それは秋の風のように

彩虹

探偵

フルールに出勤すると、水島さんが興味深々に質問してきた。昨日家具屋に入る僕達を見た咲さんと蓮君に、僕達の関係がどうなのか聞かれたそうだ。
「で、どうなの?本当のところは!」
「えぇ、その通りですよ」
「ぇえ!?」
「今一緒に暮らしてます」
「………展開、早………」
「恋に落ちるのは一瞬ですからね」
本当に。僕は圭一に見せてもらった写真だけで、桜木に恋していたのだから。


「俺ここで働いてて良かったー!」
そう言ったのは、加賀島さんの探偵事務所でアルバイトをしている、大学生の吉村翼よしむらつばさ君。
「よろしくお願いします」
吉村君は探偵事務所の留守番役だそうで、電話番の他に書類整理をしているらしい。大学に通いながら探偵学校にも通っていて、将来はここで働きたいそうだ。
「美咲さんはどうしてここに?」
「私は、中村さんにスカウトされてこちらに」
「中村さんて、あの中村翔さん?」
「えぇ」
「うわー中村さんか。あの人なんか秘密主義で掴めないし、苦手なんすよね」
「そんなことないと思いますよ。探偵業で秘密は大事なことですしね」
すると、吉村君が恨めしい顔でこちらを見た。
「庇うってことは、二人付き合ってるんすか!?」
私が答えようとすると、加賀島さんが言った。
「それ以上だよ。一緒に住んでんだからな!」
「ぇえ!?うわー…ショックで今日仕事無理かも…」
「そんなこと言ってないで仕事しろ」
「はぁい…」
「美咲さん、早速だがお手並み拝見といきますよ」
「はい」
「この資料の人物の情報を出来るだけ集めてほしい」
渡されたのは、3人の人物の名前と写真だった。
「分かりました。午後には戻ります」
「え?」
私は加賀島さんの返事も待たずに探偵事務所を出た。

「そんな急ぎじゃなかったんだが…」
すぐに出ていった桜木のいないドアに加賀島が呟いた。
「あぁあ…美咲さん、俺のタイプだったのに…。あぁぁぁ…中村さんとタイプが一緒っていうのと、中村さんに取られたっていう二重の悲しみが…」
「いいから仕事してくれ…吉村よ」
「……はいぃ…」


「!」
気配を感じた時には私は路地に引き込まれていた。
「アコナイトとかなり親密だな」
レッドバットだった。
「これ以上一緒に行動するなら、本当にあいつを殺すぞ」
「やめて!!あなたには関係ないじゃないですか…!」
「あるんだよ。…お前は俺が見つけた切り札だからな。下手な奴に手を出されては困るんでな」
「切り札…」
「お前は俺の言うことだけ聞いていれば良い」
「…」
「仕事を優先しろ。でなきゃお前を俺の所に閉じ込める」
「…っ」
「俺はそれでもいいけどな?」
そう言い放つと、レッドバットは人混みに消えて行った。
「………」
(なんとかしなきゃ…)
一緒に住んでることが分かれば何をするか分からない。
「………」
私は路地を出ると静かになれる場所に向かった。

「あ、あれ…」
「どうしました?」
水島さんが外を見ていた。
「美咲さんだった気がしたけど…なんだか難しいような悲しいような顔して歩いてたよ…」
「………」
(何かあったのか…?)
「気になるでしょ?」
「えぇそれはもちろん。ですが、仕事中ですからね。我慢しますよ」
「目が笑ってないわ…。中村君、休憩入っていいわよ」
「ありがとうございます!!」
エプロンを取ると、上着を羽織って店を飛び出した。
(桜木は…)
思い当たる場所を巡らす。方向音痴だし、まだ行ける場所も少ないだろう。
(あそこか…)
森林公園に向かった。

「あれ?中村君は?」
「あ、店長!彼にはちょっとおつかいに行ってもらってます!」
「おつかいねぇ…。女性客が増えるから彼には入ってもらってたけど、ちょっと休憩が多いんだよね…」
「そ、それは…」
「こんなことが続くと辞めてもらうしかないかな。接客態度は良かったけど、バイトしたいって言ってる子達も他にいるからな」
「…」
(中村君、ごめん…フォローできない…)


「!」
森林公園のベンチを探すと桜木を見つけたのだが。
(吉村…?)
二人で笑顔で話しているのを見て、無性にイライラしてきた。
「僕は相当…」
自嘲すると、そのまま声を掛けずにフルールに戻ったのだった。


