幽霊な僕と幽霊嫌いな君と
第一談 奇人変人でも美人7
「く、くそおおぉぉぉー行けば良いんだろ!」
半ばやけくそだ!あれこれ考えても仕方がない。ここは思考を強制シャットダウンして聞き覚えの無い女性の断末魔の叫び声が、聞こえちまった暗黒スペースへと殴り込みを掛けた。
「止めてよ。私は子供に会いに来ただけなの! 悪い事はしてないわ」「黙れ。お前の様な残りカスは消えて無くなれば良い」「い、いやー悪いのはあの黒いもやもやのせいよ! だからそんな物で私を斬らないで」
そこでは――、ん~鈴宮司が何時もの奇行をしている。絶賛白銀に光る摸擬刀を抜刀して何も無い空間に振りかざすところだった。
可笑しいな、会話の相手の姿も形も見えないぞ? おい鈴宮司さん、そこで誰が危険オーラ全開の貴女に命乞いをしているんだ?
「“霊”など全てあの世に送ってやる」
おいおい、聞きなれぬ単語を何、清々しい表情で言ってんだ。なんでそこまで悪人面出来るのか問いただしたい。命乞いしてるんだから助けてやれよ……って誰をだ? 幽霊を? ははは、そんな馬鹿な話があるか?
「滅滅滅、斬霊蝉時雨れ――」
ここでも毒電波がバリ三で可笑しな呪文? と言うより電波語を唱えた鈴宮司が、微妙に人型に霞んだ空間を一線斬ると今だ姿を確認出来ない会話の相手が、
「最後にホノカの顔が見たかった……ウラムヮョ――」
と微かに言い沈黙した。
「お、お前いまなに」「伏せろ薄らトンカチ!」「危な!」
俺の存在に気が付いたのか、突拍子も無くこちらに視線を投げた元祖毒電波女が、得体も知れない紙切れを漠然と訳も分らず立ちすくんだ俺の顔面へマジシャンのトランプ飛ばしよりも遥かにキレのある手首のスナップで投げてきたので、カエルの様に地べたに平伏す。
「このバカをどうするつもりだ! 単なる単細胞を殺してもお前は解放されないぞ!」
今日の鈴宮司は良く喋るがその分毒も相当吐く。
おいおい、俺の背後に何がいるって言うんだ。その表情はモザイクモノだぞ。
「何すんだアホ!」
地面スレスレの位置から鈴宮司のシャープな顎を眺めつつ、自分の背後に生き物では無い何かの気配を感じている。 摸擬刀を下段に構えほっそい指にまた謎の紙切れ挟んだ今までに無いほど真剣で、
「この異様な寒気はなんだよ! 一体何がおきてるんだちゃんと説明しろ!」
でもやっぱり般若面した鈴宮司に状況説明をさせたい俺。
「ワレ恨ミハラス、コイツオナジ臭イガスル」「お前の恨みはこんなヒョロヒョロを殺したとこで晴れんぞ。逆恨みの標的は私にしろ! これ以上人間を苦しめるな―【黒】が――」
おやおや。この状況でも俺は蚊帳の外ですか。俺の声は選ばれし者にしか聞こえない神託ですかおい。
そこに誰がいるんだ? 誰だこの不気味な声で怖い事言うアホわ。片言の日本語ってここまで過度だと滑稽に感じる。
「オ前ゴトキマッタンニナニガ出来ル。小娘一匹マモレヌオクリビトガ」「き、貴様! 何故それを知っている! まさか――」
鈴宮司の表情がツイっと強張り一瞬で俺の視界からフェイドアウト。鈴宮司の校則通りのスカートが強風で靡く音が頭上から後方へと流れていった。
「きさまあああああああ」
生臭い地面に這いつくばる俺を飛び越えた怖さ倍増した鈴宮司が、解読不能の怒号を背後で響かせるから、梅雨時の道路上で轢死したカエルが見せる体勢を模写したまま頭だけで後方を振り返る。
「人間ノ憎シミ悲シミホド脳髄ヲ潤スモノハナイ。オ前ノカタワラモ美味カッタゾ?」「よ、よくもユミを! 妹を!」
なんとま~俺の視界ないでは普段以上の鈴宮司の一人奇行が展開されている。
明らかに可笑しな会話を斬撃とそれをかわしつつ展開させるお二人さん(相手はいまだ目視出来ていないがね)。普段は顔色一つ変えないロボット女が、怒気で綺麗な顔を台無しにさせ雄叫びでもあげる様に絶叫している。
