純白の女神×漆黒の剣士と七色の奇跡

神寺雅文

第一章―抹消×新生11

「ごほ。さて、急かすようにいろいろ話してきたが、ココからが本題じゃ結希。主は神人として生きる覚悟はあるか?」
 自らもっとも他人に見られてはならない醜態を曝してしまった仁は、それを取り繕う為にワザとらしく咳払いをして腰の刀に手をかざす。
「はい」
 その短い返事に迷いは感じられなかった。
 これまで夢物語としてしか考えなかった“世界を守る為の戦い”に、運動神経抜群で何事にも果敢にチャレンジしてきた少年が、社会経験を積み過ぎ自己の利益しか考えられない視野の狭い中年男性の様に臆する訳などないのだ。
「感謝など期待するんじゃないぞ? 見返りなど皆無じゃ、ましてや応援などされん。それでも結希は、神人に英雄像を重ねるのじゃな?」「お師匠様は僕にとってヒーローそのモノです。感謝されなくても、こうして僕みたいに突然世界から外れた人々を助けてあげたい」「かっかかかか、馬鹿には勝てないな仁」「ほほほっ、真に綺麗な目をしているわっぱじゃな」
 もしかしたら世の中で一番強く生きているのは、結希の様に前向き過ぎる程の子供なのかもしれない。エシキはそれを馬鹿と評してはいるが、下品な笑い声を腹の底から両翼をバタつかせながら出している。本当に愉快で堪らないのがその行動に表れていた。
「よかろう、お主を立派な神人に必ずワシらがしてやろう」「まだ、お前を認めちゃいないが、仁が決めたなら仕方ない~俺もしごいてやるよ」「お師匠様、エシキ、ありがとう。二人に助けて貰えてよかった」
 二人は知っていた。子供が抱く純粋な希望が、どれだけの力を人々に与えるのかを。聖なる光・聖明を纏いし神人にそれが計り知れない程の鋭気を与えるのかを、長年死力を尽くしてきた二人だから知っていた。
「師匠か、またそう呼ばれるとは夢にも思わんかった。わっぱとは、本当に不思議な生き物じゃな」「んん、なんですか急に」「いや、こちらの話じゃよ」
 仁が感慨深げに結希の頭を撫でる。まるで誰かと結希を重ねる様に寂しそうな目をして新たな家族に微笑を向けた。
「ほんじゃ、この世界について補足をしてやるよ。あの女の皮肉たっぷりの説明だけじゃ俺らはただの悪役だ、現界人の外敵でしかないからな」
 そう言い地面に降り立ったエシキが愚痴を零しながら器用にも三本脚を使い、剥き出しのコンクリートに同じ大きさの円を三つ描いた。
「この真ん中の丸が今俺たち何気なく立っている第三世界であり、その右隣の丸が現界人、お前が元住んでいた新世界と呼ばれる世界だ。んで、この左端のが旧世界で、俺らの宿敵が封印される場所でもあり“奴”ら妖恨の巣窟でもある世界。まあ、新世界があるって事で気づくと通り、旧世界は人間が住むべき世界としては終わっている」「んー何となく話は分かるけど、世界って丸いの? 僕そっち方面は苦手でよく分からないんだ」「あ? くだらねー思想と宗教的概念、人間的哲学はこの世界には必要ないぜ。こんなの分かりやすくする為の記号だ、き・ご・う、気にするな。だがもし、いつか子供に世界を創造した神様って本当に存在するの? 世界ってどんな形なのって聞かれたら、満面の笑顔でそんなのしらね―よ馬鹿って言ってやれ」
 その世界を創造した神に仕える神獣が億劫そうに前足で旧世界と位置付ける円に×マークを乱雑に付け新世界は三角へと書き換えた。便宜上、その時にそれらの中で一番優れていれば世界を表す記号は何でも良いらしいエシキの持論からして見れば。
「良いか大事なのはな、混じり合ってはならない旧世界と新世界の狭間にある第三世界が、簡単にあいつらをコッチの世界に侵入させちまう程の脆弱な世界だって事だ。分かるか? クッション材がまったくクッションらしくないから、現界人から神人になろうとしている“まだ”普通の人間が襲われちまうんだ」
 本来、第三世界とは旧世界から何らかの方法で脱出したあいつら――妖恨を一時的にでも食い止める空間でないと、創造神がクッション材として生み出した価値がなくなる。
 しかし、その仕組みが上手く機能していない事は今回の一件で結希にも理解出来たので顎に指を当て考える仕草をする。
