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それは秋の風のように

彩虹

真実

榊原さんの家に着くと、紅茶を淹れてくれた。
「さて…」
榊原さんは一息ついて言った。
「あなたは何者です?」
当然だろう。私は先程のICPOのICカードを出した。
「私はインターポールの刑事です。日本には、レッド・バタフライの件で来ました」
「レッド・バタフライ…」
「インターポールの刑事はほとんどが身分を明かされません。レッド・バタフライのような危険な犯罪組織を相手にすることもあるからです。大抵、その国の公安に属することが多いです」
「いつからICPOに?」
「フランス研修でスカウトされてからなので…5年前からです」
「そうですか。イギリスから送られてきた資料に書いてないわけだ」
「はい…」
「それから…」
榊原さんは私の手を見る。
「さっき、埠頭でジル・ブライトンと対峙した時…美咲さん、二発撃ちましたよね?」
「!」
そう。私はジルが撃つと同時に自分の拳銃で、ジルが放った「弾を」撃った。
「早すぎて一発にしか聞こえませんでしたが、美咲さんは彼が撃った弾を正確に撃った…」
気づかれるとは思わなかった。
「そうです…」
「射撃は誰に?相当な訓練をしなければあの神技はできません」
「色々な人に教えていただきました。中でもSATの訓練はかなり厳しかったので…」
「違うな」
「ぇ…」
「射撃の腕を買われてSATにスカウトされたんでしたよね?」
「…」
榊原さんは痛いところをついてくる。
「その時は、将来性を買ってくださったんです」
「…なるほど」
榊原さんは納得していないだろう。でも、射撃の事をこれ以上突っ込まれると、ブラックホールの事を言わなければならなくなる。

これ以上追求しても彼女はことごとくかわしていくだろう。僕は紅茶を飲むと、圭一の話をすることにした。
「僕には、警察学校時代から気が合って親友と呼べる存在の友人がいました」
「…」
「天然でぶっ飛んでるところもありましたが、妹思いで明るくて優しい男でした」
桜木を見ると今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。
「妹の写真を持ち歩いて、妹の話をしない日はなかった」
僕は圭一が最後に僕に託した警察手帳を持ってきた。それをゆっくり開く。
「っ!」
「杉原圭一、彼は僕の親友でした」
「…お兄ちゃん…」
桜木は涙を堪えながらその手帳に触れた。
「ずっと、肌身離さず美咲さんの写真を持っていました」
警察手帳の中の写真を出す。
「これ…。そうですか…」
桜木は涙を拭って言った。
「兄の親友は中村さんだったんですね…。兄はよく…名前は言いませんでしたが、中村さんの話をしてました。電話でもメールでも…」
「…」
(圭一…)
「兄が中村さんと会わせてくださったんでしょうか…」
「僕もそう思ってましたよ」
桜木は涙をぬぐいながら笑った。


翌朝、私は榊原さんにホテルまで送ってもらった。
「よければ荷物お持ちしますよ」
榊原さんは車をボーイさんに預けると、荷物を持ってくれた。
「ありがとうございます」
「ついでにこちらで一緒に朝食を食べませんか?」
「はい」
そして、フロントで鍵をもらうと客室に向かった。
「荷物、ありがとうございました」
「いえ」
「ちょっと待っててください」
鍵を開けて部屋に入った。
「遅かったな」
「っ!?」
部屋の中にレッドバットがいた。
「な、んで…あなたが…」
『どうしました?』
(まずい、今榊原さんに入られたら…)
「何でもありませ…」
ーーーバンッ!
レッドバットが私の足元に撃った。

「美咲さん!?」
銃声がして部屋に飛び込む。
「……お前……」
レッドバットが桜木に銃を向けていた。桜木をかばうように立つ。
「なぜ彼女にかまう。関係ないだろう!」
「大ありだ。なぁ?…シスル」
「!?」
(シスル…?)
「アコナイトはやめておけと言っただろ?」
奴が僕を見る。
「今度こいつに手を出したら殺す、と忠告したよな?」
「やめて!」
桜木が僕の前に立った。
「殺さないで、ください…」
「…」
レッドバットは拳銃を仕舞うと言った。
「…仕事だ。この前のデータ入手において手引きした奴がいる。探し出したら必ず俺に連絡しろ。いいな?」
「…はい」
「その痣が消える前に良い報告をしろ」
そう言ってレッドバットは部屋を出て行った。
「美咲さん!」
桜木が力なくその場に座り込んだ。
「怪我は?」
「…ありません…」
あまりにも弱々しく震えている彼女を後ろから抱きしめた。
「中村、さん…?」
「少しだけ、こうさせてください」
すると、桜木は僕の腕をすがりつくように抱きしめた。そして、小さな声で言った。
「…中村さんには…知られたくありませんでした…」
僕も彼女も同じブラックホールのメンバーだった。僕は嬉しいのか悲しいのか分からなかった。でも、彼女の全てを知れた気がして満足だった。


「私はシスルというコードネームで、対警察要員です。警察からブラックホールに潜入している人を見つけるのが主な仕事です」
「…」
「そして、ブラックホールが持つ全データを見ることができます」
「!」
もしかしたら僕のことはとっくに調べられていたのかもしれない。
「お話します。倉谷さんのこと…」
「倉谷のこと?」
桜木はブラックホールに潜入して、データを盗み出した警察のスパイを探し出して始末するように指示された。なんとか殺さない方法を考えていたがレッドバッドにバレて倉谷は射殺された。
「その場にいたのに…助けられなかったんです…」
「…」
桜木の行動と言動は、ブラックホールの立場とは相反する気がした。
「君は…ブラックホールの人間なんだろう?」
「私は…兄が殺された事件の真相を知って、ブラックホールを裏切り始めました…」
「!」
「…ネズミは私なんです…」
自分を守るように抱きしめる桜木を見て、胸が締め付けられた。
「フランス研修を志願してICPOに入ったのは、私のブラックホールに対するせめてもの抵抗でした。彼らは私がICPOだとは知りません」
「なぜ、僕の事を報告しなかったんです?あなたならすぐに気付いたでしょう」
「…最初に中村さんの名前を聞いた時、聞き覚えがあったのですぐに調べました。でも、あなたがゼロだと知って…あなたがブラックホールにバレるような事はしないと思いました。現に情報通のレッドバッドでさえあなたが公安だと知りません。ブラックホールのデータ上でもあなたの評価は高かったので…」
嬉しいのか何なのか複雑な気持ちになった。
「私は…そのうちレッドバットに殺されるでしょう。それまでは…」
桜木がギュッと手を握りしめた。その手を掴むと、簡単に僕の手の中に収まってしまうくらい小さかった。

榊原さんは私の手を握りしめて言った。
「守りますよ、僕が」
「ぇ…」
「これでお互い、隠し事はもう何もないでしょう。かえって仕事がやりやすくなります」
なぜこの人はこんな時でも前向きに考えられるんだろう。私は「いつ死んでも良い」と思って生きてきたのに。
「僕がゼロだという事は彼らには黙っていていただけると嬉しいんですけど」
「…話しません」
話せるわけがない。この人は私にとっての希望なのだから。
「もう、一人で抱え込まなくて良い」
「…っ」
その言葉を聞いた瞬間、私の中の何かが弾ける音がした。気がつけば榊原さんに抱きついて泣いていた。その時だけは、まるで兄が側にいてくれるような安心感に満たされた。

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