それは秋の風のように

彩虹

生活

夜も深まる頃、桜木が話があるというので、ダイニングで向かい合って座っていた。
「…話、というのは?」
「レッドバットの事です」
「会ったんですか?」
「昼に…」
(そうか…)
複雑な顔をして歩いていたのは彼の事だったようだ。
「中村さんと私が一緒にいるのが気に入らないようで…。もし一緒に住んでいることが分かったら、中村さんが危険です」
「殺されるでしょうね」
「!」
「ですが、大丈夫ですよ」
この部屋に決めたのにはちゃんと理由がある。
「僕が探偵で、加賀島さんの助手をしていることは彼らも知っていますし、探偵事務所に籠ることもありましたから、例え美咲さんと僕が一緒に居るところを見られたとしても、まさか一緒に住んでいるとは思わないでしょう」
「ですが…」
心配そうな表情が崩れない。
「それに、この部屋に決めたのは、加賀島探偵事務所があるからなんですよ」

私は首をかしげる。
「レッドバット、頬に傷があったでしょう?」
「はい」
「あれをやったのは加賀島さんなんですよ」
「え?」
「色々ありまして。使ったのは僕が持ってた拳銃なんですがね。…レッドバットからしたら加賀島光秀もすぐに消したい人物。でも、加賀島さんは元警察官であり、警察関係者の知り合いも多い。奴らもヘタに手出しできないというわけです」
私が日本を離れた5年の間に色々あったのだろう。
「ですから、本当に大丈夫ですよ。それに、もしこの状況が奴らにバレたとしても対策は考えてありますから」
この人は、西田さんが言っていたとおり、人の何歩も先を読んでいる。
「ありがとうございます…」
「いえ。僕は嬉しかったですよ、美咲さんが僕に心を開いてくれたみたいで」
「?」
「朝の「いってらっしゃい」もそうでしたけど、食事を作るとメールをくれたり、こうして今も僕を心配して気持ちを話してくれましたよね?」
確かに、私が誰かに執着するのは珍しいかもしれない。
(なんで…?)
すると、榊原さんが満面の笑みで言った。
「本当に新婚さんみたいですね」
「!」
思った以上にその言葉が衝撃的で、自分でも不思議なくらい心臓が速く動いていた。

「…」
僕の言葉に顔を真っ赤にしている桜木を見て、少し期待してしまった。桜木も僕を好きになってくれているんじゃないかと。
「困らせてしまいましたね、冗談ですよ。じゃ、僕は先に休みますね」
「あ、はい。おやすみなさい…」
「おやすみなさい」
僕は逃げるようにダイニングから自室に戻った。
「………桜木、ほのか………」
いつか僕の気持ちを話す時がくるだろうか。彼女の気持ちを聞ける時がくるだろうか。そんなことを考えながら眠りについた。

榊原さんが自室に戻った後、電気を消した暗いダイニングでボーッとしていた。
「………」
頭が良くて、運動神経も良い。容姿端麗で気もきく。そして料理も上手な榊原さんはきっと良い旦那さんになるだろう。
「…気になる人…」
榊原さんに思われる人は幸せだろう。私は榊原さんを応援しようと思うのに、なんだかモヤモヤする理由が分からなかった。
「うーん…」
テーブルに伏せると睡魔に襲われ、そのまま眠ってしまった。


起きるにはまだ早い頃、水を飲みにダイニングへ向かった。
「…!」
桜木がダイニングで寝ていたのだった。
(まさか、あれからずっとここにいたのか?)
そっと肩に触れると服が冷たくなっていた。
「美咲さん、美咲さん」
「ん…」
「こんなところで寝ていたら風邪をひきますよ」
「中村さん……?」
桜木は目をこすりながらこちらを見る。
「部屋に戻った方が良いですよ」
「は…い、おやすみなさ、い…」
そう言うと、また机に伏せて寝てしまった。
「いや…美咲さん?」
今度は揺らしても起きる気配がない。
(圭一を思い出すな…)
圭一も一度寝たら起きず、寝ぼけていて殴られそうになったのを思い出して、思わず笑みがこぼれる。
(仕方ない…)
運んであげようと、部屋のドアを開けに行った。
「…え?」
桜木の部屋の電気をつけると、スーツケース一つしかない殺風景な部屋に驚く。
「布団も、ないのか…?」
昨日はどこで寝たのだろうか。桜木の生活力はレベルが低いと思っていたがここまでとは。
(仕方ない…)
自分のベッドを貸すことにした。
「あ…」
桜木をベッドに下ろすと、自分のパーカーが桜木の下敷きになっているのに気づいた。そっと引っ張ろうとすると。
「!」
桜木が僕のパーカーを掴んで引き寄せてしまった。
「…………」
(まぁ…いいか…)
複雑な気持ちを振り払おうと、ランニングに出ることにした。


