桜木がどうやってその情報を奥田から聞き出したのかは分からないが、裏カジノは大問題だ。この船のオーナーである木本氏は知っているのだろうか。
「レッド・バタフライが関わる取引となると、ドラッグか拳銃か…」
「そうですね…」
奥田の「1日」という言葉を思い出す。
「明日の入港に合わせてブツを渡すつもりかもしれないな…」
「それなら私を殺さなかったのは、それまで邪魔しないようにということだったんでしょうか」
「恐らくな」
それだけに、今ここを出て見つかれば確実に殺されるだろう。
「入港に合わせて僕達もここを出よう。それまでは取引を止める作戦を考えよう」
「分かりました」
とはいうものの、作戦の前に何時かも分からないこの状況でどうすべきか。
「とりあえず、出口を探そう」
「はい」
二人で逆方向に壁伝いに歩いていく。
「「!!」」
なんの手応えもなくすぐに出会ってしまった。
「無いとしたら上でしょうか…?」
真っ暗な中、上を見ても何も見えない。
すると、榊原さんが言った。
「美咲さん」
「はい」
「僕の上に乗って探してもらえますか?」
「え?」
一瞬ためらったが、この状況では仕方ないかもしれない。
「わ、分かりました…。失礼します」
榊原さんに肩車してもらうと、ちょうど天井に手が届いた。しばらく歩いてもらうが扉らしきものはなかった。しかし。
(これは…)
手の感覚が戻ってきて改めて気づいた。
(木じゃない…)
ということは、私が紐を切ったあの尖ったものは当然釘じゃない事になる。
「榊原さん、私たち…」
「どうしました?」
「このままここにいたら危険かもしれません」
榊原さんに下ろしてもらうと、推測を話してみる。
「ここは恐らくバラストタンクの上です。天井が熱いので…」
「…確かにさっき向こうの壁は熱かった。…ということは燃料庫の側にいるのか。…地下にも程があるな…」
榊原さんが苦笑いする。
「よほど僕達を裏カジノから遠ざけたかったんだな」
「そうみたいですね。…ここに入れたなら出られるはずなんですが…」
先ほど紐を切った所にいく。
「どうした?」
「私、ここで…っ!」
やはり鋭い釘のようなものが出ている。
「これで紐を切ったんです」
「これは…。もしかしたら出られるかもしれない」
桜木に言う。
「ヘアピンしてます?」
「あ、はい。してますけど…」
「貸してもらえますか?」
「はい、どうぞ」
恐らく、外にしか取手が付いていないドアがここにある。桜木からピンを受け取ると、尖った部分から上下にヘアピンを刺していく。すると、突き刺した先の方に手応えがあり、何かが破れる感触があった。
「あ…」
すると、隙間から光が漏れた。
「少し押してみるから、そっちに隙間がないか見てくれませんか?」
「はい……あ、ここです!」
「よし、一緒に押そう」
「ですが、鍵が掛かっているかも…」
「それなら目張りする必要はないですよ。いきますよ。…せーのっ」
ーーーズズ…
「あと少しだ…」
ーーーズズズズ…
すると。
ーーービーッビーッ…
「「!」」
扉が半分くらい開いた所でブザーが鳴り響いた。
『…なんなんだ?』
『こんなとこに誰が…』
ボーイ達がすぐに駆けつけた。
「すみません!開けてください!」
「え?!」
「な、何してるんですか!」
「今開けます!」
二人のボーイが助けてくれた。
「「ありがとうございました…」」
「お客様!大丈夫ですか?!」
ボーイの声に桜木を見る。
「!」
腕は傷だらけで血が出て固まっていて、それで顔を触ったのか顔にまで血が付いていた。
「大丈夫です…」
「部屋に戻るぞ」
桜木の腕を掴むとボーイに言った。
「この事は誰にも言わないでください」
「しかし…」
「僕達がここを出たと知ったら、助け出したあなた達まで危険です。いいですね?特に同僚には話さないでください」
ボーイ達は顔を見合わせると頷いた。
「で、では手当てだけさせてください」
すると桜木が言った。
「それも結構です。ありがとうございます」
「ちなみに、ここはどういうところですか?」
「はい。こちらは、燃料庫で不要になった物を一時的に置いておく倉庫で…」
「そうですか。今は何時ですか?」
「只今は朝の5時半でございます」
「朝…。出口はどちらですか?」
「は、はい。こちらでございます」
奥田に会ったのが夜中の1時を回っていたから、少なくとも3時間以上はあそこにいたということか。
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