妹がいたのか? そんな話聞いた事が無いし、正体を現さない片言野郎は不気味な事を掠れ声で言い続けている。
それにしても、鈴宮司の向こう側で若干見える人型の黒い靄は何なんだ? それから声がするのは気のせいだよな? どう見ても俺が想像する血の気の多い片言で話す外人像からはその靄は程遠い存在だ。
「ぶっ殺す……」
スケ番刑事もビックリな脅し文句が炸裂。摸擬刀を乱雑に振り回す有様になった鈴宮司の口調が、とうとう女殺し屋のそれに変わった。
いよいよここまでくると電波さんとか奇人とかじゃなく、本当にどこか頭が病気なんじゃないかと疑ってしまう。
狭い体育館裏で、鈴宮司は黒い靄を血眼になりつつ刀を振り回し追い回す。俺を背後に背負う時もあれば、靄を挟んで向かい合う時もある。その都度、黒い靄は靄で瞬間移動をして斬撃を回避し立ち位置を変え不気味に笑い声を発し続けている。
「ソノ程度ノ力デ人間共ヲマモレルト思ウナ」「かはっ……」「おい、大丈夫か? お前、さっきからなんなんだよ! 意味分からねーよ! お前は何者なんだよ?」「やめろ……こいつに話し掛けるな……」「フフ……、ワレガ見エルノカ。ヤハリオ前ガ、」
斬撃を煙の様に受け流していた得体も知れない浮遊物が、模擬刀を構えた鈴宮司に何かをした様で、摸擬刀が水平に斬り出された瞬間、鈴宮司がツタの絡まるフェンスにぶつかり成り行きで地面に崩れかけた彼女を俺が支える。
「ワレヲコンナ不粋ナ姿ニシタンダナ」「ああ、ぐぅぅはなセ」
初めて触れた鈴宮司の体温は高温だった。いや、それ以上に低温な黒い冷気が俺の首を絞めるからそう誤解した。
単なる水蒸気の集まりではこいつの証明が出来ない。首を絞めている靄には感触がありそれは氷で出来ている様な冷たさだ。
「こいつに触るな! お前の相手は私の役目だぁぁぁあぁぁぁー」
重力が職務放棄をして空中浮遊を始めて十秒、無感情主義が崩壊した鈴宮司は殺気を大放出させ稲光する模擬刀を有り得ないスピードで俺の首を締め上げる靄の腕部分に斬り込ませた。
「フハハハハハ、腕一本シカ斬リ落セナイノカ」
今度は手応えあり。黒い靄が綺麗に分断され地面に音もなく落ち、俺も地面に座り込む。
だが、斬り落とされた部分の主は、それでも余裕しゃくしゃくと言わんばかりに高笑いをしている。痛覚がないのかこいつ?
「なんで……、なんで私の攻撃が効かないんだ」
果敢に攻め立てる女剣士。俺を守るかの様に靄の前に立つ。
一体お前は何者で何と戦ってんだ?
「憎悪ハワシノ好物ダカラナ。小娘、貴様ニハワシヲ排除スルコトハ愚カ、コイツヲマモルコトモデキヌ」
模擬刀に叩き斬られた靄の一片が、地面を這いどす黒い本体へ合流して本来在るべき場所に到達すると不快音を出し見事にくっ付き、「斬撃のダメージはなし」と言わんばかりに鈴宮司を手招きしている。
「う……もうダメだ」
異臭が漂う空間に絶望が見えた。ここで俺は死ぬんだと悟った自分が情けなくなり俯く。あとはここまで力の差を見せつけられてもまだやる気の鈴宮司に全てを任せる。
「呪、結、殺、滅、悪、浄、」
まるでその期待に応える様に、どこからか仏具の音色が響き冷酷非道の声色で何かを唱え始めた鈴宮司澪。体育館裏の空気がそれに共鳴して波打ってるのを俺は感覚で感じ取った。
「コレハ……、貴様モヤツラノ仲間カ」「師匠がいなくともここは私が守る」
より強く空気が揺れる。
「イイダロ。今回ハ挨拶ガワリダ、復活ハ近イカラナ――」「鈴術流退魔五封星――」
仏具の音色と鈴の音が再度共鳴した刹那、コケの広がる俺の視界が白く染まり不気味な笑い声はどこかに消えて行き、異臭と冷気も蒸発した様に消えてしまった。
「立て」「な、何すんだ放せ」
安堵するも束の間、今度は鈴宮司の代名詞である危険なオーラが俺の腕に巻き突き出口へと痛いほど力強く引っ張る。こんなにほっそい指なのにこんな握力があっていいのか?
