それは秋の風のように

彩虹

捜索

目覚めると船室のベッドの上だった。
(榊原さんは…)
かすかに聞こえるシャワーの音から浴室にいるのだと分かる。まだスッキリしないがベッドを降りるとテラスに出た。すでに外は真っ暗で生暖かい風が吹いていた。
(あのボーイ…)
「!」
そこで私はある人物を思い出した。
(奥田広樹…)
どうしてすぐに思い出せなかったのだろう。
「美咲さん、もういいんですか?」
榊原さんがタオルで髪を拭きながらこちらに来た。
「はい、ありがとうございます。ご迷惑お掛けしました」
「それなら良いですが」
「私もシャワーいただきますね」
「えぇ」
私は奥田のことは伝えずに浴室に入った。
(榊原さんには、何かあった時の為に無事でいてもらわなければ困る…)
私は素早くシャワーを済ませると、榊原さんに気づかれないように部屋を抜け出した。

「…美咲さん?」
1時間経っても姿を見せない桜木に、浴室で倒れているのかと心配になりノックをしてみる。
「…失礼しますよ」
開けてみるが桜木はいなかった。
「…?」
ふと、履いてきた靴が無いのに気づく。
「まさか…」
一人で犯人を探しに行ったのかもしれない。
「全く…」
桜木のことだ、僕を巻き込みたくないと思ってのことだろう。上着を羽織ると急いで部屋を出た。


関係者以外立入禁止の札が立っている階段の近くまで来た。さすが、この船のセキュリティは万全でほとんど監視カメラの死角がない。
(入ったらきっとすぐにボーイが来る…)
どうしたものかと悩んでいると。
「美咲さん!!」
「…蓮君?」
「良かった…ずっとお礼を言いたくて探してたんです!体調は良いんですか?倒れたって聞きましたけど…」
「えぇ、ありがとうございます」
なぜこんなところにいるのだろうと思っていると、蓮君は突然私に頭を下げた。
「蓮君?」
「ありがとうございました!あの時、美咲さんが来てくれなかったら、俺何を話していいか分からなかったし、怪我の証明もできなかったと思います」
「そんな…」
「本当にありがとうございました!それに、ヴァイオリンすごく…感動しました」
「いえ…もう忘れてください」
すると、蓮君は少し改まった口調で言った。
「あの…ちょっと美咲さんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「何ですか?」
「あ…ここじゃ何なんで二人になれる場所行きません?」
「……………何の、話…?」
立ち止まったまま、歩き出す蓮君の背中に言う。
「ここじゃダメなんですか?」
「いいですけど、困ると思いますよ?…あなたが。警察の人間だと、知られたくないのでしょう?」
「!」
振り返った蓮君は蓮君じゃなかった・・・・・・・・
「あなた…誰?」
わざわざ蓮君になりすまして私に接触をはかる人物。
「奥田、広樹…?」
「おや、フルネームで光栄です。はじめまして。桜木ほのかさん」
「蓮君は無事なの?」
「えぇ。私はあなたに会うために彼になりすましているだけですから」
「…あのボーイはあなたでしょう。私を足止めする為に毒を飲ませたの?」
「えぇ、そうですよ。でも…効かなかったようですね。恐ろしい人だ。普通なら昏睡状態で重体のはずなのに」
奥田は冷たい目でこちらを見ている。
「わざわざ知人になりすまして私に接触するなんて…。よほど私が邪魔なのね」
「…えぇ。今までは監視だけでしたけど、邪魔するなら殺していいと言われたんですよね」
「…」
「あなたとつるんでる彼も一緒に、ですかね…」
「彼は関係ないわ。殺すなら私だけにして」
「へぇ…。さすが、ICPOだけのことはありますね。あなたを殺そうとする人間の前でも決して怖気付かない」
「…」
「…いや、本当は死ぬのなんて何とも思っていない。むしろ死を望んでいる…?」
彼は、私が思っても口に出して言ったこともないことを、いとも簡単に言い当てた。
「図星ですか」
「…」
「まぁ、事が終わるまで邪魔しないでいただければ、命は助けてあげますよ。あなた美人だし、また違うとこでも会いたいですし」
「そう言われて見て見ぬ振りをすると思うの?」
「殺されたいんですか?」
「あなた達…レッド・バタフライを捕まえるまでは死ぬわけにはいかない」
「じゃあ、教えてあげますよ」
彼はフッと笑ってから軽々と柵を飛び越えて階下へ向かった。
「待って!」
私は彼を追いかけた。

(一体どこに…)
一通り探してみたが桜木がいる気配がない。この船は至る所に防犯カメラが設置されている。
(もう少し探して見つからなかったら職権を使わせてもらおう)
さすがに関係者以外立入禁止のところに入ったらボーイが飛んでくるだろうから、そこには行っていないと考えてもいいだろう。
(全く…)
もう少し頼ってくれてもいいと思うのだが。


