それは秋の風のように

彩虹

制裁

私と倉谷は繁華街近くの廃ビルに来ていた。
「確認させてもらいます」
「あぁ」
念の為持ってきた自分のPCで中身を確認する。
「…これは…」
倉谷は情報自体は少ないものの、ブラックホールの数人の研究員の名簿を持ち出していた。これが知られれば、研究室からアジトがバレてしまう可能性がある。
「よくこんなデータを盗めましたね?」
「…」
「次は、そちらのUSBです」
私は、倉谷に警察上層部の名簿をコピーするように指示していた。
「…OK」
私はそのUSBを倉谷に返す。
「…どういうことだ?」
「あなたには、これを剣持警部に渡してもらいます」
「…?」
「私は殺生は好みません。倉谷さん、あなたには警察内部で問題を起こして捕まってもらいます」
「何だと!?」
「裏切り者には制裁を。この言葉を忘れたわけじゃないですよね?」
ジッと彼を見ると青ざめた弱々しい目がこちらを見た。
「殺されるより捕まって命があった方が良いと思いますが」
「…」
「今から置いてきてください。お気づきかもしれませんが、あなたの行動は監視されてます。ヘタな工作をしようとしたことも、メールのやり取りも」
「な…」


防犯カメラを設置していないコインロッカーに預けると、再び先ほどの場所に戻ってきた。
「さて、これからですがあなたには…」
ーーーズキューン…
「ぐはっ…」
「!?」
銃声と共に倉谷が胸を押さえてその場に座り込んだ。
(狙撃!?)
誰にもつけられていなかったはずなのに。
「倉谷さん!」
「シスル」
走り出そうとすると、一際低い声が後ろから響く。
「…」
振り向かずとも分かった。レッドバッドだ。
「裏切り者には死の・・制裁を。忘れたのか?」
私の隣に並んだレッドバッドは拳銃を持った手で私の耳の後ろを殴り飛ばした。
「っ」
勢いで地面に倒れた私に、彼は容赦なく銃を撃ち弾は右肩を掠めた。
「次に甘いことをしようとしたら、頭だ」
「…っ」
彼にはお見通しだった。そして、まだ息のある倉谷の所に行くと彼が言った。
「残念だったな。消えろ」
ーーーズキューン…
「…っ」
頭を撃ち抜かれた倉谷は動かなくなった。
「シスル」
「…」
「またな」
足音が聞こえなくなると、ため息をついた。
(守れなかった…)
「ごめんなさい…」
このビルの取り壊しは未定だ。倉谷の遺体は当分発見されないだろう。
(また後で来ます…必ず)
私は、自分の証拠が残らないように血を拭き取り、その場を後にした。
銃撃で破れ血に染まったジャケットを脱ぎ、傷口にハンカチを巻くと新しいジャケットを買いに行った。
「お、お客様…警察か病院へ行かれては…」
「すみません、気にしないでください。あ、これください。着て行ってもいいですか?」
「は、はい…」
血に染まったジャケットを袋に入れてもらい、店を出るとタクシーに乗って森林公園に向かった。タクシーを降りるとベンチに座り、ようやくひと息つく。パソコンで倉谷と私の接点やハッキングの痕跡を消した。それからしばらくレッド・バタフライの情報を調べるがこれといった情報は得られず、パソコンを閉じた。
「はぁ…」
 耳の後ろがジンジンと痛んでいる。一度ホテルに戻って冷やそうかと考えるが、なんだか体が重いし熱い。
(少しだけ…)
私は目を閉じた。


「っ!!」
人の気配に目を開けると、私は誰かの腕を掴んでいた。
「僕です」
ゆっくりと顔を上げる。
「こんなところで寝ていたら風邪をひきますよ」
「中村、さん…!すみませんっ!」
私は慌てて手を離した。
「っ」
その勢いで怪我をしているのを忘れていて、痛みに顔が歪む。
「どうしました?他にも怪我を?」
そう言う榊原さんの視線は私の首元にある。
「少し不注意で…」
苦笑いするが視線が痛い。次の瞬間、榊原さんが私の両肩を掴んだ。
「痛っ!」
「…やっぱり…。見せてください」
有無を言わせず、榊原さんは私のジャケットを脱がした。
「な…」
榊原さんは肩を見ると眉間にしわを寄せる。
「…撃たれたんですか?刺されたんですか?」
「それは…」
「行きますよ」
榊原さんが私の左腕を持って立ち上がらせた。
「どこに…っ」
「美咲さん!」
急に立ちくらみがしたと思うと、そのまま意識が遠のいた。

「すごい熱だ」
とりあえずフルールに電話する。それから彼女を僕の家に連れてきた。
「…ふぅ」
肩の傷は銃痕だった。幸い傷は深く無かったようで安心する。左耳の後ろから首にかけての青痣は殴られたのだろうか。こんな状態でホテルにも帰らず病院にも行かず、わざわざジャケットを買い替えてあんなところにいるとは。
(何があった…)
レッド・バタフライなのだろうか。これからは単独行動は控えさせた方が良さそうだ。


「…っ」
しばらくすると、彼女はうなされ始めた。
「…嫌…やめ、て…」
どうしたらいいか分からずにベッドサイドに座る。
「…っ」
涙を流しながら伸ばした手をそっと握ると、すがるように握り返された。
「行か、ないで……」
「…どこにも行きませんよ」
そう言うと安堵したように落ち着いた。
(ヤバい…)
僕自身、自分の理性の強さに感動していた。桜木を可愛いと思うのは、やはり本人に会って人柄を知ったからだろう。圭一に写真を見せてもらった時は、彼女はまだ中学生だった。しかし初めてフルールに来た時、すぐに彼女だと分かった。
(僕を好きになってくれたらいいのに…)
そっと彼女の頭を撫でると、目を覚ました。

「…中村、さん…?」
「気分はどうです?」
私は状況を理解しようと、首を動かそうとした。
「っ」
耳の後ろから首、肩に掛けて激痛が走る。
「…ここは…」
「僕の家です」
「え…」
「ホテルに連れて行くにもその怪我では通報されかねませんでしたからね」
迷惑を掛けてしまったことに申し訳なくなる。
「ご迷惑おかけしました。ありがとうございます…」
「いえ。事情は後で聞くとして、今は休んだ方がいい。まだ熱がありますから」
「熱…」
体が熱かったのは熱のせいかと納得する。
(情けない…)
フランス、イギリスにいた頃は熱なんか出したことも無かったのに。
「じゃあ、僕は隣の部屋にいますから。何かあったら呼んでください」
「はい。ありがとうございます…」
中村さんはホッとしたように息をつくと、部屋を出て行った。
「…」
見知らぬ部屋なのにベッドの柔らかさに安心してすぐに眠りについた。

「はぁ…」
ソファに倒れこむように座る。あの様子ではすぐには起きないだろう。気を取り直して西田に電話を掛けた。
「俺だ。少し調べて欲しいことかあるんだが…」

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