「何故ここに来た? 二度と来るなと行ったはずだ。違うか?」
校舎に遮られた炎天下の光は心地よかった。のだが、目の前の後頭部が一切振り返ることなく凄まじく危険なニオイをかもし出しモノ申している。
「それはそうですが」
普段の八割増しでご立腹なのがわかり敬語になってしまった。まて、八割増しって明らかに計算が変だ。でも、ここは言葉遊びとして捉えてほしい。
「お前があそこに入るのが見えて気になっちゃって……まさかこんな事になるとは思わなかった。すまん、余計なお世話だったな」
いろいろ詰問したいところではあるが、第六感が危険を察知して先ずはご機嫌取りに徹する。
「そうだ余計なお世話だ! これまで私が内緒にしてきた事が全て水の泡になっただろ。こうなったらお前を殺して」 ゴゴゴゴゴゴ。
なんですかこの地響き。鈴宮司の怒りが大地と一体化したとでも言いたいのか。
俺を殺すって……、それじゃ元も粉もないだろ。一応俺を助けてくれたんだろ? あの薄気味悪い気体からさ。なのに、俺は駐車場に出てからも生きた心地がしていない。
「待て待て、そんな物を人間に向けるな! 俺を助けてくれたんじゃないのか?」
人間にバックギアが付いたらきっとこんな動きをするに違いない。
「黙れ。お前がここに来なけれ――」
と、もの凄い勢いで後退りする俺に使い方がある意味正しくも、現代の日本国では十中八九法で罰せられる摸擬刀を突き付ける鈴宮司が、不可解にも右斜め下を見て動きを止めた。
「だって仕方無いだろ! クラスメイトに危険が迫って――」
今だ! 隙をつき近くの車の陰へと隠れて殺人者と同じ目をする鈴宮司に好機一転で反論するが、
「ない! なんでないんだ! ここにあった護符はどこに行ったんだ……」
車体の陰からひょっこり顔を出すと、そこには明らかに動揺した鈴宮司が未駐車スペースで探し物ダンスを踊っていた。奇しくも、そこは黄ばんだわら半紙が貼られていたスペーズであった。
「もしかしてそこに貼ってあったぼろいお札のことか? それなら俺が剥がしちまったぞ?」「な、貴様―どこまで私の邪魔をすれば気が済むんだ! あれが無いとどうなるか分っっているのか?」「ちょ、鈴宮司さん落ち着いてください! 勝手に剥がれて体育館裏に飛んで行ったんだよ。分かってたら触らないから、不可抗力だから」「風で飛ばされる様なやわな代物じゃないんだあれは! この学園を悪霊から護る為の結界なんだぞカス! 消えろ阿呆!」
おいおい、悪霊から学園を護るだと? 年号が平成を迎えてもう二十数年も経つのにまだそんな非科学的な事を真剣な表情で言うのか。
「知るか! 悪霊なんて非科学的なモンを信じない主義なんだよ俺は」
あのボロ紙は護符と言うらしい。それと似た飛び道具を全力でそれから逃げる俺に投げる鈴宮司は至って真面目である。話がドンドン可笑しな方向に向かっている気がするのは、俺が目に見えるモノしか信じないタイプの人間だからか?
「それならお前“今日死んでも良い”のか?」「はあああああん? お前までそれを言うか?」
脳裏に二人の電波さんと女々しい親友の顔が過り立ち止り振り返る。
「はぁはぁはぁ……、あいつはお前を狙っているんだ。今日の放課後は絶対に一人で過ごすな! 良いか?」
たかが百メートル程追い駆けっこしただけなのに、鈴宮司は呼吸を乱し肩で息をしている。
「……」
考えろ俺。確かに平凡な俺が大変な奇怪現象にしかもこいつと遭遇したんだ。これはつまりどう言う事だ?
