それは秋の風のように

彩虹

情報

家に帰ると、家野さんが来ていた。彼を招き入れると私はパソコンを開いた。
「その前に」
榊原さんがパソコンを開く私の手を取った。
「手当てが先です」
「はい…」
傷口を洗い流すと、消毒をして包帯を巻いてくれた。
「ありがとうございます…」
「美咲さんは怪我が絶えないな」
「返す言葉もありません…」
これでもフランスとイギリスにいた頃はほとんど怪我なんかしなかったのだ。
「…で、メールは?」
家野さんに急かされパソコンを開いた。
「これですね…」
メールを開くと、3人のFBI捜査官のプロフィールが添付されていた。
「あ、俺の情報合わせたら美咲さんを張ってるやつ分かるかも」
「それは?」
「身長170センチで出身は東京」
「なんだその妙に細かい情報は?」
「まぁ、俺なりに色々計算して、仲間にも探してもらったんだよ」
「…いました。身長170センチで東京出身の…名前は奥田広樹、FBIには10年前に配属になっています」
「奥田広樹、か…」
「ジルはこんな情報どうやって…!」
その時、パソコンがハッキングされていることに気づいた。
「どうした?」
「ハッキングされてます!」
「貸してみ」
家野さんがすごい速さでキーボードを打っていく。
「…はい、まぁ…これでもうハッキングはしてこないと思うよ」
「ありがとうございます」
すると、家野さんが立ち上がった。
「じゃ、俺帰るね。言うことは言ったし」
「あぁ。助かった」
「ありがとうございました」
家野さんはあっさりと帰って行った。

家野が帰ると、桜木がダイニングに置いてある複数の紙袋を見ていた。
「中村さん、結局あれは…」
「あぁ、これは…」
紙袋を持ってきて桜木に渡す。
「これは美咲さんへのプレゼントですよ」
「…え?」
「普段着を持ってないようなので」
「えっと…確かにスーツしか持ってないですけど…着任祝いでドレスもいただきましたし、こんなにいただくわけには…」
「返してもらっても僕は着れませんから、ぜひ着てください」
半ば強引に紙袋を持たせる。
「せっかくなので早速、着替えてきてください。あ、シャワーお先にどうぞ」
「は、あ…」
呆然とする桜木を部屋から出した。
(…はぁ…)
これで桜木が下着姿で僕の前に現れることはないだろう。

部屋に戻って紙袋を開けてみる。なんとも、あの短時間で選んだとは思えないセンスの良さに驚く。私自身ファッションに全く興味が無い。私は上下を持つと、バスルームに向かった。

「ありがとうございます…」
「よくお似合いですよ」
シャワーを終えた桜木がダイニングに戻ってきた。
「これで下着で歩くことも無くなりますね」
「あ、そういうことですか。すみません…寝るときに服を着る習慣がなくて、部屋着は必要なかったんです」
「え?」
「あ、もちろんホテルとか自室で、ですけど」
「そうですか…」
あの落ち着きようは習慣だったからなのか、と納得した。
「でも、これからはたくさん服があるので部屋での楽しみが増えました。ありがとうございます」
「…っ」
桜木のふいの笑顔にドキッとした。いつもはクールっぽいのにたまに見せる幼さにまた惹かれるのだった。
「僕もシャワー行ってきます…」
「はい」


バスルームから戻ると桜木が昼間怪我した左手に包帯を巻いていた。
「やりましょうか?」
「…お願いします…」
包帯を巻き始めると桜木がポツリと言った。
「私…中村さんに甘えてばかりですね。一人でやろうとしても結局中村さんには何も隠せなくて…」
そう言われて少し押してみた。
「そりゃあ、僕は美咲さんのことを一番近くで見てますからね」
「…今まで誰かに執着することなんか無かったのに…不思議です」
「執着ですか」
「…ジルと組んでた時も仕事だけでプライベートは別々に過ごしてましたし…中村さんとはこうしてプライベートも一緒に過ごす時間が多いのに、違和感がなくて……ずっと…」
そこまで言うと、桜木はハッとしてこちらを見た。
「すみません、変なことを言ってしまって…」
「…いえ」
包帯を巻き終えると桜木を見る。
『ずっと…』
その後何を言おうとしたのか。
(少しは見込みがあるのか?)
「僕はこうして美咲さんと一緒に過ごせて嬉しいですよ」
「あ、りがとうございます…」
明らかに動揺している桜木は話をそらした。
「えっと…これから中村さんはどうされますか?私は奥田を調べてみようと思います」
「…十分気をつけてください。レッド・バタフライは美咲さんに任せます。僕は剣持さんのことが気になるのでそっちを調べます」
「ブラックホールですね…」
「えぇ。出来るだけ一人にならないようにしてくださいね」
「はい…」
いや、むしろ一人の方が安全なのか。
「メールでいいので報告は入れてください」
「分かりました」


そして、数日後探偵業務の合間に駆け回っていると。
「美咲さーん!」
道路挟んで向かい側に咲さんと由希子さん、蓮君がいた。私が手を振り返すと彼らが横断歩道を渡ってきた。
「ちょうど良かったです!美咲さんに渡したいものがあったんです!」
「何ですか?」
由希子さんが取り出したのはチケットのようなものだった。
「これ、ドリーム号の旅行チケットなんですけど、今度の連休皆で船旅行きませんか?」
「船旅ですか…」
「ぜひ中村さんも誘ってください」
「ありがとうございます。聞いてみますね」
彼女達は笑顔で頷いた。
「でも、このチケットどうやって手に入れたんですか?優待って書いてありますけど…」
すると蓮君が答えた。
「木本の家も財閥なんですよ。そのドリーム号のオーナーが木本の父親なんです」
「そうですか…」
「あ、美咲さん…」
咲さんが言った。
「連絡先教えてくれませんか?」
「いいですよ」
結局、咲さんだけでなく3人とも連絡先を交換した。
「それじゃ、後で連絡しますね。お誘いありがとうございます」
三人と別れ、再び調査に向かった。

「やっぱ綺麗ね、美咲さん…」
「ああいう女の人って憧れるよね」
「っしゃ!連絡先ゲットー!」
三人は美咲が見えなくなるまで立っていた。


家に戻ると、すでに中村さんが帰宅していた。
「早かった…んですね?」
「えぇ。実は今日でフルールのバイトを解雇になりましてね」
「そうなんですか…解雇…」
「まぁ、事件や呼び出しがある度に抜け出していては当然でしょうね」
「それはしょうがないですね」
「それで、僕に何か話しがあるとか?」
「え?」
首をかしげる。
「咲さんからメールを受け取りまして」
「あ…」
恐らくドリーム号のことだろう。
「これです」
私はもらったチケットを出した。
「由希子さんの家がオーナーだそうで、そのドリーム号の船旅に誘われました。中村さんもぜひとのことです」
「そうですか。これはありがたく参加させてもらいましょうか」
「楽しんで来てください。咲さんに連絡しておきますね」
携帯電話を出すと、榊原さんが私の手を取った。
「何言ってるんですか、美咲さんも参加するんですよ?」
「え?いえ、私は…お断りしようかと…」
「理由はなんです?」
「船上という密室にレッド・バタフライやブラックホールのメンバーが乗っていたら、巻き込みかねません」
「そうですね。でも、乗っていないかもしれない」
「…」
「情報収集だと思って行きましょう。上司命令です」
「そんな風に言われたら…分かりました」
観念して咲さんに二人とも参加する事を伝えた。

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