それは秋の風のように

彩虹

過去

「ここです…」
私は榊原さんを倉谷が亡くなった現場に案内していた。
「…なるほど、人が来ない絶好の場所ですね」
二人で現場に向かう。
「え…」
倉谷の遺体がどこにも無かった。大量の血痕の跡はあるのに。
「ヘムロック…」
ヘムロック。和名はドクニンジン。彼はユエという中国人で、無口な人だ。私も数回しか会ったことがない。
「ヘムロック?」
「彼は主に遺体を片付ける仕事をしてます。ブラックホールのメンバーがそこにいた痕跡を無くしたり…細かい作業は彼がやってます」
「そうですか…」
「剣持警部は…恐らくレッドバットとハイドランジアが殺したんだと思います…」
「奴らが?」
「パーティー会場で二人を見ました。それに…倉谷さんは、ブラックホールのデータを剣持警部に渡そうとしていました」
「剣持警部に…?まさか。剣持警部は口封じに殺されたのか…」
「恐らく」
結局二人共守れなかった。
「捜査二課とSITが関わってるのが気になるな…」
「調べます」
確かに、公安やソ対ならまだしも、犯罪組織にSITが関わるのは珍しい。

「!」
ふと、桜木の顔にレーザーポインターが写った。
「美咲さん!」
ーーーズキュン!
「っ!」
桜木を抱え込んで柱の影に転がり込んだ。
「怪我は?」
「ありません…!中村さんが…」
銃弾が腕を掠めていた。
「かすり傷です」
桜木はハンカチを出して僕の腕に巻いた。
「美咲さん、ここから離れますよ」
「は、はい」
急いでビルを出る。
「中村さん、こっちです!」
車に向かおうとすると、桜木に手を引かれ繁華街の方へ走っていく。
「美咲さん、そっちは…」
「私の知り合いがいます」
着いたのは「スペシャル」と書かれたクラブだった。
ーーーカラン…
入ると中からガタイの良い女性が出てきた。
「ごめんなさい、営業は…って、ほのちゃん?!」
「ママ、久しぶり…。少し匿ってほしいの」
「…入りなさい」
その人は店の控え室奥にある隠し部屋に通してくれた。

「…それで?今度は何をやらかしたの?このイケメンは誰?」
「えっと…」
「…まずは手当ね」
ママは救急箱を持ってくると、榊原さんの傷を診てくれた。ママはニューハーフである。
「この子、ほのちゃんの彼?」
「違う!彼は私の上司で中村翔さん」
「初めまして。中村です」
「あら、なんだ違うの。初めまして、ここのママをやってる律子です」
ママが手当てし終わると言った。
「ほのちゃん、フランスに行ったって聞いたけど…」
「最近戻ってきたの。それで、ちょっと立て込んだ事件を追ってて…」
すると、ママが榊原さんに言った。
「中村さん、ほのちゃんてすぐ無茶するからよく見ててあげてくださいな。何度傷を作ってここに来たか…」
「ママ!」
「…無茶と怪我は変わってないみたいね。でも…一人じゃないところは変わったわね。…中村さん、ほのちゃんをよろしくお願いします」
「はい、勿論です」
その時だった。
ーーードンドンドン…
「「!」」
(まさか、追っ手が…?)
「ここはいいから行きなさい。扉は分かるわね?」
「ママ、ありがとう!」
ママに抱きつくと、懐かしい香りがした。
「気をつけて行くのよ」
榊原さんと私は隠し扉から地下へ降りた。
「こんなところが…」
「この地下道は地下鉄に繋がってるんです」
しばらく歩いたところで榊原さんが言った。
「昔から無茶してたんですね。一人で」
「それは…忘れてください」
「覚えておきます。今後のためにも。それに、あなたの「大丈夫」は大丈夫じゃないということも分かりましたし」
「そんな事は…」
榊原さんに分析され、強く言い返せないのが悔しい。
「彼女とはいつ知り合ったんです?」
「小学校6年の時です。ちょうど兄が全寮制の高校に入学した頃……」
そして、その頃私はブラックホールに入った。自然と歩く足を止めてしまった。

