純白の女神×漆黒の剣士と七色の奇跡

神寺雅文

第一章―抹消×新生9

「痛い! 本当に痛いって!」「聖明を纏えこのクソガキ! 新世界からも第三世界からも消えたくなければ、この俺様の攻撃を防いでみろ!」「ちょっ、まだちゃんとした説明だって受けてないのに無理だよ!」「かっかかかかか、今度のガキは答えを見ながらじゃないと問題が解けない低能なのか?」
 会話だけを聞いていれば不仲な子供同士がじゃれ合っている様に聞こえるが、患者服を着ている結希の身体からは鮮血が飛びエシキの嘴が紅く染まっている。
「なんだと! 好い気になるなよ! この馬鹿鳥!」「この、クソガキがあああああああああ」「ば、馬鹿鳥いいいいいいいいいいい」
 不思議な力である聖明を纏いし二人が、拳と嘴でぶつかり合おうと大声を出し急接近する。
「これこれ、この辺で終いにするのじゅ二人とも」
 そんな二人の間に、突風が吹いた様に割り込んだ魔王様が、血塗られた拳と嘴を掴み取り、血気盛んなそれぞれの瞳を持ち前の眼光で一睨みする。まるでアサシンが突如闇の世界から飛び出し標的を仕留める瞬間を、忠実に再現した様な風景であった。
「けっ、分かった分かったちょっと遊んでやっただけだよ」「は、はい」
 化け物である“奴”を意とも簡単に撃退した魔王様にハッキリとした殺意が孕んだ眼光を向けられたのだ。流石の神獣でも萎縮したのか素直に上空へと飛び上がる。結希は結希で熱を帯びる拳を解き深呼吸をして気分を落ち着かせている。
「すまんな、あいつは口も悪ければ短気で自意識過剰だが、戦闘技術、情報収集の腕は折り紙つきじゃ。しかしの~、素直に気持ちを表現できないのがたまに傷じゃ」「見れば只者じゃないのは僕でも分かる。でも、不器用過ぎるよ、本当に殺されると思った。本当に痛かったんだよ?」「あれがエシキなりの鍛え方なんじゃよ。聖明を纏わないから怪我をするんじゃ、しかしな――」
 身体全体を包み込む黒衣を魔王様が大きく広げて風で靡かせると、結希の紅い拳を手首から掴み丁度良い視線の高さまで持ち上げた。
「見てみるのじゃ。これが神人の力、もとい聖明の力じゃ」「え、す、凄い……水が蒸発する様に血も傷も消えてく」「エシキの聖明と結希の聖明が混じり合ってその分回復が早いのじゃよ」
 鋭利な嘴で抉られ骨まで露出していた甲の傷が、軽傷の部分から水分が蒸発するのと同じ様に簡単に消えていく。それも顔から肩口まである広範囲に亘る傷が痛みもろ共癒えていくのである。
 エシキがこれを見越して無茶な攻防を結希に強いた事を、長年相棒をしてきた魔王様だからこそ見抜き、上空を優雅に飛行する口が悪い神獣に何やら意味深な視線を投げる。
「魔王様、神人ってなんですか? 聖明ってなんなんですか? 僕はゲームの世界にでも迷い込んでしまったんですか?」
 そうとは知らない結希の身体は全身で鼓動し、あれ程熱くたぎっていた血脈が今では心地よい温度になって肉体を流れている。
 それが不思議でならない結希が生まれ変わった全身を確かめながら魔王様に最終的な確認をする。
「ふむ、先ずは神人の事を説明しなければならんな。エシキ、アレを出すんじゃ」
――今度は何なのが始まるんだろ。
 結希は目の前の魔王様、頭上で下品な笑い声を上げ緩急を付けながら旋回するエシキを交互にみてまた深呼吸をし、話が終われば自分はもう普通の人間には戻れないと覚悟を決め生唾を飲み込む。
「へいへい、ホーリーカード、スタンバイオーケエエ? そんじゃいくぜー、ホーリーカード――アップ!」
