それは秋の風のように

彩虹

心境

翌朝、私はいつものように朝早く起きていた。リビングからベランダに出ると、思わぬ高層に驚く。
(15階以上はありそうだけど…)
警察官の給料でこんなところに住めるのか疑問に思ってしまう。公安のトップともなればそれなりにもらっているのだろうか。私は、日本を出てからほぼ警察署に住んでいたか上司の家に荷物を置かせてもらっていたことがほとんどで、家を借りたり買ったりしたことはない。現に、今泊まっているホテル代はICPOに請求される。家があると犯罪者に突き止められると厄介だということもあるのだが。
「おはようございます。早いですね」
榊原さんがリビングからこちらを覗く。
「おはようございます!」
「よく眠れましたか?」
「はい。ありがとうございました」
私はテラスから部屋に戻った。
「今日の事で少しお話ししてもよろしいですか?」
「はい」
二人で椅子に座る。
「美咲さんにミッションを与えます」
「ミッション、ですか?」
榊原さんが何かの名刺を出す。
「エターナル…」
「この店に行って、僕の代わりにあるものを取ってきてください」
「えっと…」
「僕の名前を言えば分かりますので。それからフルールに来てください。できれば昼頃には」
よく分からないが、了承した。


榊原さんと朝食を済ませてからホテルに送ってもらった私は、レッド・バタフライについて調べようとパソコンを開いた。
(メール…?)
ICPOの上司、ジョセフ・セリアスからだった。レッド・バタフライの情報を掴めたかどうか報告せよ、と…。
「え」
ホテルを出て住む家を見つけるように、とのことだった。
(それは全く考えてなかった…)
身寄りもなく戻れる家もない。
(後でそれとなく榊原さんに聞いてみようかな)
少しの間だけレッド・バタフライについて調べると、ホテルを出た。タクシーを拾うと運転手さんにエターナルの名刺を見せた。
「ありがとうございました」
着いたのは服屋さんだった。
「こ、こ…?」
不思議に思いながら店内に入ると、すぐに店員さんがこちらに来た。
「いらっしゃいませ。お客様、本日はどのようなものをお探しでしょうか?」
「あ、あの…中村翔さんという方から代わりに受け取ってほしい物があると言われて来たのですが…」
「美咲様ですね!伺っております。こちらへどうぞ」
店員さんについて行くとなぜか個室に案内された。
「こちらのお部屋でお着替えくださいませ」
「え?」
「こちらがお召し物でございます」
店員さんが、洋服一式を置いて行く。
「え、あの…」
「中村様のから美咲様がご来店されたら、こちらをお召しになられるように、と承っております。では、失礼致します」
「………えっと………」
榊原さんの考えている事が全く分からない。店員さんが置いていった服を手に取ると、上質な生地の、パーティーにでも行くようなドレスワンピースだった。疑問に思いながらとりあえず着替える。アクセサリーから鞄に靴まで一式揃っていた。着替え終わると、個室を出た。
「美咲様、よくお似合いです!気になるところはございませんか?」
「はい、ありません。あの…お代は…」
「すでに中村様からいただいております」
「…そうですか…」
「着ていたお召し物はこちらの袋にお入れ致しますね。美咲様、こちらへどうぞ」
今度は美容室のような部屋に案内され、鏡の前に座った。
「髪を整えさせていただきますね」
まさに美容師のような女性が来て、綺麗に髪をセットしてくれた。


「ありがとうございました!」
数人の店員さんに見送られ店を出た。
(なんか…変な感じ…)
まさか日本でドレスアップするとは思わなかった。私はタクシーを拾うと、フルールへ向かった。


ーーーブブッブブッ…
「ちょっとすみません…」
水島さんに断って店の外で電話に出る。
『よう、アコナイト』
「!」
電話の主はC・レッドバッドだった。
『最近、女と一緒にいるみたいだな』
美咲さんのことだろうか。
「…それがどうした」
『手を出すなよ?あれは俺の獲物だ』
「何…まさか、お前が撃ったのか!」
鼻で笑った奴は一際低い声で言った。
『手を出したらお前を殺す。いいな』
僕の返事を待たずに電話は切れた。
「………」
なぜあいつが桜木を狙うのか。奴らはレッド・バタフライと関係があるのだろうか。
ーーーキキーッ…
その時、目の前にタクシーが止まった。
「あ、中村さん…」
タクシーから降りてきたのは桜木だった。
「すみません、お昼過ぎてしまいましたね」
「………」
ドレスアップした桜木は普段より大人びて見え、胸の奥がギュッと締め付けられた。
「中村さん?」
「…綺麗ですよ、美咲さん」
「ありがとうございます…」
「申し訳ありませんが、ちょっとここで待っていてください」
「はい」
僕は店に戻った。
「じゃあ、僕はこれで失礼します」
「ありがとう!ふふ、1時間も残業してくれたのは、美咲さん待ちだったのね!お疲れ様!」
「お疲れ様です」
車に乗ってフルールの前に行くと、桜木が二人の若い男と話をしていた。僕が車を降りると、桜木がこちらに気づく。
「すみません、私、あの人と用があるので!」
桜木は半ば早口にそう言うと、こちらに走ってきた。ジロリと二人の男を見ると、挙動不審に立ち去って行った。
「大丈夫でしたか?」
「はい。連れがいるってなかなか信じていただけなくて…。ありがとうございました」
抜けているというか、隙があるというか。登庁した時の雰囲気でいれば、声はかけられないだろうに。桜木を助手席に乗せる。
「あの…どうして私にドレスを…?」
当然の疑問だろう。
「今からちょっとしたパーティーに参加するんですよ」
「パーティーですか。それなら、言ってくださればドレスくらい自分で用意します」
「まぁ、これは僕からの着任祝いということで受け取ってください」
そう言うと、桜木は驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「そういうことなら…ありがとうございます」
「…」
不意打ちの笑顔にブレーキを踏みそうになった。
「どのようなパーティーなんですか?」
「政治家に警察官僚、医者等が集まるパーティーです。元々、加賀島さんが招待されたパーティーで、僕が無理矢理同行を願い出たわけです」
「それじゃ、私は行かなくても…」
「このパーティー、二人一組の参加が条件なんですよ。加賀島さんには美咲さんを連れて行くことは了承を得ていますし、問題ありません」
すると、桜木が感心したように言った。
「加賀島さんて、探偵なだけあって友人が多いんですね。そんなパーティーに招待されるなんて」
「ああ、それは今回のパーティーの主催が、日本でも五本の指に入る五十嵐財閥で、なんでもそのご子息が咲さんのご友人だそうですよ」
「そうなんですか」
「まぁ、加賀島さんは元警察官ですから警察関係者には知り合いはいらっしゃると思いますがね」
「私はまだまだ勉強不足ですね。じゃあ、今回、私たちが参加するのは情報収集のためですね」
さすがだ。言わなくても目的を理解してくれるのはやりやすい。
「よろしくお願いします」

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