それは秋の風のように

彩虹

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「とりあえず…電化製品でも見に行きますか」
「え?いえ、私は必要ないので大丈夫です」
即答だった。
「食事は外食すれば良いですし、洗濯もコインランドリーに」
「…ダメです」
「え?」
「ただでさえあなたは狙われているんです!一人で仕事以外での外出は避けた方がいいでしょう!」
「それはそうですが…」
「嫌なら僕が毎日食事を作りますから」
「え、それは…」
「良いですね?」
「は、はい」
半ば強引に桜木を言いくるめた。二階に降りたところで桜木が言った。
「今日は事務所お休みなんですね」
「えぇ。この前会った五十嵐蓮君のヴァイオリンのコンクールとかで、ご家族で観に行かれるそうですから。五十嵐財閥はこの探偵事務所のスポンサーですしね」
「…あ、だからこの探偵事務所の助手をしているんですね?五十嵐財閥は政界や色々な分野で顔が広いですし」
「えぇ、その通りです」
流石、理解力が早くて助かる。
「行きますよ」
「はい」
僕たちはタクシーで店に向かった。


その頃、ちょうど加賀島達がコンクール会場から出てきたところだった。
「でも、準優勝なんてすごいよ!」
「俺もまだまだ努力が足りないな」
しかし、蓮はあまり結果は気にしていないような様子だった。
「今日は観に来てくださってありがとうございました」
「おぅ、お疲れ様」
「ふふ、蓮君お疲れ様。…ごめんなさい、私病院戻るわね」
美希は医者である。
「お忙しい中ありがとうございました」
「良いのよ!未来の息子の晴れ舞台はちゃんと観ておかなきゃね!」
「お母さん!!」
「美希、送ってく。お前ら、気をつけてな」
「うん」
二人は咲の両親を見送った。
「…あれ?」
「どうした?」
「あれって…美咲さんと中村さんだ!!」
「美咲さん!?」
咲と蓮は二人を見る。
「家具屋さん…?」
「まさか!もうそんな関係に!?」
「そんな関係って…?」
「二人で家具を選びに行くということは一つしかないだろ?」
「ぇえ?!つ、付き合ってるってこと!?」
「もしくはそれ以上…」
「け、結婚!?」
「分からないけど。まぁ、そのうち分かるだろ。…フルールでご飯食べて行くか」
「うん」
二人は嬉しそうにフルールに向かうのだった。


「ほら、美咲さんも意見出してください。どんなのが良いですか?」
家電を見に来たはずなのに、なぜか家具屋さんに来た榊原さんは真剣にダイニングテーブルを選んでいた。
「あの、こんなに大きなテーブルは必要ないんじゃ…」
「後で分かりますよ。…そうですね……あの部屋の壁紙を考えると、これなんてどうでしょう?」
「い、いいと思います…」
正直家具家電について何が良いとかよく分からない。新婚カップルのような状況に苦笑いした。
「なんだか僕たち新婚みたいですね」
「!」
一瞬心を読まれたのかと思って驚いた。
「中村さんはいらっしゃらないんですか?結婚を望まれる方は」
「いたら美咲さんと一緒に住みませんよ」
「…そうですね」
確かに、と納得する。
「でも…」
「?」
ふと、榊原さんが真剣な表情でこちらを見る。
「気になっていて、好意を持っている方ならいますよ」
「そうなんですか!うまくいくといいですね」

まるで他人事のような返事に内心ため息をつく。目の前の・・・・気になっていて、好意を持っている人はきっと僕がこんな気持ちだとは知りもしないだろう。
「そう願ってますけどね。全く脈無しなんですよ。そもそも僕の気持ちにすら気づいてないでしょうし」
「そうなんですか?…でも、人の気持ちは、言葉にしなきゃ分かりませんからね…」
桜木が遠くを見た。以前そういう人がいたのだろうか。
「でも、言葉に出せなかったら行動で表せばいいと思います。頑張ってください!応援します!」
「…ありがとうございます」
きっとそれが自分だとは思わないのだろう。
(気長にいくか)
きっと桜木は僕が行動しても気づかないだろうし、それなら彼女が僕を好きになってくれるようにしてやる。