 その覚悟を視線で感じた魔王様の命により、こちらもいつの間にか返り血が消えているエシキが聞きなれない言葉を乱列させながら急降下してきた。そして、一際大きな声でエシキが「アップ」と発言すると、猛禽類のその瞳が黄金色に輝き出し、そこが定位置なのか魔王様の肩に三本脚で着地し頭部前方から六芒星と魔法陣が出現した。
「俺様のこれを使うのが一番手っ取り早いからな。ジンの老人用とは比べ物にならないぜ」「ワシには最低限の情報だけで十分じゃ、高度な機器など脳を老朽化させるだけじゃなエシキ?」「何がいいてーんだ」「ふ、その若い頭で考えるんじゃな」
 変わらずの憎まれ口を叩くエシキの頭部全面に漆喰の艶めく手がかざされると、金色に輝くカードらしき発行体が出現し、それを魔王様が小鼻を鳴らし手に取る。
 黄金色に輝いているそれは、手の平サイズの大きさで形状は長方形に近い。色は半透明で結希からは魔王様の黒衣が透けて見えるほどで、輝きを無くせばそこには何も無い様に見えてしまうだろう。
 その自立して浮遊までする摩訶不思議な物体が魔王様の掌の上で静かに回転し、出番を待ち侘びている。
「ほれ、持ってみるんじゃ」「は、はい」
 それを魔王様が惜しげもなく、目を真ん丸にする結希の掌に短い放物線を描き投げ渡す。
「おい! 粗末に扱うな!」「新世界の法則とこちらの法則の違いを実感させるためじゃ、少しは落ち着け」
 たまらずエシキが声を荒げるが、漆喰煌めく手甲が眼前スレスレを横切り次の句を飲み込んでしまった。
 その隙に「ほれ」と急かされた結希は手中で回転する発行体を興味深々に見つめる。
「あ、エシキが映ってる」「正確に言うと、彫られているんじゃ。それはワシらが神人である証でもあり、自分を証明する唯一の身分証明書でもある」「へーそうなんだ、ちょっとエシキがカッコよく見えるな~」「かっかかかかか、太陽の化身である俺様くらいになると肖像画でも魅力が溢れちまうのさ」
 それは重力も感じなければ質感もない。指で挟む前に自立して結希の掌を浮遊している。
 黄金色に輝くそれを太陽光に透かして再度見ると、そこには両翼を広げキザなポーズを取るエシキが映っていた。それだけでもそこに映る人物が、特別な存在である事が伺える精巧な彫刻で立体的に描かれている。
「聖法教会の科学者が百年かけて作り上げた代物で、なんでも出来る便利道具だ」「制限規制は解除済みじゃ、それを額に当てれば知りたい情報が無限の頭に入ってくる」「う、うん」
 言われるがまま目線の高さに戻した発行体を結希は額にかざす。
「うわああああああ」
 すると、結希にとって初めて見る二対の聖杯がカチンと脳裏でぶつかり合い、結希身体ごと発行体の中に吸い込まれてしまった。
 神人、聖明、新世界、旧世界、第三世界、聖法教会せいほうきょうかい。今までただの屋上が映っていた視界が、果てなく広大な蒼天だけで構築された異空間に変わり、そこには聞きなれない、見慣れない単語が無数に浮遊している。
 どれも現代社会には存在しない語句であり、どれも結希が知るべき情報である事は明白だった。
「手始めに“神人”から触れろ」「なに、恐れることは何もない」「う、うん」
 姿は見えないが魔王様もエシキも近くにいるらしい。発行体の持ち主であるエシキに従い結希は一番近くで発行していた“神人”に歩いて近寄りおっかなびっくり触れる。
 すると、蒼天の空間が雷鳴轟く漆黒の世界へと一変し、中央部分に人影を映し出した。
「あ、魔王様だ! やっぱりカッコいいな~」
 そこでは“奴”と対峙している魔王様の雄姿が鮮明に映し出されている。もちろん、それは過去の映像であり、実際の魔王様は意外な褒め言葉とやらせ感が否めない、その作られた映像を見て遠くの方で何かをエシキに向かってぼやいている。
