シャッフルワールド!!外伝──scarlet──

夙多史

『 enigma 』

 人気のない畳部屋。蝋燭だけが灯す暗がりの中で派手な十二単を纏う女性が一人。ケータイの画面に表示された着信履歴を眺めている。
 日本異界監査局局長──法界院誘波は穏やかに微笑む。一見すれば穏和だが、親しい者ならば浮かない顔だと分かる。仕方ないと、理不尽を受け入れた哀愁感が漂う。
「あー、誘波。例のモノの調整が終わったぞ」
 陰りに埋もれた床に、長方形の光が射す。開かれた扉から少女の声が、ケータイをしまう誘波を呼ぶ。
  異界技術研究開発部第三班班長――アーティ・E・ラザフォードは、今日も不健康そうな顔だ。 金色のフェミニンストレートの前髪を指で弄りながら、口に棒付きキャンディを頬張る彼女は、ずるずると長い研究衣を引きずり誘波の側に歩く。片手にはテニスボール程の球体を握っている。
「あー、とりあえず〈現の幻想〉だが、こいつの起動実験をしようと思う。……あー、電話中だったのか?」
「いえいえ、ライちゃんとの電話は今終わりましたよぅ」
 にっこりと答える誘波。聞き覚えの無いネームに、アーティは眉を顰めた
「あー? ライちゃん?」
「ライアー・アークライトちゃんです。アーちゃんも前に会っていますよぉ?」

 ああ、とアーティは相槌を打つ。確かに過去、自分は彼と会っている。そう、あれは監査局を始めにいろんな組織の重役が集まる会議があった時のこと。

 個人的な用が済んで誘波に合流しようと、彼女がいる人集りに足を運んだら──

『ああ、んだぁ? ガキもいんのかよこの会議ってのは』
 露出度の高い民族衣装を着た十代後半の女が、チンピラじみた足取りで歩み寄り、アーティの頭を軽くポンポンと叩いた。白い毛色にして金の瞳。狼の耳と尻尾が生えた半獣半人の彼女を、アーティは眠そうな目で睨む。
『あー、何だ誘波。この品の無い野蛮を体現した女は?』
『おうおう言うねえ、生意気なガキは嫌いじゃねえぞ。ふっはは』
 不愉快を露わにして笑っている彼女、ルーポを指差してアーティは誘波に問う。 
『ルーポちゃんですよ。イタリアの監査官です』

 イタリアで、狼の半獣半人で……ルーポ?

 実にふざけた名前だ。人が『俺の名前は人間だ』と名乗るレベルの馬鹿馬鹿しさ……いや、考え直すと世の中は広い。姓か名にヒューマンという者もいれば、ホモ・サピエンスなんて外国人がいたのをアーティは思い出す。
 彼女の名前については、まあそういうものだと割り切ることにしよう──と、実はあだ名の意味合いでそう呼ばれていたと知らなかった当時のアーティは、それで収まりをつけた。
『あー、とりあえずお前、ポンポン止めろ。改造するぞ』
『じゃあ、なでなでしてやるよ』
 むふーっと鼻息荒く尊大な態度を決め込み、ルーポは行為を切り替えた。
『あー、そうくるか』
 彼女としてはアーティを可愛がっているつもりだが、やられている側からしてみればお姉さん気取りが気に障りうざったい。アーティは見た目こそ小柄な中学生だが、実際は数百年の時を生きているのだ。
 目で誘波に助けを求めるも、彼女はアーティの反応を見て楽しんでいる。ああ、来なければ良かったと心の中で毒づくそんな時、彼が助けてくれた。
「こら!」
「ひゃうっ!?」
 ルーポの脇腹を軽く指圧して、アーティから引き離す。
 彼は、無言のままなら人形と勘違いする程、造形の取れた美男子だった。だが男の筈なのに淑女、或いはどこぞの富豪のお嬢様みたいな格好だ。日傘をさして街を歩く姿を想像しても、何ら違和感がない。それだけ様になっている。
 腰に両手を当て、胸を張り彼はルーポをムッと睨む。おいたの過ぎた娘を叱る、母の顔だ。
『駄目じゃないルーポ。彼女に失礼よ』
『えー……いやいや彼女って、まだガキだろこいつ』
『重役の集まる場所に、新参者の私達以下の人はいないの。年齢、外見で決まるなんてもってのほか。対等以上に相手を見て、粗相のないよう接するのが礼儀よ』
 と、指を立て淡々と彼女を説き伏せる姿は、やはり母親と娘、しっかり者の姉とおてんばな妹の関係を彷彿させた。
『ヘーイヘイわかりやしたよ。俺様が悪うござんした』
 口を尖らせ、まるで反省の色無く平謝りする彼女に『もう……』と、呆れて頭を振る彼は、彼女に代わりお詫びの気持ちを伝え、深く頭を下げた。