「た頼む、殺さないでくれ! 俺を殺してもお前が犯罪者になるだけだ」
こ―言うだ。俺はこのクラスメイトに今日の放課後に殺されるに違いない。
これで真実の糸が――
「ふざけるな! 本当に死にたいのか?」「へ、いや……それは鈴宮司さんが刀を仕舞えば済む事じゃ……」「まだだ。まだお前を殺す理由は無い」「まだってなんだよ」「良いから今日の放課後は絶対に一人になるな。死んでも一人になるな」
死んでも一人になるなって、鈴宮司澪チョイスの駄洒落ですか?
「真剣に聞け!」「ひ、すんません」「死にたくないだろ? なら、ちゃんと言う事を聞くんだ」
のど元に刃先を突き立てながら言う台詞じゃないだろ。しかし狂気に満ちたこいつを目の当たりにした以上は大人しく首を縦に振る事にした。
「左足が重くなったらその場から離れて人ごみに逃げろ。ゴミを隠すにはゴミの中と言うからな」
あはは、それはジョークですか? 本気ですか? どちらにしろやっぱりこいつは変人で奇人ですこぶる本気なんだろな。
「学園にいる時は私がなんとかしてやる。簡単な事だ、お前はただ何時も通りに違う分野の女からはモテル友と駄弁して家で寝ろ――」
勇ましく刀を鞘に納めそう言い残すと妖艶な黒髪は風に靡きながら遠ざかって行く。
ああ、なんとも解せぬなこの世界。小さくなる背中を見つめ親友が言っていたアドバイスを思い出し皮肉な愚痴を漏らす。
「性悪で口が悪い黒髪女はいたぞ。性格が見事に真逆で、あれおかしい泣けてきた」
猛暑が始まる日本の片隅で、俺は運悪くも鈴宮司と摩訶不思議な体験を共有し、あの鈴宮司からも本日死亡宣告を勧告されたのであった――。
半ばやけくそだ!あれこれ考えても仕方がない。ここは思考を強制シャットダウンして聞き覚えの無い女性の断末魔の叫び声が、聞こえちまった暗黒スペースへと殴り込みを掛けた。
「止めてよ。私は子供に会いに来ただけなの! 悪い事はしてないわ」「黙れ。お前の様な残りカスは消えて無くなれば良い」「い、いやー悪いのはあの黒いもやもやのせいよ! だからそんな物で私を斬らないで」
そこでは――、ん~鈴宮司が何時もの奇行をしている。絶賛白銀に光る摸擬刀を抜刀して何も無い空間に振りかざすところだった。
可笑しいな、会話の相手の姿も形も見えないぞ? おい鈴宮司さん、そこで誰が危険オーラ全開の貴女に命乞いをしているんだ?
「“霊”など全てあの世に送ってやる」
おいおい、聞きなれぬ単語を何、清々しい表情で言ってんだ。なんでそこまで悪人面出来るのか問いただしたい。命乞いしてるんだから助けてやれよ……って誰をだ? 幽霊を? ははは、そんな馬鹿な話があるか?