「ここは…」
見事に防犯カメラを避けて着いたのは船内の薄暗い地下だった。
「裏カジノ…ってやつですよ」
「!」
奥田が私のすぐ後ろにいた。
(気配がしなかった…)
「ここで、ある取引が行われる。それを邪魔しなければ無傷でこの船旅を最後まで楽しめますよ」
「取引…?」
「それは教えられませんがね。ただ、その取引が終わるまでは邪魔されては困るので、大人しくしていていただきますが」
「っ!」
薄暗い視界では相手がよく見えない。空気の流れや微かな影で相手の動きを呼んで攻撃を交わしていく。
「へぇ…さすが、ICPO。そう簡単には落ちてくれませんか」
口調は穏やかなのに攻撃のキレは素早く、避けるので精一杯だ。
「避けるだけじゃ、この場をやり過ごすことも、私を倒すこともできませんよ?」
(そんなことは分かっている…)
「…あぁ、そうか。私から逃げられたとしても、方向音痴のあなたじゃ地上に出ることすら出来ないかもしれませんね」
「っ」
この人はどこまで私のことを調べたのだろう。
「さて、私もひと仕事あるので申し訳ありませんが…」
「!」
ーーーチクッ…
気配が消えた一瞬で、彼は私の首に針を刺した。
「…っ」
意識が途切れる寸前、穏やかな口調とはかけ離れた冷たい目が私を見下ろしているのが見えた。
「…やれやれ。女性だと思って手加減してたらこちらが危なかった…」
奥田は桜木を担ぎ上げると地下の一室に入って行った。


「…どこだ…」
桜木の痕跡が全くない。
「あ、中村さん。こんなところで何してるんですか?」
蓮君だった。
「君こそこんな時間に何を?」
「俺はちょっと眠れなくて…」
蓮君は辺りを見回して言った。
「美咲さんは一緒じゃないんですか?」
「…えぇ」
少しだが蓮君に違和感を覚える。
(なんだ…?)
蓮君をジッと見る。
「…どうかしたんですか?」
僕は蓮君に寸止めのつもりで殴りかかってみた。
「っわ…!?」
「………お前、五十嵐蓮じゃないだろ?」
そいつは僕の右ストレートを突然だったにもかかわらず軽々と受け止めた。
「………全く。彼女といい、そんなに私の変装ってすぐ分かりますか?」
しれっと僕の手を払う目の前の男はすでに装うつもりはないようだ。
「桜木に会ったのか?今どこにいる?」
「気になりますか?そりゃ気になりますよね?部下の安否は」
「!」
「いや、大切な人…と言った方が正しいでしょうか?」
「お前は誰だ…」
男はフッと笑って言った。
「そうですね。当てられたら彼女の居場所を教えてもいいですよ?」
「ふざけるな…」
「彼女はすぐに分かりましたよ?」
明らかに余裕がある男にイライラしていた。僕は正常に思考が回るように、静かに深呼吸した。
(考えろ…)
桜木がすぐに分かり、知人になりすますような人物。そして、桜木がここにいないということは、かなりの手練れ。そして、僕のことまでよく知っている。
「監視…奥田広樹か!」
「へぇ…さすがはゼロですね。ご名答です。そんなにすぐ当てられたら面白くないですね」
「桜木の居場所を教えろ。無事なんだろうな?」
「まぁ、今のところは」
「どこだ!」
「後1日は教えられませんね」
「何…?」
奥田はこちらを冷たい目で見る。
「彼女はあなたが危険にさらされないように、一人で行動していたのに。あなたが怪我をしたら悲しみますよ?」
「怪我をしなければ良い話だ」
「面倒な人ですね…。それならあなたも事が終わるまで眠ってもらいますよ」
「!」
やはり繰り出される拳からかなりの手練れだと分かる。
「彼女…」
攻撃のスピードとは裏腹な穏やかな口調で奥田が言った。
「かなり良い体をしてましたね」
「!」
「髪も絹のようで。声も近くで聴くと実に私好みの声でしたよ」
「お前、桜木に何をした!!」
「少々手荒いことはしましたけど」
「っ!!」
「っく…っ」
僕の右ストレートをくらった奥田が初めて敵意を露わにした。
「私に一発入れたのはあなたが初めてですよ。もっとも、彼女には私が一本入れさせていただきましたけど」
「…どういう意味だ?」
「そのまま。言葉の通りです…よ!」
「く…っ」
今までとは違い、一発一発が重くなった。
(手加減してたのか…)
「さぁ、あなたも寝てください?」
数分の攻防の末。
「!」
ーーーバチバチバチ…
「ぐあ…っ」
フェイクの拳の後すぐにスタンガンを当てられてしまった。
「く、そ…」
「手間掛けさせないでくださいよ」
その言葉を最後に意識が遠のいた。

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