初めての恋

神寺雅文

告白の先に見えたあの日の約束80


「ぜえ……ぜえ……、くそ、ちょこまかと逃げ回って……」「大丈夫か? 肩貸すぜ?」「すまん……」「ふふ、意外だな」「なんだよ? 変なこと言ったか俺?」
 肩で息をするほど疲れを露わにする朋希を見かねて、拒絶されることを前提に肩を貸すと思いのほか素直にそれに従ってきたので、笑わずにはいられなかった。それに対して朋希は怪訝な表情をするものの、本当に息が苦しいのであろうか体を離そうとまではしなかった。
「正直、僕らは敵対関係にあると思う。でも、今は同じ目標をもって行動している。これも春香の望んだことなんだと思うと、つくづく彼女には勝てないなって思ったらさなんかおかしく思えてきた。君も存外クルーに見えても春香のことになるとムキになるし」「まあ、確かにそれは言えてる。春香がいなければ絶対お前と話すことはなかったしこうして肩を組むこともなかった。いや、それは違うな、春香がいるから俺らは意識し合っているんだ」
 少しずつ朱を帯びてきた陽ざしの中を園児達が蜘蛛の子を散らしたように駆けずり回っているのを、僕らは肩を組み眺めている。春香が居なければ見ることもなかった光景、することもなかった会話、これもすべて春香がいたからであり、逆を言えば春香が居なければ僕らはこんなにも敵対心むき出しでお互いを意識することもなかった。
「正直認めたくないが、俺とお前は似ていると思う。悔しいけど、お前の気持ちは俺にも痛いほど分かる。どこから出てきたかも分からない男に大好きな女の盗られたくない気持ち、誰よりもあいつを知っているって想う気持ちも、無駄に張り合おうとする男気? まあ、そいうのが全部分かる。お前の言う春香を前にするとムキになるところとかもな」
 足を痛めたのか右足を引きずるように歩く朋希の頬に、少しだけ笑みが零れたのを僕は見逃さなかった。何が朋希の心境を変えたのかは分からないけど、本心を話してくれたお陰でほんの少しだけ寺嶋朋希と言う男のことが分かった気がする。
「春香が好きなのかやっぱり? 今回のことも春香が目当て?」「俺にとって春香はなくてはならない存在だ。ギターだってあいつがいたからここまで練習してこれたんだ。だから、見たことも聞いたこともない男に……いや、昔からずっと思い出話の中に出てくる“みやちゃん”と言う男に俺はジェラシーを感じていたのは間違いない。今回も、サッカー部の問題でお前がA組に現れてから心中穏やかじゃなかった。ついに現れたか! って戦々恐々としたな」
 何度もA組に足を運んだけど、朋希は毎回ギターを弾いていてなんの関心も示してこなかった。でも、内心ではそんなことを思っていたのか。今思い返せば、その姿が余裕しゃくしゃくと言わんばかりに気取っているとしか思えない。
 その時はあいつがまさか春香の幼馴染だとは思いもよらなかったけど。
「たぶん、僕らはお互いを勘違いしていると思う。そうだ、今夜僕んちに来ないか? 晩飯食べにきてくれよ、そしたらもっといろんな話が出来るかも知れない。てか、昔の春香の話し聞きたいんだ」「えらく今日は積極的だな? 良いぜ、この際だ二人で遊んで春香を驚かせてやろうじゃないか。どうせ、春香もそれを望んでいることだし、遅かれ早かれ和睦しないと今後に支障をきたすとは薄々感じていた」「じゃあ、さっさとみんなを捕まえて後片付けする?」「よ~し、どっちが多く捕まえたか勝負だ! 勝った方が先に春香に話掛ける権利を得ることとする!」「ちょ! なんだよされ! まてよ――」
 結果、どちらも勝者にはなれなかった。僕らがそんな会話をしているうちに飽きた子達が春香を囲んでお歌を歌い始めてしまったのだ。そしたら残りの子達もどんどん僕らの前から遠ざかっていき、気が付いたら園庭に残るのは苦笑いを浮かべる僕と朋希だけであった。
 小鳥遊春香の魅力には、男が二人掛かりになっても勝てないことを知ったその日、僕らは本当に菅野家で食卓を囲み、密室でしかも男二人だけでテーブルを一つ挟んだだけの至近距離で対面するのであった。

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