ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?
第二十八話
「止まれ!  そこの竜車、止まるのだ!」
  門の前で槍を構えた衛兵の野太い声が響き渡る。最早がなり声と表現しても良い程に耳障りなそれを受けて、思わず斬鬼はその顔を歪めた。
  だが、劣等種とはいえ相手は仮にも交渉相手の国民。ここで面倒を起こせば交渉は始まる前から失敗に終わってしまう。
  正直彼女にしてみれば交渉の成否などどうでも良く、寧ろ人間なぞ根絶やしにしても問題ないというスタンスなのだが、それでは肝心のヴィルヘルムの評価に影響を及ぼしかねない。故に、心中の苛立ちを押し殺してその衛兵へと言葉を返した。
「我々は魔人領国、魔人王ハーグルス・レムルス・バーンパレス様の使いであるヴィルヘルム様の一行だ。疾くその槍を下げ、その醜い面ごと何処ぞへと去るが良い。不敬が過ぎるぞ」
  訂正、押し殺せていなかった。
  様々なストレスが彼女に襲いかかった結果、普段なら働く自制心も今は鳴りを潜めていたのである。
  後ろの車内でその言葉を聞いていたアンリ達は、やってしまったと内心で緊張を高める。交渉は決裂、話し合いすら始まらないと。
「……書簡を拝見しても?」
  だが、そんな彼女達の予想に反し、衛兵は怒り出すこともなく静かにそう切り出す。
  これにはさしもの斬鬼も驚いたが、その反応は眉をひそめる程度に留め、胸元から魔王より受け取った一枚の書簡を広げて見せつける。
「……失礼しました!  魔王様の遣いでございますね、直ちに開門致します故、どうぞお通りください!」
  襟元正しい敬礼。それは本来敵対している相手に行ったとは思えない程、きびきびとした動きだった。
「……?」
  僅かに眉を動かし、心中で密かに疑念を抱く斬鬼。大抵ならば魔人に対しての隠しきれない嫌悪が先に来る筈だが、あの男にはそれが無い為だ。
  あの衛兵だけが特別だというのか?  それとも何か理由が?  しかし何故……と、少し考えたところで首を振る。
  どうせ相手は弱者、歯牙にかけるだけ無駄な存在だ。今考えるべきはその様などうでもいいことでは無い。先の会話の悪影響がまだ続いているのかと自身を叱咤する。
  そんな葛藤も束の間、重苦しい音を立てて目の前の扉が開いて行く。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか……何れにせよ、ヴィルヘルム様に近付く障害はすべて排除せねば)
  先に待ち受けるであろう光景を顰め面で睨み付ける斬鬼。だがーー重苦しい音の先は、さしもの彼女も表情を歪める光景が広がっていた。
ーーワアアアアアアアアッ!!!
「キャッ!?  な、何!?」
「ぴっ!?」
「なッ……こ、これは……?」
「?」
  それは、地鳴りだった。いや違う、地鳴りの様な歓声だった。
  竜車に乗ったヴィルヘルムらを迎え入れたのは、予想していた様な人々の冷遇ではなく、はたまた恐怖の悲鳴でもなく。それどころか正反対とも言える、国を挙げての大歓迎であった。
  飛び散る紙吹雪。花咲く様な人々の笑顔。道の横に並ぶ屋台も相まって、それは一種の祭りの様にも見える。だが、その対象が致命的におかしい。
  なにせ戦争まであと数歩の所まで迫っていた魔人族、それもその幹部を招き入れているのだ。本来ならば何をしに来たと石を投げられても不思議では無いはず。
  先まで殺し合っていた相手をこうまで厚遇出来るほど、人間というのは単純な存在だっただろうか?  いや、そんな筈は無い。彼らのしつこさ、執念深さは何よりも斬鬼自身が味わって来たでは無いか。
  驕り昂ぶろうと相手の分析だけは欠かさない斬鬼の思考が、何処かがおかしいと訴えかける。だが、何もおかしくは無い。対象が自分達魔人族であるという一点を除けば、この街に何一つとしておかしいところは無いのだから。
  そしてこの街で生まれたアンリも、この異様な光景に目を剥いていた。
「何よこれ……何が一体どうなってるの……?」
  魔王を討伐する為と、自分達をパレードで送り出した国民。それが今は、魔王の遣いをこれでもかというほどに歓迎している。このどうしようもない矛盾に、彼女の脳は悲鳴を上げていた。
  だが、そんな彼らに休息は与えられない。先導のつもりか、先程の衛兵が竜車の前について誘導を開始する。
  こんな所で立ち止まってヴィルヘルムに恥をかかせる訳には行かないと、慌てて斬鬼は手綱を引く。それに合わせて、地竜はゆっくりと歩みを再開した。
  ガラガラと石畳の上を車輪が回る。だが、そんな雑音など欠片も耳に届かない程、周囲の歓声は鳴り止むことが無い。
  果たして自国の国王を迎え入れる時だとしても、これだけの盛況ぶりを見せるだろうか。少なくともアンリにとって、これだけの人だかりを目にするのは初めての事であった。
  窓から見える人々は皆例外なく笑顔を浮かべ、まるで英雄を一目見ようとする様に人混みから身を乗り出そうとする者までいる。そして当然の事ながら、外に身を出している斬鬼は最も注目を集める事となった。
  人間から恨み辛み、そして憎しみの視線を受けることには数え切れない程の経験があるが、それが賞賛や興味、歓喜となると、これもまた斬鬼にとって初めての経験である。故に彼女もまた、ヴィルヘルムじみた無表情を貫く他無かった。
  暫く進むと中央に聳え立つ王城、その前に固く閉ざされた城門が彼らの前に姿を現わす。
(……随分とあっさり着く物だな。警戒され武器の一つは押収されると踏んでいたが)
  腰に携えられたままの刀の柄に軽く触れる。仮にもここは一国の首都。斬鬼がその気になれば外からでも半壊にまで追い込めるとはいえ、それでも警戒の一つはするべきという物。
  舐められているのか、はたまた真性の考え無しか。あまりの無警戒さに、さしもの斬鬼も考えあぐねる。
「……え、あそこにいるのってもしかして……」
  と、窓から先を覗き見ていたアンリが思わず声を漏らす。余計なことを口にするなと、斬鬼は彼女を横目で睨め付けるが、再度視線を前に戻すとその表情を驚愕に歪めた。
  白銀のティアラを頭に付けた、若く美しい王女。いや、王女と紹介された訳ではない。だが、そうとしか思えない様な風格をまとった女性が、何故か護衛の数人も連れずに城門の前に佇んでいたのだ。
  巨大な地竜に、魔人族の幹部。一つ間違えれば首が飛んでもおかしくない位置に居て、それでもなお彼女は怯えずに、そして優雅にドレスを摘み上げて、深く頭を下げた。
「遠き国よりよくぞお越しくださいました。私はマギルス皇国が第二王女、ファリアス・ファン・マギルス。国王より貴方がたを案内する様仰せつかっております」
「……ご丁寧にどうも。私は魔王様の使者であり至上の天魔将軍であるヴィルヘルム様の下僕、斬鬼と申します」
  ちなみに一応斬鬼はヴィルヘルム以外にも敬語を使える。ただ、その際はほぼ確実に不自然な物となってしまうが。
「それでは斬鬼様、こちらへどうぞ。国王が今か今かと楽しみにしていられましたから、歓迎にはどうぞご期待の程を」
  そう言うと彼女は笑い、アメジストの瞳をにこりと歪めた。
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