初めての恋

神寺雅文

告白の先に見えたあの日の約束08

「他にはぞ、ぞ、増大と変色が始まった時から第2次性徴に入ると言われています。精巣やい、陰茎が長大化、せ、精通の発生、ムセイ? やおなにー? を経験することがある。他にも声変わりや体毛が濃くなることも――」
 耐えた。女子からしてみれば魔のエロ単語の荒波を多少おぼつかない部分もあったが乗り切りやがった。なんて子だ。僕なら絶対にニヤニヤしてしまうし、結局大声出して笑ってしまう。現に、この前の授業の時は拓哉とニヤニヤしっぱなしでトミタ先生に怒られたばかりだ。さすが奈緒、と褒めるべきか。
 もしかしたらただ単純にそっち方向に疎いだけだったり、無垢なのかも知れない。僕の思惑とは裏腹に淡々と読み進めてしまう。
「女性は乳房が発達し始める頃から第二次性徴期に入ると言われている――」
 奈緒はそのまま女性の項目まで読み進め完読した。それなのに、まだこれが何なのか気が付かないのは、ここから先はまだ授業でやっていないことが原因だろうか。それとも、奈緒がこれをまだ使ったことがない証拠だろうか。まあ、後者だとしたら少しホッとしている僕がいる。なぜかわからないが、奈緒がこれを知らないことを心のどこかで望んでいたのだ。
「ねえ、いい加減教えてよ? 男女の体の違いと何の関係あるの?」
 純真無垢な生娘になんてことをしているんだ僕は。自分で自分を殴りたくなった。こんなにも素直な子を、僕は騙してその羞恥心を嬲ろうしていることに、自ら憤りを感じた。
 だから、自らの手で引導を渡すため、お目当てのページを僕が開くことにする。
「すまん奈緒、僕が悪かった。これだ答えは」
 これまた付箋の貼られたページを捲り、今度は「性行為」など男子高校生が大好きなWードがオンパレードの項目を指さし、そこにはこれと同じメーカーの避妊具の写真が掲載されていた。
「殴りたければ殴れ! おお、どこでもいいぞ! さあ、思う存分殴れ! いや、殴ってくれ!」
 奈緒の純情を弄んだ罰だ。どんな暴力をも甘んじて受け入れる覚悟はできた。
 僕の指先を見つめたまま黙り込む奈緒から距離を取って殴られる態勢を取る。
「そっか……、みやびも男の子だんもんね。こういうこと興味あって当然だよね」
 思いのほか返ってきた声に怒気はなく。むしろ、どこか寂しげと言うか変に落ち着きのある声色であった。
 拍子抜けだ。逆に恐ろしくなってきた。自分で自分を罵り、奈緒の怒りのバロメーターを刺激する行動を取ってしまう事態に。
「お、怒らないのか? 変態! って?」「だって、避妊は大事だよ? みやびはそんな無責任は男の子じゃないよね?」「お、おう! もちろん、使うさ、そうこれ、コンドームを!」「よかった。みやびがその辺だらしなかったらどうしようかと思っちゃった」
 母親ならまだしも、奈緒に貞操観念を心配されるとは思ってもいなかった。
「男の身だしなみってどこかの雑誌に書いてあるくらいだしな。奈緒だってその辺ちゃんとした男の方がいいだろ?」
 女の子になんてことを質問しているんだと言ってから気が付いた。でも、奈緒は好きな男のタイプを聞かれたような声色と口調でしっかりと返答したのだ。
「もちろん。その方が大事にされてるって思うもん。でも――」
 不意に奈緒が声を潜めた。

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