初めての恋

神寺雅文

告白の先に見えたあの日の約束95

「だから、みやびも自信もってやりなさいよね? 気持ちで負けるな! 大切なのはここよ?」

 テーブルを挟んで対面に座る奈緒が中腰になって僕の胸に手をかざす。触られた胸にじんわりと奈緒の体温が伝わってくる。

「うん、がんばってみようかな! ああ、じゃあさ、明日奈緒のこと撮っていい?」
「え、あたしを撮る? いやいや、何を撮るのよ?」
「演劇やってるところ!」
「絶対にダメ! そんなの恥ずかしい!」

 大げさに手で顔を隠す奈緒。動画の一本や二本で何が減るんだというんだ。

「減るわよ! あたしのプライドが! まだまだみやびに見せられるような演技できないもん」
「いいじゃん、練習がてらさ? それに、竜人には見せてるのに僕には見せれないってなんか嫌だ。僕だって奈緒の演技みたい」
「……ずるい、そんな顔されたら断れないじゃん。いいわよ、たまにだったら練習に付き合わせてあげる」

 一体僕はどんな顔をしていたのか。近いうちに奈緒の演技が見れるなら何度でもしてもいいが、もう一回できる自信はない。

「てか、今はあたしのことはいいとして、みやびのことが先でしょ?」
「ああ、そうだった。何がイベントでもあればいいんだけどね。 七月何かあったっけ?」

 七月っていえば――、僕が脳内の海馬から様々な記憶を呼び起こす前に奈緒が手を叩いた。

「あ、そっか! あるじゃないイベント!」

 何かひらめいたようだ。


「みやびの誕生日があるわ! 七月五日!」
「僕の? へんじゃないかな?」

 机に置かれた卓上カレンダーを手元に持ってきて奈緒とそれを見る。

「あたしはアリだと思うけど? それに、春香にもみやびのこと考えさせるチャンスだし、きっとプレゼントのこと悩んで朋希って子を買い物に連れ出して、それをみてジェラシー感じるかもよ相手の子」

 なんとも計算高い。そこまで考えたこともない。なんだか朋希に悪い気がする。

「そこよ、あんたのダメなところ。恋は勝負なんだから」

 女の子が言うのだから間違いないのだろう。そして続けてこうも言う。

「春香の誕生日は平日、きっと夜のライブで告白する気よ? あの、キラキラした照明の中で、好きな曲を聴きながら……、そんなのロマンチックすぎ。だから、先に先手を打つのよ」

 自分のことの様に力説する奈緒氏。先手を打つって言った時は将棋でも指すような動きをした。

 僕はその指先を追ってまたカレンダーに目を落とす。そしてなじみのある日付で目が留まる。

「奈緒も今年は平日だな。次の土曜日ちゃんと予定空けてある?」
「六月二十七日、金曜日……、もちろん予定はないわ。お祝いしてくれるの?」

 自分の誕生日を指でなぞる奈緒は、言葉通りにとても不安そうだ。まるで小動物にでもなってしまったかのように、頼りない瞳を僕に向けてくる。

「当たり前だろ? 放課後からお祝いする気満々だったぞ? ほら、奈緒あそこ行きたいって言ってたじゃん? 去年オープンしたえっとあれなんていう遊園地だっけ?」
「……ファンタジーランド。初めては春香と一緒の方が良いと思うけど……? 誤解されちゃうんじゃない?」
「毎年恒例だ。誤解も何もない。僕が行きたいんだ奈緒と。ダメ? なんだったらもうチケット取ってあるんだよね」
「……、ほんとあんたってやつは、あたしのことになるとどうしてそう行動的なのよ。あたし離れいつになったらできるのよ?」

 そんなことを言っていても口元は笑っている。親父に無理行って小遣いを前借したかいがあるってもんだ。奈緒のこの照れ隠ししている笑い方が僕は好きなのだ。

「じゃあさ、予行練習ってことにしよ? その日、みやび、自分でデートプラン考えてさ、あたしを満足させてみせてよ? どう、先に練習しておけば緊張しないでしょ?」
「なるほど、確かに何もしないで本番だと絶対に失敗する自信ある。それに、奈緒と行けばいい雰囲気の場所とか見つけられるかもしれないしね」
「うん、ちょっと計画的だけどスマートに春香をエスコートできればこの間のリベンジになるでしょ」

 水族館での出来事が思い出されて、お互いに苦笑いを浮かべる。

「絶対にあんなことにはもうならない」

 そうだ、惜しいところまでいっていたんだ。あと少しでってところまで来ていたことを思い出す。なんだか、勇気が出てきた。

「じゃあ、決まりね。六月二十八日、あたしの誕生日の翌日、みやびがあたしをで、で、デートに誘ってエスコートして、どこか良いところで告白してみなさい。あ、もちろん練習だからね? 例えばよ? でも、本気で考えなさいね? そして合格できれば、春香を誘ってみなさい」

 さすが奈緒の案である。反論する余地がない。相手は奈緒であり、変に緊張することもなく、ダメなところはしっかりとダメと指摘してくれること間違いなし。完璧な状態で本番に挑めるって算段だ。我ながら恐ろしいほど完璧な計画だ。

「……、これが最後、……楽しんでいいよね?」
「え、ああ、そうだな。告白が成功すればおいそれと奈緒と出かけられなくなるし」
「……」

 僕の言葉に奈緒からの返事はなかった。ポツリと零した言葉はどうやら独り言だったららしい。「これが最後」奈緒がどんな意味でその言葉を使ったのか分からないけど、僕にとってみればそれは春香とカップルになったことを考えたら当然な発言だと思った。 

「うん、楽しもう。みやび、悔いのないようにね」

 一人で自分の気持ちに区切りをつけた奈緒は、いつもと変わらない表情で僕を鼓舞する。そんな奈緒に乗せられ、僕は俄然やる気に満ちている。あと三週間しないうちに本番になるけど、それはあと数週間したら僕と春香がカップルになっている世界が到来することも意味しているのだ。やる気が出るに決まっている。

「あたしがみっちし指導してあげるから覚悟しなさい? みやびも手を抜かず雑誌でもネットでも使ってたくさん調べなさいよね」

 頼もしい限りだ。この小柄で小動物に近い雰囲気を醸しだす女の子に、僕は何度も助けられてきた。そして、なんでもそつなくこなしてきた。今回だって奈緒が手伝ってくれるんだ。失敗するわけがない。絶対に成功させてみせるんだ。そうやって意気込み、拳を作って気合を入れる。

この先――告白が済んだその先も、奈緒がいれば春香を喜ばせることがたくさんできる。この時の僕はそう思っていたし、そうなるんだと思っていた。なんだかんだ上手くやってきた実績があったから、僕は自惚れていたし、奈緒離れすることをすっかり忘れて目先のことだけに囚われてしまった。

「楽しみになってき」
「その調子その調子、自信もって」

 ダメな息子を鼓舞する母の様に、奈緒は僕にそう言葉を掛け続け、その言葉に溺れる僕は能天気にデートプランを考えていた。そして、そのまま時間は進んでその日は解散となったのであった。

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