それは秋の風のように

彩虹

疑い

翌日、私は朝早く目覚めてまた森林公園に来ていた。
「眠い…」
時差ボケがまだ治っておらず、昼間は特に眠いのだ。


「!」
クラクションの音で目がさめると、私はどうやらベンチに座ったまま寝てしまっていたようだ。
「わ…」
すでに昼の2時を回っていた。
「日本て平和だな…」
ロンドンでこんなことをしていたら、まず起きて貴重品は無いだろう。
「んんー…」
伸びをすると、公園を散策することにした。
「あ、池が。…綺麗…」
水が透明で水面がキラキラしている。
「…お兄ちゃん…」
私には5歳上の兄がいた。兄は逃走中の犯人を捕まえようとして殉職した。当時はそう思っていた。しかし、本当は組織が絡んでいた。私のせいで死んだのだ。
「…」
いつも持ち歩いているハンカチを取り出す。中学卒業式の日に兄がくれたプレゼント。よく勉強しているから、と名前入りの万年筆とハンカチを一緒に送ってくれた。
ーーーブワッ
その時、突然強い風が吹き驚いてハンカチが飛んでいってしまった。
「あ!」
ーーーファサ…
「嘘ぉ!」
手を伸ばすが、ハンカチは無情にも池に落ちてしまった。春の終わりがけとはいえ、まだ水は冷たい。
「しょうがないな…」
私はスカートを縛ると、靴を脱いで池に入った。
(冷たい…それに、結構深い!)
「っ!」
苔に足が取られバランスを崩した。
「きゃあ!」


昼のランチが終わると、店の買い出しに出た。思い浮かべるのは昨日店に来た女性のことだった。僕の記憶が正しければ、彼女は僕の親友だった杉原圭一すぎはらけいいちの妹だ。
「また会えるだろうか…」
そんなことを考えながら森林公園の中を通っていく。
『きゃあ!』
ーーーバシャン!!
「…悲鳴?」
声のした方へ行ってみる。
「!」
この池は人工ではあるが真ん中辺りは深くなっている。
「!」
近くまで行くと昨日の女性だった。そう思ったら、体が動いていた。


足が取られて動けずに、捕まるところを探していると、急に強く腕を引かれ体が引き上げられた。
「何をしているんですか!」
「え…」
「僕の目の前で死ぬなんて許しませんよ!」
すごい剣幕で言うその人を見ると、昨日の喫茶店にいた男性だった。


彼は自分のジャケットを私に着せてくれながら、行動の理由を話してくれた。
「ふふふ、自殺ですか?」
「いえ、すみません…職業柄気になってしまって」
「職業柄…?ウエイターさんじゃないんですか?」
「えぇ。僕は探偵なんです」
そう言って名刺をくれた。
中村翔なかむらかけるさん…」
「えぇ、何かお困りのことがあれば相談に乗りますよ」
「ありがとうございます」

「ところで、池に入ったのはなぜですか?」
「あぁそれは…」
彼女は池を覗くと、残念そうに言った。
「…もう見えなくなっちゃいましたね。ハンカチを落としてしまって…」
「ハンカチですか」
「はい。兄の形見で…」
兄の形見のハンカチ。それで完全に確信した。彼女は僕の親友・圭一の妹だ。
「それは…邪魔をしてしまいましたね。…よければ僕に探させてもらえませんか?」
「え?いえ、大丈夫です。後でまた探しに来ますから。それにジャケットも貸していただいたので…」
「いえ、お願いします。明日またフルールに来ていただけますか?」
ジッと彼女の目を見てみると、観念したように頷いてくれた。
「はい…じゃあお願いします。あ、私は美咲圭みさきけいと申します」
慌てたように名前を言うと丁寧に頭を下げた。
(美咲…?杉原じゃないのか?)
「美咲、さん。よろしくお願いします。それでは僕は店の買い物の途中なので戻ります。また明日、お待ちしてます」
「はい。ありがとうございました」
彼女の視線を感じながら森林公園を出た。
ーーーピリリリリ…
「はい」
『榊原さん、イギリスから公安に配属になる警部の資料をお送りします』
「分かった」
電話を切ると、送られてきたメールを見る。
「!」
桜木ほのか。警察学校卒業後、射撃の腕を買われてSATに配属。一年で刑事試験に合格し、特待でフランスに研修に行く。フランスで2年刑事課に所属後、イギリスの刑事課に3年。経歴を見るだけでも優秀な者だと分かる。
「桜木、ほのか…」
どうしてもさっき会った「美咲圭」と名乗った女性の顔が浮かぶ。
(別人、なのか…?)


しかし、池で見つけたハンカチで疑問が解けた。
「やっぱり…」
ハンカチには「Honoka」と名前が入っていた。圭一は妹の中学卒業祝いに悩んでいた。僕がハンカチか万年筆を勧めたのだ。
(そういえば…)
圭一が高校の寮に入るタイミングで、妹は親戚に預けられたと言っていたのを思い出した。

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