「…んん…」
いつもと違う寝心地の良さにゆっくりと起き上がる。
「…?」
見慣れない部屋に首を傾げ、ベッド横の床に無造作に脱ぎ捨ててあるワイシャツとスカートを横目に見ながら手近にあったパーカーを着る。
(なんか大きい…?)
ベッドを降りると、床にある自分の服を拾って部屋のドアを開けた。
「!」
「中村さん…?」
まだしっかり目覚めていない私は首を傾げながら彼を見る。

ランニングから帰ってシャワーを浴びようと、部屋に自分の着替えを取りに行こうとすると、ドアが開いた。下着姿に僕のパーカーを羽織った桜木が立っていたのだ。目をそらすと、桜木が言った。
「もしかして、私…中村さん…」
そこまで言われて遮った。
「何も!ありませんでしたから!あなたがダイニングで寝ていたのでベッドに運んだだけです」
「…ありがとうございます。ベッド占領してしまってすみませんでした」
「いえ…」
桜木は気にする様子もなく僕の隣を通り過ぎて行く。
「…あ」
桜木が振り返った。
「これって中村さんのです…か?」
桜木がパーカーの袖の余ったところを振ってみせる。
「えぇ」
「すみません、勝手に。お返しします…」
桜木はパーカーを脱ぎ始めた。
「いや!いいです!」
僕は桜木の手を止め、ギュッと合わせ目を引っ張った。
「部屋まで着ててください」
「…ありがとうございます」
部屋に入った僕はドアを閉めるとうなだれた。
(何度もこんなのが続いたら…)
そういえば、桜木は部屋着を持っていないのだろうか。布団もなかったし。風呂に入ったにも関わらず、ワイシャツを着ているところを見るとそうかもしれない。


朝食を済ませ、洗い物をしているとコーヒーを淹れてくれた榊原さんが言った。
「美咲さん、僕、今日フルールは昼までなんです。助手の仕事を切り上げて、午後からお付き合いいただけますか?」
「はい、分かりました」
ブラックホールのことか、公安のことか。
「フルールに行ったらいいですか?」
「えぇ。お待ちしてます」


そして、加賀島さんに事情を話してから昼頃にフルールに行った。
「こんにちは」
「あ、美咲さん!いらっしゃいませ!」
迎えてくれたのは水島さんだった。
「どうぞ、座ってください。中村君、今店長と話してるから、少し待っててください」
「はい」
すると。
「美咲さん!こんにちは」
声を掛けてきたのは咲さんだった。
「咲さん、こんにちは」
「わぁ、覚えててくださったんですね!」
すると、隣にいたもう一人の女の子が言った。
「咲、誰誰!この美人さんは!」
「美咲さん、すみません。私の友人の木本由希子きもとゆきこです。由希子、この方が中村さんの彼女の美咲圭さん」
「?」
一瞬変な言葉が聞こえたと思っていると、由希子さんに両手を掴まれた。
「ちょっと由希子?!」
「私、中村さんのファンだったけど…美咲さんみたいな綺麗な人が彼女なら納得です!応援します!結婚式は呼んでください!!」
「えっと…中村さんと私は…っ!?」
そこまで言うと、後ろから誰かに抱きしめられて言葉を飲み込む。
「お待たせしました」
「「!!」」
中村さんだった。
「すみません、僕達これから出掛ける予定があるので失礼しますね」
「「は、はい…」」
中村さんは私の手を取ると、歩き出した。
「あ…咲さん、由希子さん失礼します!」
それだけ言うと店を出た。

「「………」」
「超ラブラブだね、あの二人」
「…だね」
残された二人に水島が言った。
「中村君の一目惚れだったみたいだし、美咲さんて意外と推しに弱いのかも」
「「そんな感じ…」」


車に乗ると私は中村さんに謝った。
「すみませんでした」
「何がです?」
「咲さんと由希子さんに私が中村さんの彼女だと言われて、否定できなかったんです…今度会ったらちゃんと撤回しておきます」
「その必要はありませんよ」
「え?」
「前にも言いましたが、表向きでもそうしておいた方が行動しやすいですしね」
そういえばそんなこと言っていたような。
「足を引っ張らないように頑張ります」
そう言うとクスッと笑われた。

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