「神人――神の子、神の末裔、神の子孫。神が邪妖眸じゃようぼうを監視し、いつの日か討伐する為に、新世界の番人、旧世界のゲートキーパーとして現界人達の中に生み出した異端児的存在である。生誕は現界人と同じであり人間らしく成長していくが、ある日を境に妖恨が見える様になり、新世界からこれまでの功績も記録もありとあらゆるデーターが抹消される」
 感情を感じない無機質な女性の声が“神人”の概要を淡々と説明をする。
聖明せいみょうと呼ばれる、特殊なオーラを駆使して妖恨と戦う。彼らの使命は、その命が、その身が朽ちるまで新世界を死守する事である」
 その説明に合わせ映像が人でごった返す休日の駅前と、同一現場で蒼い閃光を繰り出す魔王様の姿が悲観を煽る為に重ねて映る。
「もはや元の現界人には戻れない運命であり、それを当事者が望んでい様が、望んでいまいが、命を懸けて現界人を守るのが神人である」
 魔王様と同い年くらいの男性が孫と手を繋ぎ談笑しながら、上段で日本刀を構える魔王様の前を通り過ぎる。
「だが、決してそれは“英雄”でも“ヒーロー”でもない」「え……かっこいいのになんで?」
 平穏に暮らす人々の陰で命を懸けて“奴”と死闘を繰り広げる魔王様を、手に汗握りながら応援していた結希と、正反対な言葉が女性の声で告げられ周囲の空気が冷える。
「妖恨が狙うのは我らであり、聖明を持ちえない現界人はただ我らのいがみ合いに付き合わされているに過ぎない。現界人からしてみれば、見えない隣人達が勝手に殺し合いをして、勝手に自分たちの安寧を脅かしているだけに過ぎないのだ」
 確かに抑揚を感じない口調で話す女性の言う通りである。映像を見る限り現界人と呼称される一般市民には、魔王様も“奴”も見えていない。決して誰かが映像編集して魔王様や“奴”をその場に合成した訳ではない。戦闘はそこで確実に行われている。
 それにも関わらず、凄まじい閃光を出す日本刀を振りかざす悪の帝王が駅前を縦横無尽に駆けていても、禍々しい殺気を放つ“奴”が大鎌を地面に叩き付けアスファルトが粉塵を上げても、周囲の人間達は無関心なのだ。
 まるでそこにいる人間達が実態のない映像であるかの様に、火花散らす鍔迫り合いをする二者を数えきれない人々がすり抜けていく。
「恨まれる事はあれど、感謝される事は間違いなくない。それが神人の戦い」
 子供の夢と希望を踏みにじる説明が、不自然な間を置き一旦停止する。
「そんなことない!」
 この巧妙に出来た空間を誰が作ったかは知ったことでない。人知を超えた特殊体質も技術も認めるが、結希は拳が勝手に震え出すほどの怒りを、淡々と劣悪な説明をした女性に覚えた。
 普通なら自分達を少しでも美化するのが人間である。例えそれが神の子でも、普通の人間であった時期があるなら、ここまで神人を蔑んだ様な説明をするなど考えられなかった。ましてや、これからその異端児として生きていかなければならない結希に、それを躊躇わせる女性の声は冷酷非道であった。
「これを見てもまだ神人に希望を抱けますか、神寺結希」
 ――まったく、相変わらず酷な試練じゃな。わっぱの綺麗な心をどこまで試すつもりじゃあの老いぼれ達は。 結希の怒気を感じたのか、女性の声に微力な変化が起き、それをどこかで聞いている魔王様がこの空間の無情な仕打ちを呆れた。
「な、菜月……これがなんだって言うんですか!」「神人など異端児が存在しなければ、貴方はこの娘のいつまでも生きられた。中学生らしく青春を謳歌出来た。今なら引き返せる、如何しますか神寺結希」
