ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?

初柴シュリ

第十六話




「まずは一刀ーーヴィルヘルム様に傷を付けたその罪、死でも贖い切れんぞ!!」


  柄に手を掛け、体重を前に掛けたーー瞬間、斬鬼の姿が一瞬にして消える。

  その次に遅れてやってくる、地面を蹴る音。音を置き去りにした速度が空間を割る。


「はっ、スルト様!  ぐっ!?」

「ダーレス!」


  どうにか直前で気付いたのか、スルトの部下であるダーレスが振り向く。だが、気付いたところで所詮対応できる速度では無い。

  鋭く振り抜き、一閃。袈裟懸けに振り抜かれた一撃をなぞるように、真っ赤な血液が噴出する。


「このっ……セヤァッ!」


  だが、直前の回避によりどうにか急所だけは避けられた。深い傷を刻まれつつも、ダーレスは高速で魔法を発動させる。

  展開された魔法陣から弾幕のように発射される魔力弾。音速に近い発射速度に加え、至近での攻撃。肉は切らせたが骨は断つとばかりに、ダーレスは苦悶の表情を浮かべながらもその意識を保っていた。


「ハッ、あられにも劣るな!」


  しかし、真なる吸血鬼としての力を目覚めさせた斬鬼には、その程度の攻撃は大した痛痒にもならなかった。
  降りかかってくる弾幕が次々に彼女の白い肌へと突き刺さるが、それは擦り傷一つ付けられず虚空へと散っていく。

