初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去65

「おい! 大丈夫か! 寺坊!」
 拓哉や他のチームメイトが蹲る寺嶋を囲む。僕も我慢できなくなり救護班の後を続き輪の中に入った。
「嘘だろ、寺坊! 冗談よしてくれよ! お前までこんな……」
 去年の秋にケガをした膝を抱え、低い唸り声を漏らし蹲る寺嶋に拓哉が縋り付く。まさかの結果に誰もが言葉を無くし茫然とするしかない。
「ダイジョーブ……だ、モンダイ…ない」「本当かよ? 変なコケ方してたぞ?」「……いつつ、またみやっちに助けられたよ」
 僕が助けた? そんなわけがない。僕はベンチから君の名前を叫んだだけだ。
「良く通るいい声してるんだよ。聞こえたぜ、あれがなければ交わせなかった」「そっか、回避行動を取ったから変なケコ方したんしょ?」「そういうことだな」
 一堂から安堵の声が漏れる。
「でも、わりー俺はここまでの様だ。今ので足首を痛めた」
 様子を見に来ていた田中監督が用意した担架に行儀よく寝ころぶ寺嶋。そして、意味ありげに徐に拳を天に突き付けた。
「拓哉、あと一点決めてこい。そしたら、俺達はもう大丈夫だ。お前抜きでも勝ち進む覚悟を決める」「オッケー、俺もこんな最高の仲間と一緒にプレイできたことを一生の宝物にする。寺坊、サッカー部のこと任せたぜ。早くそのケガ直して来いよ!」
 担架で運ばれ遠のいていく寺嶋が両手を天に突き出しお親指を立てた。代わりの選手がベンチから飛び出してきて、拓哉が先導して円陣が組まれる。僕もなぜだか組み込まれてしまっているんだが……。両サイドを三バカが囲んでいるってことはそう言うことか。
「みんな、俺の我儘にここまで付き合ってくれてサンキュー。先輩、俺の分まで鹿島レディオスで子供たちに夢と希望を与えてくださいっす」「たく……、お前がいなかったら俺は……、俺は……今日だって得点決めること……」「なに泣いてんすか、あそこで決められたのは先輩だからっすよ胸張って! それに、ここにいるいつものメンバーも、あそこで声からしてまで応援してるベンチに入れなかった皆だって全員が桜ノ宮学園のすげー奴らだと俺は思っています。俺や寺坊だけがエースじゃない、ここにいる全員が桜ノ宮学園のエースなんすよ」
 普段チャラいことを言いおどけているだけに、これは反則である。自分たちの絶対的なエースが「お前もエースだ胸を張れ」と言っているんだ。今年が最後の選手権になる三年生を筆頭に、これから拓哉抜きで辛い戦いを強いられるレギュラー陣が大粒の涙を流す。三バカなんて大声を出して泣いている。僕のジャージの裾で涙を吹くなっての。
「そして最後に、俺をここまで連れてきてくれた最高の友達を紹介します。菅野雅です。彼が居なければ俺はここにはいません。きっと、寺坊や三人とケンカ別れしたまま最悪の高校生活を送ることになっていたと思う」
 ボンと円陣の中央に突き飛ばされて拓哉と対峙する。予期せぬ事態に手汗が尋常じゃない。
「ありがとうな、雅。お前のお陰で俺は最高のサッカー人生を最高のチームメイトと迎えることが出来たぞ。こんな時に言うのもあれだが、これからもいままど通りよろしくな!」
 こんな状況校長先生だって予想していなかったはずだ。握手を求められ困惑してしまったが、拓哉の目は本気であるし周りからは「ありがとうみやっち」「ただの女ったらしじゃなかったんだな」「いい根性見せてもらったぜ」って感謝と称賛の声を投げられている。悪い気はしないので差し出された手を握り返してこう反論してやった。
「こっちだって真田拓哉のお陰で初恋の子とデート出来たんだ。そのお礼をちゃんとしてないのに勝手にいなくなられても困る。さっさとハットトリック決めて優香さんに告白しろよな」「おおおおお! マジか! ついに我らのマドンナと拓哉が結ばれる日が来たのか!」「これはこんなところで時間食ってる暇ないぜ! さっさと終わらせて祝賀パーティだ!」「ちょっと、みんな! あ、キャプテン何する気っすか」
 キャプテンに背中を押され僕の隣に立たされた拓哉。円陣の中央に突然放置されても……。って困惑するのと同時に、一つの掛け声が上がった。
「我れの友の門出と、我々の再出発を祝してここに誓おう!」
 円陣が中腰になる。
「絶対勝って選手権優勝するぞ!」「おおおおおおおおおおおおおおおおおお」
 深く地面に体を傾げてからの天への咆哮。ここに桜ノ宮学園サッカー部の気持ちが一つとなり、山よりも高く、海よりも深い覚悟となって選手一人ひとりの今後の糧となる。道明学園――道明源三の思惑とは裏腹に、十人の選手が今、闘志に燃えた一流選手へと覚醒したのだ。 

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