ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?

初柴シュリ

第九話




「ヴィルヘルム様、勇者達の絞り込みに成功しました」


  目の前で立膝をつく斬鬼の報告を、ヴィルヘルムは相変わらずの無表情で受け止めていた。


(……ええーもう見つけちゃうの!?  まだこの村に来てから二日目だよ!?  早すぎ!!)


  相変わらず心の中では戦々恐々としていたが、彼がこうして驚くのも今回ばかりは無理もない。幾ら地方都市の一つとはいえ、それなりに人も多く住む村。そんな中から書き込みだけで不審な人物を見つけ出すなど容易な事ではない。

  だからこそヴィルヘルムも長期休暇のチャンスだとのうのうと過ごしていたのだが、まさかの斬鬼がここで有能っぷりを遺憾無く発揮。流石の彼もまさか二日で終わるとは考えもしていなかった。


「……早いな」

「勿体無き御言葉。ヴィルヘルム様に労いを掛けられるだけで、私めにとっては至上の喜びでございます」


  結果彼の口から出て来たのは、考えた末の搾りカスの様な言葉だけだったが、それすらも斬鬼のフィルターを通せばお褒めの言葉に変わる。まさに部下の鑑と言っても過言ではないだろう。

  戦闘や事務作業においては聡明だというのに、ヴィルヘルムが絡むとどうしてこうまで鈍くなるのか。百分の一でも良いからその普段の洞察力を彼に対しても向けて欲しいところである。


「……とはいえ、ヴィルヘルム様のご感想は最も。この成果は私一人の手柄ではございません。おい、入って良いぞ」


  言葉の途中で顔をドアへと向け、乱暴に誰かを呼ぶ斬鬼。それに答えるように、扉のノブがガチャリと回る。


「……えっと、その……ミミです。宜しくお願いします」

(ええーーーーなんでおるん?  え?  マジで何で?)


  誰かと思えば先日の少女であった。一切想定していなかった人物の登場に度肝を抜かれるヴィルヘルム。


「このわらしはこの街でスリを働いていた孤児の一人。本来であればヴィルヘルム様に無礼を働いた罪で処断する予定でしたが、此度の任務にはこの地を良く知る者が必要になると私の独断で寛恕を致しました。気に入らなければ勿論この場で首を落としますが、如何致しましょう?」

「う、うう……」

「……いや、いい」

(わーお、俺の部下ってば優秀過ぎ!  てかこの子スリだったの?  何にも取られてないけど……あ、強いて言えば串焼きは盗られたようなもんか)


  泣きそうになるミミをチラリと見て、流石に哀れに思ったヴィルヘルムは斬鬼を諌める。


「ヴィルヘルム様がそう言うのであれば……おい貴様、本来なら即座に斬り捨てても良いところを、我が主のご寛恕によって生かされているのだ。光栄に思い、そして平伏しろ」

「は、はいいいいい!」


  幼女を目の前で平伏させるという、側から見れば鬼畜外道の所業が平然と行われているが、残念ながらそれは、やらせているのが天魔将軍ヴィルヘルムであるという事実だけで許されてしまうのである。

  魔人族にとって力は絶対。故に、力の象徴である天魔将軍という肩書きは絶大な効力を持つ。つまりヴィルヘルムがその気になれば、酒池肉林も夢物語では無いのだ。

  最も、根が小市民である彼にそんな事をするほどの度胸は無いが。

  さて、一方の少女ーーミミの心中は、とても穏やかとは言い難い状況だった。


(うわあああああやっちゃったよぉぉぉぉぉ!  まさかスろうとした相手が天魔将軍だったなんて思っても無かったよぉ……やばいよもうこれ、人生終わったよ!  はい積んだー、積みましたー)


  最早暴走を通り過ぎて諦観の域に達している。死にたく無いという一心で、スリをしてまでも必死に生きてきたというのに、たった一度のミスでこの有様。それも飛びっきりに手を出してはいけない相手に触れてしまったという始末である。