その夜。
「美咲さん、少し良いですか?」
「はい」
「今後の事ですが…」
新しく買ったダイニングテーブルに向かい合って座る。
「今週は加賀島さんの助手の方を手伝っていただけますか?僕の代わりに、ということになりますが…。実は、今週はフルールの店長にかなりシフトを入れさせられてしまいまして…」
桜木はクスッと笑って頷いた。
「中村さん、お忙しいですね。私でよければ、お手伝いします」
「助かります。明日、一緒に加賀島さんに挨拶に行きましょう」
「はい」
「加賀島さんはすでに何人かアシスタントがいますから、彼に同行するか、簡単な仕事だと思いますので」
「分かりました」
すると、桜木が部屋を見回して言った。
「…なんだか良いですね」
「ん?」
「こんな風に誰かとテーブルを囲むなんて、想像もしていなかったので」
そうか、桜木にとって「家族」は幼い頃にいなくなってしまったし、親戚ともうまくいかなかったと言っていた。
「やはり…」
桜木は首をかしげる。
「朝と夜の食事はここで、一緒にとりましょう。僕が作りますから」
「あ、いえ。それなら私も作ります!」
嬉しそうに言う桜木を見て、提案して良かったと思った。
「では、明日の朝は僕が」
「はい、ありがとうございます!」


翌朝。
起きると、ホテルではない天井に引っ越したことを思い出す。ベッドも布団もないので床に毛布一枚にくるまって寝ていた。
「イタタタ…」
体の痛みを直すように、下着にワイシャツを羽織った姿のまま、伸びをしながら部屋を出て洗面所に向かった。
「………ふぁぁ………」
朝は低血圧で目覚めが悪い。
ーーーガチャ…
「…」
洗面所のドアを開けると先客がいた。
「…中村、さん…?」
「!!」
なぜここにいるのか、思考が働かない私をよそに中村さんが私から目をそらして言った。
「…おはようございます…出ます」
「おはようございます」
ボーッとしてる間に、中村さんはダイニングに行ってしまった。
「…あ」
そうだ。中村さんは違う部屋に住んでいるのであった。

「………っ」
(心臓に悪い…)
一瞬桜木の姿に目を疑った。僕がいること自体忘れていたのか、それとも男として意識されていないのか。
ーーーガチャ…
「先程は譲ってくださってありがとうございました」
「いえ…」
ピシッとスーツを着た桜木がまだ起きていない顔でそう言った。桜木は気にしていなかったのだろうか。
「わぁ…いい匂いですね」
全く気にしていないようだ。今度からもう少し早く起きることにしよう。

朝食を終えると、榊原さんと階下の加賀島探偵事務所に来ていた。
「…というわけで、今週は僕の代わりに美咲さんに仕事をお願いします。僕以上に仕事してくれると思いますから」
「そんなことは…」
「いやぁ、美咲さんのような美人なら大歓迎ですよ!」
すると、不意に榊原さんが私を抱き寄せた。
「いくら加賀島さんでも、僕の美咲さんには触れないでくださいね?」
「…あ、あぁ…」
「それじゃ僕は失礼します。美咲さん、帰るとき連絡しますので」
「はい」
階段を降りていく榊原さんを呼び止めた。
「中村さん!」
「何ですか?」
「あ、の…」
「?」
しばらく言ってなかった言葉を出す。
「…いってらっしゃい…」
「!」
不慣れで小さい声だったが、中村さんには届いたようで彼が私のところまで階段を登ってきた。
「ありがとうございます。行ってきます」
榊原さんは満足そうな笑みでそう言うと、私の頬を親指でなぞってから仕事に向かった。
「…君たち、新婚さん?」
後ろに加賀島さんがいて呆れたような口調でそう言った。
「い、いえ違います。ただ、部屋を共有しているだけで…」
「部屋を共有!?」
「あ、そうでした。三階に引っ越してきました。よろしくお願いいたします」
「君たち、上に住んでるの?」
「はい…」
「…………」
加賀島さんは無言で事務所に入って行った。

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