それは秋の風のように

彩虹

密告

「はい、どうぞ」
私は次々に手渡される紙袋に呆然としていた。
「えっと…中村さん?」
「何ですか?」
「女性物の服を買ってどうされるんですか?」
すると、中村さんがキョトンとしてこちらを見た。
「僕が着るとでも?」
「い、いえ…そういうわけでは…」
すると、中村さんが私が持っていた紙袋を全て持ってくれた。
「車に置いてきますので、少し待っていてください」
「分かりました…」
(中村さんの行動は時々よく分からないな…)
人通りを見ながら中村さんを待っていると、着信があった。
(非通知…?)
「はい」
『bonjour,Honoka Sakuragi』
「!」
相手の男はフランス語だった。店から離れ、歩道の隅に寄りながら携帯電話を持ち直す。
※以下電話の会話はフランス語
「…誰?」
『レッド・バタフライ…といえば分かるかな?』
「レッド・バタフライ…?」
すると、電話口の後ろから叫び声が聞こえた。
『(ほのか!!)』
「ジョセフ…!?」
『(すまない!)黙れ!(ぐはっ)』
「!」
『俺たちを追うのはやめろ。そうすればこいつとお前の命は助けてやる』
「日本で何をするつもり?」
『言うわけないだろ?…いいな、さもなくばまずこいつを殺す。常に見張られていることを忘れるな。少しでも変な行動をしたらお前も殺す。こちらの仕事が終わればこいつは解放してやる。お前からも監視は外す』
「…」
『死にたくなければ大人しくしてるんだな。(ほのか!こいつらを捕まえてくれ!俺のことは気にするな!)黙れ!』
ーーーバンッ!
「ジョセフ!!」
『安心しろ、まだ殺しちゃいない。お前にも一発やるよ。ハッタリじゃないことの証明だ。挨拶がわりに受け取りな』
その言葉を最後に電話が切れた。私が携帯電話を耳から離した時だった。
「美咲さん!お待たせし…」
ーーーバンッ!パリン…
「!」
「美咲さん!」
私の携帯電話が破壊された。正確には狙撃されたようだ。すぐに中村さんがこちらに来て私を木の陰に隠れさせた。
「怪我は?!」
手が少し切れ、やけどもしていた。
「狙撃されたように見えたのですが?」
さすが中村さんだ。そう言いながらハンカチで私の手を縛って止血した。
「…大丈夫です。殺すつもりは無いようですので」
「電話の相手は誰だったんです?」
「レッド・バタフライ…」
「!?」
「…大丈夫です。本当に。ありがとうございます」
私が歩き出そうとすると、腕を掴まれた。
「…人質ですか?」
「っ!」
思わず中村さんを見ると、心の中を見透かされているような鋭い視線が私を見ていた。
「…来てください」
榊原さんは私を逃がさないように腕を掴んだまま、車まで行くと私を車に乗せた。

「話してください」
「…話せません…」
「僕があなたの上司として言っても、ですか?」
「…これは、ICPOの案件なので…」
その言葉で確信した。
「人質はICPOの刑事ですか」
「!」
桜木がそれ以上言わないでくれというような顔でこちらを見た。
「…どうしても話せませんか?」
「話せません」
ならば強行手段に出るしか無い。
「では、僕はレッド・バタフライを追う公安警察として、奴らと接触を図ったあなたを連行します」
「!」
「取調室で聞くことになりますよ」
すると、桜木はため息をついて泣きそうな顔でこちらを見て言った。
「…ずるい人ですね、あなたは…」
桜木は声を震わせて続けた。
「人質はフランスにいるICPOの私の上司、ジョセフ・セリアスです」
「!」
「彼は私にICPOの全てを教え込んでくれた、ベテランの刑事です。もちろん頭もキレるし身体能力もICPOの中でも一位二位を争うくらい高い人です。そんな人が人質になったんです…」
「電話ではなんと?」
「日本にいるレッド・バタフライの追跡をやめれば、彼と私の命は助ける、と。私に監視を付けて変な行動をすれば、ジョセフを殺すそうです」
「なるほど…」
「仕事が終われば解放するそうです」
「事情は分かりました。まぁ、僕と行動していれば大丈夫でしょう。ここはひとつ、協力者にお願いしてみましょうか」
「協力者、ですか?」
僕は家野に連絡を取った。
「…これで、美咲さんを監視しているレッド・バタフライのメンバーは分かると思いますよ」
「家野さんは大丈夫でしょうか?」
「彼なら心配ありません。…さて、その怪我の手当てをしに一度家に帰りましょうか」
「これなら大丈夫です!もう血も止まりましたし」
あまりにも大丈夫と言うので、少し怖がらせようとした。
「知っていますか?銃撃による傷を放っておいて、伝染病にかかって亡くなってしまった人がいるんですよ。レッド・バタフライの活動は主に海外ですからね。闇ルートで安く銃を入手する場合、ほとんどが東南アジアか中東でしょうから細菌が付いていてもおかしくはないてすよ?」
桜木はクスクスと笑って頷いた。
「分かりました。帰ります」
「笑い事じゃありませんよ?」
「はい」
しばらく走っていると、後ろから付いてくる車がいるのに気づく。
(またか…)

