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それは秋の風のように

彩虹

捜査

ーーーピピピピッ…
「ん…」
朝4時。携帯電話の目覚ましを止めると、ゆっくりと起き上がる。あくびをしながら伸びをするとベッドから降りて着替えを済ませた。
(そういえば…)
榊原さんと行動を共にするように言われたけど、榊原さんがフルールで働いている間私は自由なのだろうか。それなら好都合なのだが。
しばらくして私はホテルを出た。
「えっと…」
ホテルを出たはいいが、こんなに早い時間に榊原さんに電話するのも申し訳ない。その時だった。
「!」
独特な視線を感じて、それがレッドバッドだと感覚で分かった。私が視線を感じたことに気づいたのだろう、誘導するように移動し始めたので私は彼を追いかけた。
「…よう」
路地に入るとレッドバッドが腕を組んで立っていた。銀色の長い髪を緩く結んでいる。頬に見慣れない傷があった。
「その傷…」
「心配してくれるのか?」
彼は喉で笑うと言った。
「それよりネズミは見つかったのか?」
「まだです」
「ここ数日何をしていた?」
私が答えずにいると、壁に追い詰められた。
「探偵気取りのアコナイトなんかと一緒にいるから仕事が進まないんだ」
「誰と行動しようが私の自由です」
「あいつはやめておけ」
「?」
「第一秘密主義な奴は信用できない。お前の事をよく知っているのはこの俺だけだ」
レッドバッドに顎を掴まれる。
「お前に触れていいのも、お前を殺すのもな」
「彼には…アコナイトには私がシスルだと言わないでください…」
「ほぅ…惚れたのか?」
「違います」
冷酷な何の感情も読み取れない目が私を射抜き、体が動かなくなる。
「まぁいい。仕事が上手く行ったら考えてやる。…3日以内に片付けろ。いいな?」
「…はい」
彼はゆっくりと私から離れた。
「またな、シスル」
そして、不敵な笑みを残して去って行った。
「はぁ…」
私はその場に力なく座り込んだ。
(慣れない…)
まるで蛇に睨まれた蛙のように、あの人に見られると心の中を全て見透かされているようになり、恐怖で動けなくなる。
「…」
立ち上がって路地を出ると、見知らぬ景色に戸惑う。先程彼を追いかけて来たため、周りの景色は全く見なかったのだ。
(しまった…)
左右を見回してもホテルらしき建物も近くにある公園も見えない。正直ホテル自体どんな建物かあまり覚えていないのだが。ここで闇雲に歩いてもたどり着けないだろう。
(人に聞くしかないか…)
通りがかった人に聞こうと、声を掛けやすそうな人を探していると。
ーーーブブッブブッ…
「!」
着信は榊原さんだった。
「はい、美咲です」
『まだホテルにいらっしゃいますか?今ホテルの前まで来ているのですが…』
「すみません…助けてください」
『どうかしたんですか?』
私の言葉に榊原さんが少し焦ったように言った。
『何か事件でも?』
「い、いえ。その…」
『?』
「ここはどこでしょうか…」
『………え?』


「すみません!ありがとうございました!」
無事に榊原さんに会えた私は頭を下げた。どうやら私はホテルの真裏にいたらしい。
「いえ、まさか君が極度の方向音痴だとは知りませんでした」
「申し訳ありません」
「いえ、こうして会えましたから。無事でなによりです」
車に乗せてもらうと、榊原さんが言った。
「僕がフルールにいる間、君に頼みたいことがあります」
「何でしょうか」
榊原さんは後部座席からファイルを取り出すと、私に渡した。
「この事件について少し調べてほしいんです」
見ると、15年前の連続殺人事件だった。
「未解決、ですか?」
「えぇ。実はその事件が未解決になったのはある組織が絡んでいる可能性があると分かったんです」
(ある組織…)
ファイルを開いていくと、「レッド・バタフライ」という文字が飛び込んで来た。
「レッド・バタフライ!?」
「さすがにご存知ですね。その犯人がレッド・バタフライではないかと見ています。フランスにいた君なら詳しいかと思いまして」
「はい。何度かレッド・バタフライの事件には関わったことがあります」
「それは頼もしいです。ただ、組織に踏み込むのは危険すぎますから、君には日本にレッド・バタフライの仲間がいるかどうかだけ調べてください」
「分かりました」
なんと好都合な案件だろう。レッド・バタフライの事も探れるし、自由行動ができる。
「では頼みます」
それから警視庁近くに送ってもらった。

すぐに心を開くのは難しいだろう。しかし、桜木ほのかは何か隠している。それとなく圭一の事を聞いたら話してくれるだろうか。圭一は分かりやすいくらい顔に出る奴だった。でも桜木は違う。心を読まれないように一線を引いている。
「あら、中村君早かったわね」
「えぇ」
「ふふ、美咲さん待ちかしら?」
「え?」
「応援してますよ!今日も来るといいわね」
「…はぁ」
水島さんは思い込みが激しいというか何というか。まぁ、勘違いしてくれるなら好都合だ。


近くのインターネットカフェに入ると、インターネットを開く。
(よし…)
私は見られる資料全てを閲覧する。少々犯罪めいた事も仕方ないと思っている。警視庁のサーバーにアクセスするが、さすがに最重要事項は管理官クラス以上しか見られないようだ。しかし、ネズミの手がかりは見つけることができた。
『SIT所属:倉谷義之』
(後は資料の保管庫ね)
私は、インターネットカフェを出ると警視庁の保管庫に向かった。
(15年前…)
榊原さんに頼まれた仕事もしなくては。日本でレッド・バタフライの捜査を日本の警察に頼まれるとは思わなかった。もしかしたら、日本に来たレッド・バタフライの一員はこの件に関わっているのかもしれない。
ーーーガチャ…
「!」
とっさにドアから死角のところに身を潜める。
『…本当だろうな』
『はい。そのデータがあれば、芋づる式にブラックホールを捕まえられます』
「!」
入って来たのは倉谷と倉谷の上司、捜査二課の剣持渡警部だった。
『よくやった。ブラックホールの連中には気づかれていないだろうな?』
『大丈夫です。USBは駅前のコインロッカーに預けました。鍵はその裏です』
『分かった。用心しておけよ』
『はい』
『この事は他言無用だ。特に公安の奴らにはな。公安に手柄を取られてたまるか』
二人が保管庫を出ていくと、頭を抱える。倉谷だけならまだしも、剣持警部が関わっているとなると厄介だ。とりあえず、倉谷にコンタクトを取って、剣持警部より先にUSBを入手しなくてはならない。
ーーーピリリリリ…
廊下で携帯電話の着信音がした。
『はい』
「初めまして。倉谷さん」
『誰ですか?』
「ブラックホールのシスルです」
『!』
電話口で息を飲むのが分かった。
「もうお分かりですね?あなたが盗んだデータをお渡しいただきたいんです」
『誰が…』
「このままでは、あなた…確実に殺されますよ」
『…』
「悪いようにはしません。あなたの命を保証する代わりに、ちょっとお願いがあるんです」
『…信用できない』
「そうですか。では、あなたの親族から剣持警部まで皆殺しですね」
『な、にを…言ってる…?』
「一人の命につき、一仕事。簡単じゃないですか。どうします?」
しばらくの沈黙の後。
『分かった。何をすればいい?』
「まずは…」

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