 これが、あの二人との出会い。

 彼女の中でルーポの印象は最悪だったが、ライアー・アークライトの評価は高い。初対面の者は基本的にアーティを子供扱いするものだが、彼は見た目で判断しなかった。
 監査官の殆どは自分の話が難しくて首を傾げたり、年下のくせに生意気な態度を取る。監査員、特に研究班の者ならば、取り入る隙が無いかと探りを入れてくる始末。ろくでもない輩ばかりで不快感の募る一方だったが、彼と話をしてみると不思議と心が安らいだ。
 彼は自分の研究を親身に聞いてくれて、子供のような無邪気な表情を見せた。
『アーティさん。あなたの開発した清掃ロボは素晴らしいです』
『あー、褒めても何も出ないぞ』
『いえ、私が出します。あなたの研究に投資します。こんな生活に役立つ素晴らしい道具なら、私は喜んで協力しますよ』


 あ……あー、とりあえず礼を言う。もし、新型が完成したら。お前に必要分くれてやる──

 え!? 本当ですか! わああ、嬉しいっ! ありがとうございます!

 あー、抱きつくな。くる……しぃ……。

 あ、す、すみません。

 そう、過去に約束した覚えがある。現在も定期的にライアーが投資する金は、アーティ個人の研究費に使わせてもらっている。清掃ロボは特に彼から絶賛されていた。
 かくいうのも彼の邸には身よりのない子供と、行き場を無くした訳あり者が住んでいる為、彼らの生活を支えてくれるお手伝いロボ、道具の存在が非常に助かるのだ。


 彼から感謝のメールが届いた時、みんなが笑っている写真の表示されたモニターを眺め、普段人前で見せない微笑みをアーティは浮かべたものだ。

 ただ、そんなライアーに関して、いくつかの謎に直面したアーティは眉を顰めた。

 個人情報があまりに少ない。それも、プロフィールですら、出生や血液型がはっきりしていない。もっとも注目する点、白峰零児や明乃と同じタイプの能力を持つのも不明だ。
 社会適応力に欠けた者。罪を犯した者が左遷し集まることから、“監獄”と呼ばれるイタリア監査局。その監査局の最年少支部長なのに、これは妙だとアーティは思う。極めつけは彼が辞めた後、危険人物・要注意人物リストの中に、彼の名前が記されていたことだ。

「あー、誘波。少し、あいつに関して訊ねていいか?」
 おそらくは、彼女とごく少数が知っているであろう真相。
 興味本位から、アーティは疑問を投げかけた。腕を組んで悩む彼女だったが、やがて軽く溜め息をつき頷いた。
「うーん。アケノちゃんから他言無用と口止めされているのですがね」
「明乃から?」
「まあ、アーちゃんなら信頼できますし、大丈夫でしょう」
 内緒ですからねと、口をチャックで締めるジェスチャーをすると誘波は答えた。
「ライちゃんは、レイちゃんの生き別れの兄弟。お兄ちゃんなのです」
 にっこりと指を立てて口にする誘波。暫し沈黙が支配する。ポロリと、アーティの口からキャンディが畳に落ちた。
「あー、なるほど兄弟……………………なん……だと?」
 口をあんぐり開けて歪めた表情は不快そうだが、間違いなく驚愕しているアーティ。彼女がこんな顔を露わにしたのは初めてかもしれない。誘波はさっとケータイを取り出し写メを撮った。
「あ、あー」
「冗談ですよぅ」
 構えたケータイからひょいと笑顔を覗かせ、誘波は忍び笑いする。嵌められたと渋い顔でアーティは、畳の上を転がるキャンディを拾う。
 三秒ルールに則りまた口に入れようするも、衛生面を考えて思いとどまり、紙に包んでポケットにしまい、替わりのキャンディを開けて頬張った。
「実は、ライちゃんとレイちゃん二人は、従兄弟なのです」
「何だ従兄弟か……」

 ぽとり──また、彼女の口からキャンディが零れ落ち、畳の上へと転がった。

「な……んだと?」

 シャッターチャンスは逃さないとばかりに、目を丸くするアーティを撮る。今度は連写機能を駆使して。
 沈黙の中で小刻みのシャッター音だけが、虚しく鳴り響いた。

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