「美咲さん」
ベンチでどうすべきかを考えていると、吉村君に声を掛けられた。
「吉村君?どうしてここに?」
「いや、窓から美咲さんが見えたんで、光秀さんにお願いして先に昼休憩入らしてもらったんです」
「昼…!もうそんな時間!?」
腕時計を見ると、12時近くなっていた。
「私、戻らなきゃ!」
「ぇえ!一緒にご飯食べよう?とかないんすか!?」
「あ、あ…ごめんなさい。私、昼はあまり食べないので…」
「え?それって中村さんも知ってるんすか?」
「中村さん?」
なぜ榊原さんが出てくるのだろうか。
「なんで中村さん何ですか?」
「だって、二人同棲してるんすよね?」
「同棲?…言われればそうかもしれないけど…そんな風に言ったら中村さんに失礼ですよ」
「え?失礼って…二人付き合ってるんすよね?」
「え?」
「…え?」
「違いますよ!それこそ中村さんに失礼です」
「………なんだ………」
吉村君がその場にしゃがみ込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「じゃあ、俺にもチャンスありますよね?」
「え?」
「俺、落としてみせるっす!絶対」
何のことかさっぱりなので、事務所に戻ることにした。
「何のことか分かりませんが、頑張ってください。じゃ、私行きますね。お昼休憩ごゆっくり」
「え、あ、はい。ありがとうございます…」
(なんか、美咲さんてズレてるよな…)
私は足早に事務所に戻った。


「すごい…!こんな短時間で調べ上げるなんて…」
「お知りになりたい情報はありましたでしょうか?」
「いや、それ以上だ!素晴らしい!美咲さん、うちに就職しないか!?」
「いえ…私はあくまで中村さんのサポートですので」
その後も与えられた仕事をこなしつつ、私は榊原さんとのことを考えていた。
(まとまらないな…)
榊原さんに話したら解決策が見えるだろうか。
(そうだ…)
私は携帯電話を取り出した。


ーーーブブッブブッ…
(ん…?)
メールが来たので見てみる。
「!」
桜木からだった。
『今日の朝は美味しい食事をありがとうございました。夜は私がお作りします。何か食べたいものはありますか?』
まさか桜木からこんなメールが来るとは思わず、先ほどのイライラなど吹き飛び胸がいっぱいになる。返信を終えたところで水島さんに声を掛けられた。
「中村君、店長が呼んでるわよ。フォローできなくてごめんね」
そう言ってフロアに出る水島さんを見送ると、店長がいるバックヤードに向かった。
「ああ、中村君。ちょっと座って」
「失礼します」
「非常に言いにくいんだけどね…」
「何でしょうか?」
「うん…今週いっぱいでここを辞めてもらいたいんだ」
「あぁ、そうですか。いいですよ」
「え?」
「何です?」
「理由を聞かないのかい?」
「僕の就業態度は自覚してますから。水島さんにもかなりフォローしていただいてましたし。店長がそう言われるのは当然でしょう」
事件や公安から呼び出しがある度に早退していたし。
「そうか…」
「でも今週いっぱいなら、それまでよろしくお願いします」
「あ、あぁ…頼んだよ」
もうここでは良い情報を聞き出すのが難しくなっていたから、こちらから辞めたいと言うつもりだったし丁度良い。桜木やブラックホールのこともしっかり対策しなきゃいけないしな。


バイト終了後、桜木に連絡をする。
(買い物か…)

自信なさげにスーパーから家までの道のりを歩いていた。
(あのお店は行くときも見たし、この道で合ってる…)
両手にぶら下げた買い物袋を持ち直した時だった。
「一つ持ちますよ」
「!」
声と同時に右手が軽くなった。
「中村さん!?どうしてここに…」
「さっき、スーパーにいるとメールをくれたでしょう。家から一番近いのはあのスーパーですから」
「ありがとうございます…」
「楽しみにしてますよ。美咲さんのパスタ」
「あまり期待しないでください…料理なんて6、7年やってませんから」
「え?」
「警察学校の寮に入ってからは、外食ばかりで…」
「それはますます楽しみですね」
榊原さんはクスクスと笑う。


結局家に帰ると一緒にパスタを作ることになった。
「中村さんて、いつも自炊しておられるんですか?」
「そうですね。外食より自炊が多いかもしれません」
手際の良さがそれを物語っていた。

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