「滅滅滅、斬霊蝉時雨れ――」
ここでも毒電波がバリ三で可笑しな呪文? と言うより電波語を唱えた鈴宮司が、微妙に人型に霞んだ空間を一線斬ると今だ姿を確認出来ない会話の相手が、
「最後にホノカの顔が見たかった……ウラムヮョ――」
と微かに言い沈黙した。
「お、お前いまなに」「伏せろ薄らトンカチ!」「危な!」
俺の存在に気が付いたのか、突拍子も無くこちらに視線を投げた元祖毒電波女が、得体も知れない紙切れを漠然と訳も分らず立ちすくんだ俺の顔面へマジシャンのトランプ飛ばしよりも遥かにキレのある手首のスナップで投げてきたので、カエルの様に地べたに平伏す。
「このバカをどうするつもりだ! 単なる単細胞を殺してもお前は解放されないぞ!」
今日の鈴宮司は良く喋るがその分毒も相当吐く。
おいおい、俺の背後に何がいるって言うんだ。その表情はモザイクモノだぞ。
「何すんだアホ!」
地面スレスレの位置から鈴宮司のシャープな顎を眺めつつ、自分の背後に生き物では無い何かの気配を感じている。 摸擬刀を下段に構えほっそい指にまた謎の紙切れ挟んだ今までに無いほど真剣で、
「この異様な寒気はなんだよ! 一体何がおきてるんだちゃんと説明しろ!」
でもやっぱり般若面した鈴宮司に状況説明をさせたい俺。
「ワレ恨ミハラス、コイツオナジ臭イガスル」「お前の恨みはこんなヒョロヒョロを殺したとこで晴れんぞ。逆恨みの標的は私にしろ! これ以上人間を苦しめるな―【黒】が――」
おやおや。この状況でも俺は蚊帳の外ですか。俺の声は選ばれし者にしか聞こえない神託ですかおい。
そこに誰がいるんだ? 誰だこの不気味な声で怖い事言うアホわ。片言の日本語ってここまで過度だと滑稽に感じる。
「オ前ゴトキマッタンニナニガ出来ル。小娘一匹マモレヌオクリビトガ」「き、貴様! 何故それを知っている! まさか――」
鈴宮司の表情がツイっと強張り一瞬で俺の視界からフェイドアウト。鈴宮司の校則通りのスカートが強風で靡く音が頭上から後方へと流れていった。
「きさまあああああああ」
生臭い地面に這いつくばる俺を飛び越えた怖さ倍増した鈴宮司が、解読不能の怒号を背後で響かせるから、梅雨時の道路上で轢死したカエルが見せる体勢を模写したまま頭だけで後方を振り返る。
「人間ノ憎シミ悲シミホド脳髄ヲ潤スモノハナイ。オ前ノカタワラモ美味カッタゾ?」「よ、よくもユミを! 妹を!」
なんとま~俺の視界ないでは普段以上の鈴宮司の一人奇行が展開されている。
明らかに可笑しな会話を斬撃とそれをかわしつつ展開させるお二人さん(相手はいまだ目視出来ていないがね)。普段は顔色一つ変えないロボット女が、怒気で綺麗な顔を台無しにさせ雄叫びでもあげる様に絶叫している。
妹がいたのか? そんな話聞いた事が無いし、正体を現さない片言野郎は不気味な事を掠れ声で言い続けている。
それにしても、鈴宮司の向こう側で若干見える人型の黒い靄は何なんだ? それから声がするのは気のせいだよな? どう見ても俺が想像する血の気の多い片言で話す外人像からはその靄は程遠い存在だ。
「ぶっ殺す……」
スケ番刑事もビックリな脅し文句が炸裂。摸擬刀を乱雑に振り回す有様になった鈴宮司の口調が、とうとう女殺し屋のそれに変わった。
いよいよここまでくると電波さんとか奇人とかじゃなく、本当にどこか頭が病気なんじゃないかと疑ってしまう。
狭い体育館裏で、鈴宮司は黒い靄を血眼になりつつ刀を振り回し追い回す。俺を背後に背負う時もあれば、靄を挟んで向かい合う時もある。その都度、黒い靄は靄で瞬間移動をして斬撃を回避し立ち位置を変え不気味に笑い声を発し続けている。
「ソノ程度ノ力デ人間共ヲマモレルト思ウナ」「かはっ……」「おい、大丈夫か? お前、さっきからなんなんだよ! 意味分からねーよ! お前は何者なんだよ?」「やめろ……こいつに話し掛けるな……」「フフ……、ワレガ見エルノカ。ヤハリオ前ガ、」
斬撃を煙の様に受け流していた得体も知れない浮遊物が、模擬刀を構えた鈴宮司に何かをした様で、摸擬刀が水平に斬り出された瞬間、鈴宮司がツタの絡まるフェンスにぶつかり成り行きで地面に崩れかけた彼女を俺が支える。
「ワレヲコンナ不粋ナ姿ニシタンダナ」「ああ、ぐぅぅはなセ」
初めて触れた鈴宮司の体温は高温だった。いや、それ以上に低温な黒い冷気が俺の首を絞めるからそう誤解した。
単なる水蒸気の集まりではこいつの証明が出来ない。首を絞めている靄には感触がありそれは氷で出来ている様な冷たさだ。
「こいつに触るな! お前の相手は私の役目だぁぁぁあぁぁぁー」
重力が職務放棄をして空中浮遊を始めて十秒、無感情主義が崩壊した鈴宮司は殺気を大放出させ稲光する模擬刀を有り得ないスピードで俺の首を締め上げる靄の腕部分に斬り込ませた。
「フハハハハハ、腕一本シカ斬リ落セナイノカ」
今度は手応えあり。黒い靄が綺麗に分断され地面に音もなく落ち、俺も地面に座り込む。
だが、斬り落とされた部分の主は、それでも余裕しゃくしゃくと言わんばかりに高笑いをしている。痛覚がないのかこいつ?