「また、追われてますね。レッド・バタフライか…」
「それはないと思います。私が目立った行動をしなければ手は出してこないはずですから」
「…とりあえず、郊外に行きますよ。街中でのカーチェイスは目立ちますから」
榊原さんはスピードを上げて走り出した。しかし、追いかけてくる方の車もピタリとついてくる。
(一体誰なの…?)
「…!」
見覚えのある顔だった。
「ジル!?」
「え?ジルって…FBIに連行された?」
「そうみたいです。どうして…」
榊原さんは空き地に車を止めた。二人で拳銃に手を掛けて車を降りる。
「ジル、なの?」
「撃つな、こっちは丸腰だ」
ジルは車を降りると両手を挙げた。
「FBIに連行されたんじゃ…?」
「レッド・バタフライを追ってんだろ?」
「!」
「情報がある」
「何?」
「条件がある。俺を守ってくれ」
命を狙われるほどの情報を持っているのだろうか。
「情報っていうのは?」
「まず、約束しろ。俺を守るって」
すると、榊原さんが言った。
「彼女の命を狙っておいて随分虫の良い話ですね」
榊原さんの流暢な英語に驚く。
「じゃあ、分かった。今から桜木のPCに情報を送る!」
そう言って、ジルは携帯電話を操作した。
「…送った。守ってくれ!頼む!」
「FBIにいれば保証があったんじゃないの?」
「あいつらは信用できない。多分、あいつらの中にレッド・バタフライのスパイがいる!」
「「!」」
FBIになんて手出しできない。まさか、私を監視しているのはFBIに潜入しているスパイかもしれない。FBIに追われた時期と、レッド・バタフライが日本に来たという情報が入った時期も近い。
「…」
榊原さんも同じことを思ったようで、ジルに言った。
「それなら、君が僕たちと接触したこと自体自殺行為だと思いますよ」
「大丈夫だ。尾行もいないし、監視もまいた」
「そう簡単には…」
ーーーパーン!
「「!」」
「ぅ…さく、らぎ…」
「ジル!」
ジルが撃たれ、走り出そうとした時。
「すまなか…」
ーーーパーン!
「ジル!」
「美咲さん!」
榊原さんが走り出そうとした私の腕を引いて車の影に隠れた。
「何をしているんですか!あなたも死にたいんですか!狙撃されているんですよ!?」
榊原さんに怒鳴られ、我に返る。
「すみ、ません…」
しばらくして、安全が確認されると通報してからその場を立ち去った。

「彼が狙撃されたことでFBIにスパイがいるという情報は確かだと分かりました。それに、あの狙撃…」
そう、榊原さんはわざわざ狙撃されにくい空き地に誘導した。近くに車は無かった。建物も四方は300メートルくらいは離れていたはず。
「相当狙撃が得意なメンバーがいるようですね」
「そうみたいですね…」
「今度こそ家に戻りますよ。美咲さんのPCに送ったという彼の情報も気になりますし」
「はい…」
(ジル…)
私は膝の上にある手を握りしめた。

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