「意外と神様も適当なんだね、旧世界なんて消しちゃえば良いのに」「かっかかかかか、消すどころか惨めにも瀕死だったんだぜ? レッドゾーンとグリーンゾーンを脆い壁一枚間に隔てただけで再構築しちまった無能な神様だからな~世界なんて丸でも三角でも四角でも、俺らが分かりやすけりゃなんでも良いだろ」「え、ちょっと待って、神様が瀕死? そう言えば、邪妖眸? ってなに? そもそも、世界を再構築して神人を生み出した原因ってなに?」「ふむ、神の話も宿敵の話もこれからゆっくりしてやろう。じゃが、今はこの世界のあり方から覚えるのが先じゃ、まだ神人として生まれたてのお主は使命の事は気にするな」「は、……はい」
 神と邪妖眸。一番肝心な事実関係が曖昧にされる。それはつまり結希がそれらの因果を知ったところで何も出来ないと、仁が直接口で言っているのと同じ意味を持つ。
「焦るなクソガキ、“まだ”新世界にも行けないお前が、このくだらない戦いの真理を知ったところで捨て駒にもならん。マンマと馬鹿どもに踊らされ惨めに死ぬだけだ」「先ずは己のおかれた状況をよく理解し、自分が何をどう出来る様になって、神人としてどうすべきかを順々に見つけていくのじゃ。それが出来れば“また”新世界で生活出来る」「またって、元の世界に行けるの? 菜月に会えるの?」「現界人としての神寺結希はその姿もデータも抹消されちまったが、お前の素質と努力次第では、早くて十年、新世界にも行けそこに住める神人になれるかもな」「現にこやつは新世界でも隠密活動をしているのじゃ」「ホント? やったー! やったー! 神人になっても帰れるんだ!」
 思いがけない吉報とはまさにこの事だ。
 それがあまりにも嬉しい結希は十メートルもの跳躍をし四方を囲むフェンスの一角に着地すると何回も何回も「やったーやったー」と歓喜を叫ぶ。その視線の先に見える世界の空が漆黒の闇でも、病院の屋上で、しかもフェンスの上で大声を上げる自分を、地上の人々が無関心でも叫び続ける。
「馬鹿が、そんな非人間的な動きをしてちゃー新世界には行けないぜ」「聖明を制御出来る様にならん事には、新世界で現界人を装い彼らの生活を守る事は出来んぞ」「そっか、こんな人間離れした動き人間には出来ないもんね。人間なのに人間じゃないんだ……」「それほど難儀なものじゃ神人とは」
 漆黒の空が地平線のどこまでも広がり、その下で“普通の”人間達は普通に平穏な生活を当たり前の様に普通に過ごしている。まさか、自分の隣で神人が武器を構え大鎌を振り回す化け物相手に日々死闘を繰り広げているなど、彼ら普通の人間では想像も出来ない。
「かっかかかかかか、知らない方が良いって事もあるってか? 皮肉なもんだぜ~アホガミ様よ」「時に真実とは残酷であり、虚偽が世界を守る事もあるのじゃ。結希、この世界を守りたいのであるなら、己を捨てる覚悟をもて」「……」
 今まで自分が何気なく住んでいた世界、何も考えず何もしなくても常にその手の中にあった幸せは、魔王様や下品な烏に守ってもらっていた余にも儚い虚偽で出来ていた。それを知ってしまった結希は何も言えなくなってしまう。
 全てとは言わないが、結希は少なからずスポーツをしている時だけは、己の力でそれら至福の時間を勝ち取ったと信じていた。だから、それを根底から覆させられた今となれば、自嘲的な笑みを浮かべ下界を見つめる。「かっかかかかかか、そんな顔するなクソガキ。それでもお前の人生は幸せだっただろ? どんな理由があれど、ここに映るお前は幸せだったろ違うか?」「なんでこの写真が? どうして?」「ワシが頼んじゃのだ。結希が第三世界に入る前に、どうしても現界人として生きた証を遺してしてやりたくての。大きなお世話だったかの?」
 笑みに哀愁を漂わせる結希の目の前に、一枚の写真がエシキの嘴に銜えられ差し出された。
「そんなこと、そんなことないです……、お師匠様ありがとうございます」「気休めかもしれんが、結希が頑張れば頑張るほど愛する人々の幸せが守られるのじゃよ」「はい」
 涙がこみ上げてくる結希の頭を仁は出来るだけ優しく温もりを与えられる様に撫でる。それを結希は、大切な家族と恋心を抱いていた菜月が映る写真を綺麗な額に当て涙しながら甘んじる。
「ん? これは千日紅の花びらじゃな?」「おお、ココには珍しい花がどうして結希の頭についてるんだ?」
 聞きなれた花の名に思わず結希は顔を上げた。
「ああ、菜月がその花束を持っていたからあの時に」