桜木が足を止めた。
「…ママがひったくりに遭って、私が犯人に飛び蹴りして捕まえたんです」
「それは…」
(犯人は気の毒だったな…)
「それからですね。私は兄が寮に入ると同時に親戚に預けられたんですけど…なかなかうまくいかなくて、よく家に帰りたくなくて兄のところに行ってました。兄には言いませんでしたけど…親戚とうまくいかなくなって家出した時、ママは私を引き取ってくれて、本当にお世話になったんです」
「そうでしたか…」
そういえば両親共他界してるんだったな。
「ママが居てくれたから、私は正気でいられたようなものです…」
桜木は苦笑いした。
「今は僕もいますから、危なくなったらちゃんと止めますからね」
「…ありがとうございます」
この時のはにかんだ笑顔が頭から離れなかった。


古びた鉄の扉を開けると、地下鉄の線路脇に出た。
「ここからいつも適当に電車に乗って…たんですけど…。どうしましょう?」
「とりあえず、乗りましょうか」
「はい」
ホームに上がると、ちょうどよく来た電車に乗った。
「ちょっと混んでますね…」
確かに、平日の昼にしては満員だ。
「美咲さん、こっちに」
桜木をドア側に立たせると、疑問に思っていたことを聞いてみた。
「そういえば、美咲さんはずっとホテルにいるつもりですか?」
「あ、いえ。実は、ホテルを出るように言われてまして…どこかお部屋を探そうと思ってます」
長期滞在を見越して向こうの上司がそう言ったのだろう。
「うちに来る、という手もありますよ?」
「いえ、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません」
即答だったのがなんだか悔しい。
「それなら、良い方をご紹介しますよ。なんなら今から行きましょうか」
「いいんですか?中村さん、お時間は…」
「問題ありません。今日はフルールの仕事も助手の仕事もありませんし」
「ありがとうございます」

榊原さんについて見知らぬ駅で降りると、バスとタクシーで榊原さんの家の近くまで戻って来た。そして、榊原さんがタクシーの中で電話した人物を待っていた。
「来ましたね」
「…どうも」
その人は背の低い、深めに帽子を被った髪の長い男の人だった。
「彼は家野乱歩いえのらんぽ。実は加賀島探偵事務所の大家であり、情報屋です。家野、美咲圭さんだ」
(情報屋…)
「初めまして」
「…へぇ。久々の合格点だね」
「家野!…美咲さんに部屋をひと部屋貸してもらいたい」
彼は即答だった。
「いいよ。良い部屋がある。今から見に行くかい?多分、君達にちょうど良いんじゃないかな」
「お願いします…」
若干不安はあるものの、榊原さんの紹介なのだからとついて行く。
「ここだよ」
言われたビルを見ると、一階はガレージで二階の窓には「加賀島探偵事務所」と書いてあった。
「…なるほど、良いかもしれない」
榊原さんは納得したように頷いた。
「ここの三階が空いてるんだ」
ガレージ横の階段を上って行くと、三階には左右に扉がひとつずつあった。
「これ、本当は二世帯用なんだ。玄関は二つあるけど、トイレと風呂、あと部屋が一つだけ共用になってる」
家野さんは鍵を開けて中に入った。
「わぁ…広い…」
「これで広いって、君今までどんな家に住んでたの?」
「私実は家を借りたことがなくて…ほとんど職場の仮眠室に住んでました」
「何…!?」
榊原さんが驚いて私を見た。
「そんなところで寝泊まりしてたんですか!?」
「…はい」
榊原さんはため息をつくと、家野さんから鍵を受け取る。
「ここにします。いいですね?」
「は、はい」
「じゃあ、ふた部屋借ります」
「毎度!」
「え?あの、ふた部屋って…」
榊原さんが真剣な顔で言った。
「生活感のないあなたを一人でこんな物騒なところに住まわせるわけにはいきませんからね。隣には僕が住みます」
「でも中村さんはちゃんと家が…」
「僕の事はいいんですよ。それに、ここの下は探偵事務所、数メートル先にはフルールがありますからね。かなり便利ですし」
そして榊原さんは私の耳元で言った。
「僕の家は公安からのものなので、いざという時の隠れ家にすればいいんですよ。そういう意味では僕も家を探してましたし、近くにいれば仕事がやりやすくなりますしね」
榊原さんは家野さんに向き直った。
「今日から入れるか?」
「いいよ。…中村さんも恋愛とかするんだね」
「「え?」」
「だって実質一緒に住むって事でしょ?周りには知られたくないけど一緒にいたいってことじゃないの?」
「え?」
「はは、まぁな」
焦る私とは逆に榊原さんは笑って返すのだった。

そして、私はその日のうちにホテルをチェックアウトし、榊原さんも必要な荷物だけを持って探偵事務所の上に引っ越して来たのだった。

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