幽霊な僕と幽霊嫌いな君と

神寺雅文

第二談 トイレのフランソワーズさん4

「これよ! これをまっていたのよあたしは!」
 その者、純白のドレスを纏い不浄の空間で大量の粒あんを貪る。
「やっぱり丸々一本を丸かじりするのが粋よね! ナイフ、フォークなんて邪道!」
 その者、金髪の長髪を靡かせ芋羊羹をうまい棒でも食すかの如く小さな口に押し込む。
 つまり、自称貴族を厳かにその者と呼称するが、そいつのエレガントなのは見た目だけで、好物を食べる姿は腹ペコの女児が見せるアレと同じである。これでは英才教育も、はたまた帝王学も学ばぬ似非貴族だと自ら公言しているのと変わらんぞ。
「やっぱりあんこは粒じゃね~、羊羹も芋の風味が抜群でほっぺたが落っこちてしまいそうじゃわ!」 口調に変化が生まれた。さすが自称するだけはあり気品ある貴族らしい白い肌を持っているが、これじゃ台無しだ。頬に小豆色のあんこがぶら下がっているのなんてお構いなしの食い意地を張っていて、こんなんじゃ自称でも貴族を名乗る資格はないな。
「よくそんなに食べられるな? 糖尿病になるわよ?」「空気を食べても満たされないのと一緒じゃ。あたしはね、甘味が食べられるなら闘病も辞さない気構えじゃよ」――例え糖尿病になっても食い続けるその意思には脱帽する。
 フランス人形。それがこの超甘党幽霊の第一印象であった。フリルが付いた裾の広い純白のドレスと、バレーシューズの様につま先が細い靴、どれをとっても、とてもじゃないが“花子”なんて名は不釣り合いであるし、ましてやトイレなんて付けられる容姿じゃない。
 だが、ティアラを頭に乗せたそいつは粒あんを懐に仕舞っていた漆喰が艶めく匙で美味そうに食べている。さっきまでのザマス口調を忘れて“素”で鈴宮司と対等に談笑しているのだ。
「あ、あの、いい加減説明してくれないか? あんたがトイレの――」「ん、んん! そうだったな。悪いがフラン、こいつに自己紹介をしてやってくれ」「ん? 主、人間か? それとも式神か? ま、まさか幽霊であるまいな?」「え?」
 よもや「人間か」と問われる事はないと思っていたから返答が喉に詰まる。それを見て暫定トイレの花子さんがもっと怪訝な眼差しを向けてくる。
「おぬし、奇妙じゃな。あの仕事熱心な澪が消さずに傍に置いていると言う事は、もしやかの有名なパートナーって言うやつかの?」「あ、え、鈴宮司、どういう事だ?」「ふんお前は黙っていろ。コホン、百年以上もこの土地を守ってきたフランでも瞬時には判断出来ないのか。多分、いや、幽霊だとは思うが、どうもこいつは他の奴とは違うんだ、それを確かめる為に今は生かしている」「ほう、」
 マリンブルーの瞳と純正の綺麗な黒目が四つ熱い視線を床に座ったままの俺に向けてくる。二人とも美貌だけは良い意味で人間離れしているから、そんなに見つめられるとスゲー恥ずかしい。出来れば、鈴宮司はゴミを見る時の色をその瞳から消して、そっちはあんこを食うのを止めてくれれば尚良しなんだがな、そうもいかない様だ。
「あたしからはまだ何とも言えんが、黒に堕ちたら厄介なのは間違いないぞ。そうならぬ為にも、主の名を聞こう」
 匙の柄に付いたあんこを艶めかしい舌使いで舐めとって言う例のトイレの花子さん。
「寺嶋、け、剣市だ」「寺嶋剣市? はて、どっかで聞いたことがある様な~?」
 ニタニタと笑いつつ自称貴族が下品な笑みのまま鈴宮司を見る。

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