 結希が遠い眼をし言うあの時とは、自分の存在が消えた事を菜月の言葉で知らされた思い出したくもない廊下での出来事である。
「ふむふむ」「かっかかかかかかか」
 それをどこかで見ていたであろう二人が、突拍子もなく笑い声を押し殺し始めた。
「何が可笑しいんですか? 僕がどんな気持ちで菜月と決別したか二人なら知ってるでしょ? なのになんで笑うんだよ!」「永遠の愛だクソガキが」「愛じゃよ結希」「は?」
 憮然とし口調を強める結希にこれまた思いがけない言葉が二人から返ってきた。
「千日紅の花言葉は変わらぬ愛情じゃ。彼女もまた結希を好いていたのじゃな」「かああああああああかっかかかか、嫌だ嫌だ! クソガキ同士が愛し合っているだと! あああああああ世も末だね! 二人で第二の人生歩もうってか? お蔭さまでその相方がこうしてめでたく人間辞めちまってるぜーはあああ嫌だいやだあああ」「な、なに、なななな、何言ってるんだよ! そんなの分からないじゃないか!」
 強面で鋭い眼光を放つ魔王様が真顔で結希にとっては恥ずかしい事をサッラと言い、その肩の上では親友に彼女が出来た事を妬ましく思う少年の様にエシキが意味不明な嫌味を吐き出す。
「いくら神人に目覚めたといってもまだクソガキ、恋は早すぎるなあああ」「ほほほ、もしかしたら十年後に“運命”の再会が出来るかも知れんの」
 顔を真っ赤にする結希をからかうどころか本気で冷やかすのである二人は。
「なんだよ……お師匠様まで」
 ――殺伐とする第三世界での生活を考えれば、たかが恋愛されど恋愛。誰かを想い、誰かに想われているだけで生きる希望が湧くものじゃ。例え結希の存在を忘れてしまっていても愛だけはそう容易く消せるものではない。
 ――愛だ? 恋愛だあ? 羨ましいじゃねーかコンチキショー!
 若人の青春に二人は様々な思いを抱き、特にエシキは心の中で地団駄を踏む。
「強くなって彼女を迎えに行け」
 仁は照れ隠しもしないで真剣過ぎて怖い程の表情で結希へとそう言い放った。
「菜月」
 仁から千日紅の花びらを受け取った結希はその名を噛みしめる様に呟く。
「お師匠様、僕を強くしてください! 必ず新世界に戻って菜月と再会したい! 例え忘れられていてももう一度だけ話がしたいから」「良い瞳じゃ、ワシの修業は修羅より辛いが覚悟するのじゃぞ」「はい」
 世界から外れてしまった少年の瞳を、それを防げなかった二人が見つめ、
「かっかかかかか、どうせ死ぬな好きな女のいる世界でしにたいわな。どこまで生きられるかこの俺様が見届けてやるよ」「それならついてくるのじゃ」
 先にエシキが例の如く下品な笑い声を発し聖明を纏い空へと飛び立ち、その後に続いて仁がフェンスへと軽々と飛び乗ると結希に手を差し伸べる。
「どこに行くんですか?」「言ったでじゃろ、結希を強くすると。じゃから、特別な場所で修業をするぞ」「特別な場所で修業をする。――はい!」
 傷跡もなく血色の良い掌と傷だらけの手甲に守られる掌が強く結びつき漆黒の天へと飛び上がる。
 翼もないのに空へと昇る仁に身を任せ飛行する結希は、今日より神人となった。自然の法則を簡単に凌駕し小鳥と同じ高さで地平線の彼方へと師匠に手を引かれ向かう。
「そういえば、もし元の世界に帰りたいって言ったらどうなってたんですか?」「ん、ああ、聖法教会が作った強制収容所へ連行されて自我を消されるところじゃった」「え、神のご慈悲で帰れるんじゃ……」「バーカ、こんな化け物みたいな力に目覚めた奴を野放しに出来るかよ。それに、天才でもない限り新世界へ自力で帰れる奴は皆無、どっちにしろ人として死ぬだけだな」
 二人の前を先行して飛ぶエシキがふざけているのか真面目なのか分からない声色で恐ろしい事を言う。
「じゃあ、これでよかったのかな?」「自我を失い、それこそワシみたいな魔王が出てくる仮想世界の住人に成り下がるよりは、命を懸けて好きな娘を守る方が男として本望じゃろ」「……」
 あの蒼天の空間で、もし仁の言葉を忘れ元の世界にも戻りたいと自分が言っていたら――その先を考えるのが怖くなった結希は、それ以上は一考する事を放棄し何も言わずゴマツブの様に小さくなった人々をただ見つめているだけだった――。

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