ザ・ファイター ――我、異世界ニテ強者ヲ求メル――

ふぁいぶ

第十三話 異世界初の人助け


 さて、まだまだ時間がある。
 ならば今の内に身分証でも作りに行くかの。
 儂は分厚い本を抱えながら、役場に向かう。
 いやぁ、異世界の本はどのようなものなのだろうか。
 今から読むのが非常に楽しみじゃ。
 儂は大通りを上機嫌に進む。しかしイデュリアは本当に活気に溢れた町よの。
 歩きながらも、儂は露店の商品を見ていく。
 地球で見た事がある物もあれば、全くわからない物もあった。
 うむ、ただ見ているだけでも非常に楽しい。

 しばらく進んで役場が見えてきたところで、路地の方角から叫び声がした。

「いやっ! 離してください!!」

 若めの女性の声じゃの。
 ちょっと様子を見に行くかの。
 儂は大通りから外れた路地へ方向を換え、歩を進める。
 そこそこ野次馬がいるが、誰も助けようとしない。
 すれ違い様に彼らの言葉が聞けた。

「あいつ、アルカナ二つだ……。俺は一つだから、勝ち目がない」

「スキルを多く持っていた方が戦いに有利だからな……。一つじゃ無理だ」

「誰か、男共! アナちゃんを救っておくれ……!!」

「む、無理だって」

 ふむ、相手はアルカナ二つ。つまりスキルを二つ所有しているという訳か。
 さてさて、どんな男かな?
 儂は野次馬を掻き分けて、女性に暴力を振るっている男を視界に入れた。
 金髪のモヒカンで筋骨隆々の男が、栗色の髪を後頭部に纏めた十五歳位の若い女性の腕を掴んでいた。
 掴んでいる腕には相当力が入っているのだろう、彼女の肌に指が食い込んでいるようじゃった。
 その証拠に、女性の表情は痛みで歪んでいる。
 ぶっちゃけると、あの男は大した事ない。

「離してください!!」

「へへ、可愛いねぇちゃんじゃねぇか。俺と遊ぼうぜ?」

「誰か、誰か助けてください!!」

 彼女の必死な助けの声に、誰も応えようとしない。
 皆アルカナがあの男より少ないから、勝ち目が見えず助けられないといったところか。

「そ、そんな……」

 女性の表情が絶望に染まった。
 その様子を見て、モヒカンの男はさらに調子に乗る。

「ははは、俺はアルカナを二つも持っているんだ! ここの野郎共が俺に立ち向かってくるはずがねぇよ!」

「い、いやぁ……」

 ついに泣き出してしまった。
 うむ、やはり女性の泣き顔を見るのは胸を締め付けられてしまう。
 一刻も早く安心させよう。

 儂はゆらりと体を左右に一回振る。
 そして地面を蹴って前方に走り出す。
 これは我が流派、天地牙龍格闘術の特殊移動術で《疾》という。
 全身を脱力させて左右に一回ゆらりと振ると、全身の筋肉が一瞬緩和する。無駄な力とかが入っていない状態になるのじゃ。
 その状態で走り出すと、ゼロから百への加速をすっ飛ばして、最初から百で走り出す事が出来る。
 しかも身体が暖まっている暖まっていない関係なく、加速時間を無視する事が出来る。
 これをさほど離れていない距離で行うと、まるで瞬間移動したかのように見える。
 儂は《疾》で一気に男と女性の距離まで近づいた。

「お嬢さん、大丈夫かな?」

「……え?」

「今すぐ助けてあげるから、もう少し我慢しなさい。出来るかの?」

「は、はい」

「宜しい。ではこの本を預かっててくれぬか? 十秒以内で終わらせよう」

 周囲の野次馬が、突然現れた儂に驚きどよめいている。
 そしてモヒカンの男も呆気に取られている。
 まぁ普通ならここで待って、少し何かしらの会話をしてから戦闘に入るだろう?
 じゃが、儂はこんな弱い奴に構っている程暇ではない。
 可愛らしい女性の涙が、一刻も早く笑顔になってもらいたいから、悪いがそんなテンプレートは無視させてもらう。

 儂は右足を振り上げた。
 するとモヒカン男の股間に見事ヒット、柔らかいブツがぐしゃりと潰れた感覚がした。

「ひぎゃっ!?」

 男が白目を剥く。
 そりゃ金的攻撃をしたんじゃ、地獄のような痛みじゃろう。
 だが、我が流派は二撃一死がモットー、もう一撃見舞ってやろう。
 股間を抑えながら両膝を地面に付けて口から泡を噴いている男の顔面に、そのまま膝蹴りを放った。
 儂の膝は男の鼻を潰し、そのまま仰向けに倒れて気絶した。
 安心しろ、死なない程度に威力を抑えた。

 今の攻撃は即興で思い付いたものなので、特に技名はない。
 もし付けるならば、《粉砕》かの?
 まぁ技のリストに加えるつもりはないがな。

 こうして呆気なく、可愛らしい女性を救出したのだった。
 その様を見て、助けた女性もそうだが、野次馬達も口をだらしなく開けて驚いていた。
 儂は彼らの間抜けな表情を見て、ついつい吹き出して笑ってしまった。

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