 魔王様と“奴”の戦いがフェイトアウトすると、今度は応援席から結希に声援を送る菜月の映像が映し出された。 それは姑息な方法であり、若干声に人間味を帯びてきた女性が菜月の笑みを見て怯む結希を畳み掛けた。甘い誘いをこのタイミングで仕掛けてきたのだ。
「今なら、まだ、戻れる?」
 自分に問いかける様な独り言が、勝利にわく歓声と菜月の自分の名を呼ぶ声にかき消される。
「無能な神人が遅れなければ、神寺結希はこちら側に来なくて済んだのです。今回は神の御慈悲で元の生活に戻して差し上げます」
 別に結希は望んで神人になりたい訳ではない。世界から存在を抹消され片思いをしている子を忘れてまで“奴”と戦う義理は結希にはない。魔王様が自身で言う様に、神人がもっと早く助けに来ていればこんな事態にはならなかったかも知れない。
「じゃあ、」
 菜月と神人を天秤にかけられたのだ。結希の心は揺らぎ元の生活を取り戻そうと、甘い言葉に飛びつこうとした。
「アツっ――いや、待って」
 だが、無意識に手で摩る項とその動かす手の甲にそれぞれ違う熱を感じた結希は、自分を守ってくれた魔王様の言葉を思い出した。
「貴女は嘘を付いてる。魔王様はワシを責めろと言いました。助けてくれたのに、恨めと言いました。それって僕がもう元の世界に戻れないからじゃないんですか? 助けた筈が、人間としては助けられなかったから、魔王様は僕にあんなにも優しく接してくれたんじゃないんですか?」
 真実を受け入れられず強がる自分を厳しく咎め、曇る心を晴らす為にあえて涙雨を降らせてくれた厳しくも優しい魔王様が、子供を誑かす様な卑怯な真似をするだろうか。
 もし仮に魔王様が正真正銘の悪の魔王だとすれば、エシキが言うアッチの気に目覚めない限り、それは絶対にないと結希は思った。思ったからこそ、ストレス解消を兼ねて力いっぱいに叫んだ。
「何が目的なんですか? 魔王様は僕の命の恩人だ、馬鹿にするな!」
 魔王様にも似た眼光が結希の幼い瞳に宿る。
「命の恩人? こんな化け物を街中に野放しに、善良な現界人を危険に曝しているんですよ? それでも許せるというのですか」
 女性の声に合わせ空間が逃げ腰で必死に路地を走る結希の姿を厭味ったらしく目一杯映す。
「僕は神人です、ヨウコン? から狙われるのは当たり前なんでしょ? どうしてそんな当たり前の事を、あえて人を試すように聞くんですか?」
 生まれたての小鹿の様に手足を振るわせミニバンを乗り越えようとする自分を自嘲気味に見つめ、結希は開き直ったとも言える大口を見えない女性に叩く。
「脳が潰れる音はどうでした? 痛かったでしょ? 悍ましい瞬間でしたでしょ? それでも貴方は我々を恨まないのですか?」「不愉快な音で、走馬灯を見る暇もないほど事が終わるのは一瞬だったよ。今、僕は生きてるそれだけで良い、また魔王様に怒られるかもしれないけど、僕はこれでよかった」
 その言葉に力を入れる為に結希が利き足の踵を前方に大きく前進させると、地面が存在しない裸足の足元に白波の波紋が広がりまた映像が切り替わる。
 それが誰の意志で映し出された映像だとイチイチ説明するのも滑稽であり、
「僕にとって魔王様はヒーローです! それだけは絶対に否定させないよお姉さん!」
 結希にとって漆黒の黒衣を身に纏い刀一本で恐怖に怯える自分を“奴”の大鎌から守ってくれた魔王様は、誰にどう言われようが英雄その者であった。だから結希は、拳を頭上に突き上げ挑発的な態度を取ったのであった。

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