「なんで……、なんで私の攻撃が効かないんだ」
果敢に攻め立てる女剣士。俺を守るかの様に靄の前に立つ。
一体お前は何者で何と戦ってんだ?
「憎悪ハワシノ好物ダカラナ。小娘、貴様ニハワシヲ排除スルコトハ愚カ、コイツヲマモルコトモデキヌ」
模擬刀に叩き斬られた靄の一片が、地面を這いどす黒い本体へ合流して本来在るべき場所に到達すると不快音を出し見事にくっ付き、「斬撃のダメージはなし」と言わんばかりに鈴宮司を手招きしている。
「う……もうダメだ」
異臭が漂う空間に絶望が見えた。ここで俺は死ぬんだと悟った自分が情けなくなり俯く。あとはここまで力の差を見せつけられてもまだやる気の鈴宮司に全てを任せる。
「呪、結、殺、滅、悪、浄、」
まるでその期待に応える様に、どこからか仏具の音色が響き冷酷非道の声色で何かを唱え始めた鈴宮司澪。体育館裏の空気がそれに共鳴して波打ってるのを俺は感覚で感じ取った。
「コレハ……、貴様モヤツラノ仲間カ」「師匠がいなくともここは私が守る」
より強く空気が揺れる。
「イイダロ。今回ハ挨拶ガワリダ、復活ハ近イカラナ――」「鈴術流退魔五封星――」
仏具の音色と鈴の音が再度共鳴した刹那、コケの広がる俺の視界が白く染まり不気味な笑い声はどこかに消えて行き、異臭と冷気も蒸発した様に消えてしまった。
「立て」「な、何すんだ放せ」
安堵するも束の間、今度は鈴宮司の代名詞である危険なオーラが俺の腕に巻き突き出口へと痛いほど力強く引っ張る。こんなにほっそい指なのにこんな握力があっていいのか?
「何故ここに来た? 二度と来るなと行ったはずだ。違うか?」
校舎に遮られた炎天下の光は心地よかった。のだが、目の前の後頭部が一切振り返ることなく凄まじく危険なニオイをかもし出しモノ申している。
「それはそうですが」
普段の八割増しでご立腹なのがわかり敬語になってしまった。まて、八割増しって明らかに計算が変だ。でも、ここは言葉遊びとして捉えてほしい。
「お前があそこに入るのが見えて気になっちゃって……まさかこんな事になるとは思わなかった。すまん、余計なお世話だったな」
いろいろ詰問したいところではあるが、第六感が危険を察知して先ずはご機嫌取りに徹する。
「そうだ余計なお世話だ! これまで私が内緒にしてきた事が全て水の泡になっただろ。こうなったらお前を殺して」 ゴゴゴゴゴゴ。
なんですかこの地響き。鈴宮司の怒りが大地と一体化したとでも言いたいのか。
俺を殺すって……、それじゃ元も粉もないだろ。一応俺を助けてくれたんだろ? あの薄気味悪い気体からさ。なのに、俺は駐車場に出てからも生きた心地がしていない。
「待て待て、そんな物を人間に向けるな! 俺を助けてくれたんじゃないのか?」
人間にバックギアが付いたらきっとこんな動きをするに違いない。
「黙れ。お前がここに来なけれ――」
と、もの凄い勢いで後退りする俺に使い方がある意味正しくも、現代の日本国では十中八九法で罰せられる摸擬刀を突き付ける鈴宮司が、不可解にも右斜め下を見て動きを止めた。
「だって仕方無いだろ! クラスメイトに危険が迫って――」
今だ! 隙をつき近くの車の陰へと隠れて殺人者と同じ目をする鈴宮司に好機一転で反論するが、
「ない! なんでないんだ! ここにあった護符はどこに行ったんだ……」
