初めての恋

神寺雅文

告白の先に見えたあの日の約束92

「今は演劇なのか? どうして先生諦めたんだ?」
「別に諦めたってわけじゃないわよ。今は演劇が楽しいの」
「竜人って男がいるから?」

 聞きたくなかったけど、朋希から奈緒を守る様に言われているので一応確認してみる。

「べ、別にそんなんじゃないわよ!」

 雑誌をめくる手が止まる。奈緒も奈緒で嘘が下手なのだ。耳が真っ赤だ。

「素直じゃないな~。別にいいじゃん好きなら好きっていえば」
「馬鹿!」

 雑誌が顔面目掛けて飛んできた。振り返りもしないでどうして僕の顔面の位置が分かるんだこの子。写真とは言え竜人とキスをしてしまった。

「なんで雅にそんなこと言われなきゃいけないのよ! 私が誰を好きになっても雅には関係ないし! 会って間もない友達のことを気にしてさ、告白もできない雅にだけはそんなこと言われたくない! 好きなら好きっていえばいいじゃん!」
「な、なんだよ怒ることないだろ……悪かったって茶化して」
「……ごめん。言い過ぎた、みやびもこの一週間頑張ったんだもんね」

 自由気ままな猫のように、天気がコロコロ変わる秋の空の様に、今日の奈緒は感情の起伏が激しい。来た時とは違いめちゃくちゃ気まずい空気が漂っている。

「僕も悪かった。でも、ほんと、もし好きな人がいるなら僕も協力するから」
「……うん」

 投げつけられた雑誌を拾い上げ元気のなくなった奈緒にそれを手渡す。写真の竜人と目が合いなんだかイライラしてしまう。

「演劇どうだったんだ? 楽しかった? 奈緒の話も聞かせてくれよ?」
「素直にプロってすごいんだなって思っちゃった。竜人さんだって普段はあんなに紳士的なのに役に入るとワイルドな大人の男性になるんだ。演技だって分かっててもドキドキしちゃった……」

 恋焦がれる少女の様に、竜人のことを語る奈緒の表情はなんとも乙女である。その姿を見て、梅先生の言葉が脳裏を過る――、奈緒の可能性は演劇にあるんだ。そして恋の可能性も。奈緒が女の子として幸せになれる可能性も。

 正直、本当は邪魔したい。あんな奴がこんな素直で女の子としても人間としても可愛い奈緒の想い人だって思うと気が狂いそうだ。壁を思いっきり殴ってもこの気持ちは解消されない。でも、僕らはただの幼馴染なのだ。僕なんかがしゃしゃり出て言い訳がない。

「……、がんばれ奈緒! 奈緒ならきっといい女優になれる!」

 だから、奥歯を噛みしめ、新たな一歩を踏み出そうとする幼馴染にエールを送ることにした。

「初めての恋」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く