  そこらのスラムで育ったただの孤児に過ぎない彼女にとって、天魔将軍というのは正に雲の上の存在であった。知識だけはあったが、一生のうちで関わる事もないだろうとたかも括っていた。
  だが、蓋を開けて見れば何処とも知れない地方都市に当の天魔将軍が訪れているという事実。彼女からしてみれば、現状は首の皮一枚でなんとか繋ぎ止められていると言ったところだろうか。

  それ故に、生き残るためであれば土下座など何のその。というより斬鬼に言われる前からいつ土下座をすれば良いのかというタイミングを見計らっていた。節すらあった。

  だが、それをされて困るのは当のヴィルヘルムである。

  普段から斬鬼に平伏されているだけでも若干気まずいというのに、それに加えて良く知らない幼女の土下座となればその気まずさも天元突破。居たたまれなくなるのも仕方がない。

  想像してみよう。目の前でそこそこ綺麗な幼女が涙目で土下座している光景を。どんな理由があろうと、ほぼ確実にだんだん居たたまれなくなってくる筈だ。

  ……え?  興奮する?  それは病院へ行こう。


「……顔を上げろ」


  そう言いながらヴィルヘルムは立ち上がり、ミミの元へと進む。顔を上げさせ、土下座を止めさせる為だ。

  だが、そこでもまた問題が発生した。

  長い間座っていた為か、誤ってヴィルヘルムは足をもつれさせる。
  当然体は支えを求め、慌てて手を伸ばす羽目に。そして丁度いい位置にあったのが、斬鬼が立てかけておいた一本の太刀だ。

  がしり、としっかり柄の部分を掴み取るヴィルヘルム。だが固定されているわけでもない太刀が支えになるはずもなく、そのまま共に倒れ込む。

  ダン、とたたらを踏んで倒れ込む事だけは阻止する。が、手に持った刀はそのまま。結果どうなったかというとーー


「ひ、ヒッ!?」


  ーーミミの目の前に、鞘から僅かに抜けた白銀の刃が向けられることになった。

  やっちまった、と思うヴィルヘルムだったが、それが顔に出ることはない為、結果的に無表情をミミへとひたすら向ける事になってしまう。

  ジッと貫かれる虚ろな目線。光を受けてギラリと輝く太刀の刃。これを間近に受けたミミが、ふと自分の死を脳裏に思い浮かべてしまうのも致し方無い。

  引きつったような悲鳴を上げるミミ。必死にヴィルヘルムも挽回の方法を考えていたが、救いの手がやって来たのは彼も予想しなかった、意外な所からだった。


「……成る程。例えひと時の協力者だったとしても、己の剣を預け信じる。誠に慈悲深い、ヴィルヘルム様らしい行いです」

「え?  そ、そうなんですか?」

「……ああ」


  斬鬼の勘違いも、今回ばかりは有り難かった。何とか持ち直したヴィルヘルムは、内心でほっと胸を撫で下ろすと、そのまま刀を差し出す。

  しかし、今回はどう見てもただのハプニングである。足をもつれさせたシーンをミミが見ていない筈が無いし、そうでなくとも勢いからしてその予定でなかったのは明らかだろう。普通なら気付くだろうが……


(え?  私、スラム育ちの只のスリなのに。ううん、この人に罪を押し付けようとかも考えてたのに、それでも私を信じるの……?  天魔将軍様から剣を授けられるなんて、そんなの普通偉い人でも滅多に無いのに……)


  残念、ミミは非常にチョロかった。

  スラム街出身で親もおらず、凡そ愛というものを知らずに育ったミミ。そんな彼女が遥か雲の上の存在から信頼を掛けられるというのは、それこそ夢の中ですらあり得なかった事である。そして、無償の愛というものを疑うには、まだ人生の経験値が足りていなかった。

  一つ息を呑むと、ミミは刀の柄に手を触れながら答える。


「……分かりました。天魔将軍様に目を掛けてもらったこの身、全てを投げだす覚悟で仕えさせて頂きます。僅かな間になるかもしれませんが、どうぞご自由にお使い下さい」

(……あれ?  なんか話が大きくなってない?)


  満足げに頷く斬鬼と、真剣な表情をしたミミ。そんな二人との温度差を感じながら、ヴィルヘルムは内心で小首を傾げた。

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