車体の陰からひょっこり顔を出すと、そこには明らかに動揺した鈴宮司が未駐車スペースで探し物ダンスを踊っていた。奇しくも、そこは黄ばんだわら半紙が貼られていたスペーズであった。
「もしかしてそこに貼ってあったぼろいお札のことか? それなら俺が剥がしちまったぞ?」「な、貴様―どこまで私の邪魔をすれば気が済むんだ! あれが無いとどうなるか分っっているのか?」「ちょ、鈴宮司さん落ち着いてください! 勝手に剥がれて体育館裏に飛んで行ったんだよ。分かってたら触らないから、不可抗力だから」「風で飛ばされる様なやわな代物じゃないんだあれは! この学園を悪霊から護る為の結界なんだぞカス! 消えろ阿呆!」
おいおい、悪霊から学園を護るだと? 年号が平成を迎えてもう二十数年も経つのにまだそんな非科学的な事を真剣な表情で言うのか。
「知るか! 悪霊なんて非科学的なモンを信じない主義なんだよ俺は」
あのボロ紙は護符と言うらしい。それと似た飛び道具を全力でそれから逃げる俺に投げる鈴宮司は至って真面目である。話がドンドン可笑しな方向に向かっている気がするのは、俺が目に見えるモノしか信じないタイプの人間だからか?
「それならお前“今日死んでも良い”のか?」「はあああああん? お前までそれを言うか?」
脳裏に二人の電波さんと女々しい親友の顔が過り立ち止り振り返る。
「はぁはぁはぁ……、あいつはお前を狙っているんだ。今日の放課後は絶対に一人で過ごすな! 良いか?」
たかが百メートル程追い駆けっこしただけなのに、鈴宮司は呼吸を乱し肩で息をしている。
「……」
考えろ俺。確かに平凡な俺が大変な奇怪現象にしかもこいつと遭遇したんだ。これはつまりどう言う事だ?
「た頼む、殺さないでくれ! 俺を殺してもお前が犯罪者になるだけだ」
こ―言うだ。俺はこのクラスメイトに今日の放課後に殺されるに違いない。
これで真実の糸が――
「ふざけるな! 本当に死にたいのか?」「へ、いや……それは鈴宮司さんが刀を仕舞えば済む事じゃ……」「まだだ。まだお前を殺す理由は無い」「まだってなんだよ」「良いから今日の放課後は絶対に一人になるな。死んでも一人になるな」
死んでも一人になるなって、鈴宮司澪チョイスの駄洒落ですか?
「真剣に聞け!」「ひ、すんません」「死にたくないだろ? なら、ちゃんと言う事を聞くんだ」
のど元に刃先を突き立てながら言う台詞じゃないだろ。しかし狂気に満ちたこいつを目の当たりにした以上は大人しく首を縦に振る事にした。
「左足が重くなったらその場から離れて人ごみに逃げろ。ゴミを隠すにはゴミの中と言うからな」
あはは、それはジョークですか? 本気ですか? どちらにしろやっぱりこいつは変人で奇人ですこぶる本気なんだろな。
「学園にいる時は私がなんとかしてやる。簡単な事だ、お前はただ何時も通りに違う分野の女からはモテル友と駄弁して家で寝ろ――」
勇ましく刀を鞘に納めそう言い残すと妖艶な黒髪は風に靡きながら遠ざかって行く。
ああ、なんとも解せぬなこの世界。小さくなる背中を見つめ親友が言っていたアドバイスを思い出し皮肉な愚痴を漏らす。
「性悪で口が悪い黒髪女はいたぞ。性格が見事に真逆で、あれおかしい泣けてきた」
猛暑が始まる日本の片隅で、俺は運悪くも鈴宮司と摩訶不思議な体験を共有し、あの鈴宮司からも本日死亡宣告を勧告されたのであった――。
コメント