  理由は単純、魔力弾の威力が、彼女の防御力を超えられていないからだ?元々SSSのステータスが更に底上げされ、今や彼女のステータスは魔王にも迫る程に高まっている。

  それを超えたいのであれば、少なくとも勇者と同等レベルの力が必要となる。だが、ダーレスのステータスランクはS。これでは魔王どころか、勇者になることも夢のまた夢。


「クソ、クソ!  ならこの魔法でーー」

「遅い」


  開いた左腕が魔法陣を紡ごうとした瞬間、斬鬼は既に彼の懐へと潜り込んでいた。

  今度は反応すら許さない、神速の居合斬り。今度こそ命を刈り取ろうと、ダーレスの首筋に狙いを定める。


「おおっ!!」
 

  幸いにして直撃する前に、スルトのガントレットが両者の間に滑り込む事で、ダーレスの命は守られた。

  だが、命の代償とは得てして安くない。


「無駄な足掻きを……フッ」

「ッ!!?」

「スルト様!!」


  少し力を込め、引く。その何気ない動作だけで、スルトの腕は一瞬にして両断された。

  噴出する血液。ダーレスが間髪入れずに魔法で傷口を塞いだ為致命傷にはならずに済んだが、それでも意識を失うには十分すぎる量だ。

  だが、スルトはその精神力で前のめりに倒れる事なく耐えきる。それどころか斬鬼のことを睨みつけることすらしていた。


「チッ、無駄にしぶといな。だが次は仕留める。貴様らには地獄すら生温い程の死を味合わせてやろう」

「誰が……!  このまま黙って終われるかよ!」


  そう言ってダーレスが懐から取り出したのは、先ほどの勇者も服用した錠剤。但しビンに入っている訳では無く、小袋に二粒だけがこじんまりと収まっている。


「魔王を倒す礎となれるなら……この場で滅びるのも本望!」

「な、ダメだダーレス!」


  スルトの制止も聞かず、ダーレスは錠剤を噛み砕く。

  勇者の様に体が変化はしなかったが、彼の碧眼は真紅に染め上げられる。そして一番の変化として、濃密な魔力が彼の周囲を覆い尽くした。

  これがこの錠剤本来の効果であり、一時的に服用者の能力を引き上げるという薬効だ。中でも『魔力を取り込む』という関係上、魔術師と非常に相性が良い。


「『ラピッド・ファイア』!」


  彼のスキルが発動し、斬鬼の周囲に魔法陣が大量展開される。

  覆い尽くす様に出現したそれに対し、しかし彼女は一切の動揺を見せない。


「極魔法の多重展開……これで終わらせてやる!」

「……ハァ。真祖たる私に、その程度の攻撃が効くとでも?」


  再び、一閃。

  ただそれだけの動作で、取り囲んでいた魔法陣は全て崩れ去った。


「そんな……!?  ブースターで強化までしたのに!!」

「実に鬱陶しい羽虫だ。その程度の実力で我が主に手を出そうなどと、無礼千万な事を考えたその卑小な頭脳に後悔するんだな」


  口の端が弧を描き、ダーレス達を嘲笑する斬鬼。

  彼女が描く凄惨な宴は、まだ始まりを告げたばかりだった。













◆◇◆















  そんなこんなで斬鬼が完全にキレている間、肝心のヴィルヘルム達は既にその場から離れていた。

  当然といえば当然であり、あれからあの場で行われるのはまず間違い無く完全にスプラッターな出来事である。ヴィルヘルムは特に問題無いが、ミミなど幼い子もいる手前、流石にそれを視聴させるのは躊躇われたのだ。

  世間知らずとはいえ、常識的な思考くらいはヴィルヘルムといえど持っている。

  僅かに傾いた西日を浴びながら、宿屋への帰路に付くヴィルヘルム、ミミ、そして少し離れてアンリ。


「んん〜ヴィルヘルム様〜」

「……(すごい暑い)」

「……(……あの子随分とくっ付いてるわね。あんなキャラだったっけ?)」


  命まで助けられた事で完全にヴィルヘルムへと心が傾いたのか、犬も驚くほどのなつき具合を惜しげも無く見せるミミ。その真実が殆どマッチポンプと偶然で出来ている事は、恐らく言わぬが花であろう。

  最も、その事実に気付いている者が果たしているのかどうか。

  現在はヴィルヘルムの腕に抱きつき、その体をスリスリと擦りつけている。
  この場に斬鬼がいれば恐らく、いや間違い無く『無礼だ!』と叱責が飛んでいたであろうが、生憎彼女は戦闘中でこの場に居ない。ミミもそれを把握して、ヴィルヘルムへと存分に甘えているのである。例え彼の臣下になろうと、彼女のそういった強かな部分は未だ健在であった。

  ヴィルヘルムは急にこうした態度に出られた事をやや不安に感じていたが、それでも誰かから好意を向けられるというのは悪い気分ではない為、特に気にせず流していた。見た目に反して単純な男である。

  一番疑問に感じていたのはアンリだ。先日初めて会ったはずの二人がここまで親しくしているというのはあまりに不自然。
  だが、そこから先の考えが纏まらない。こうなったら気にしても仕方がないと、彼女は頭を振って気持ちを切り替える。


「……さーて、これからどうしよ」


  勇者はヴィルヘルムによって討伐され、パーティーは自然に空中分解。魔王を倒すという目的も見失い、アンリは一体何をしたら良いのかもわからなくなって来ていた。

  取り敢えず場の流れで彼らに付いて来たは良いものの、最早帰る場所すら無い身でこのまま世話になる訳には行かない。これからどうするべきか、という大事な事を彼女は決めあぐねていたのだ。


(……ん?  ヴィルヘルム?  そういえばどこかで聞いたことがある様な……)


  ふと、唐突にやって来た既視感。既に自己紹介は受けているのだがそうでは無い。何か、もっとそれ以前に書いたことがあるような……。

  自身の記憶を隅から隅まで精査する。あれでも無い、これでも無い。どんどんどんどんと遡り、その先で辿り着いたのは。


「……あ」


  そう、確か最初に聞いたのは、王宮の人間からだった筈。勇者として旅に出る直前、魔王討伐の要害となる者達をピックアップした際に出た名前。

  『瞬刻』のヴィルヘルム。それが、彼女の記憶にあった名前だった。


(……嘘、でしょ)


  余りの衝撃にその場で立ち止まってしまうアンリ。ヴィルヘルムはそんな彼女に振り向く事もなく、相変わらず色の無い表情を浮かべていた。

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