初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去56

「くそ! こんな写真がなければ! おいあんた! あんたなんだろこの写真撮ったの! 返せよそのデータ!」
 動いたのは寺嶋であった。今だ僕らに背を向けたまま採光だけを考えて設置された巨大な一枚ガラスの窓辺に立つ三つ編み少女に近寄ろうとした。
「ぐ、なんだ! 離せよ!」
 どこからともなく現れた黒ずくめの巨漢が寺嶋をガッチリとブロック。表に居た一人だと思われるその男、やはり道明学園の人間だったのか。
「その行動こそが、ご自分の御首を絞めていることがわからないのかしら? これだから、スポーツだけしか取り柄のない男は嫌いなんですわ」 
 振りかえることのないまま、彼女のため息だけが虚空を舞う。
「……、すまん」「寺坊、冷静になれ。ここは監督と雅に任せるぞ。俺たちの出番場はあそこだ」
 ボディーガードに押し戻される形でこちらに戻ってきた寺嶋に拓哉が冷静に言葉を掛けた。その二人が見つめるのは、眼下に広がる青々とした芝生が眩しく輝くピッチである。他の三人も無言で頷き息を潜めた。
「うちのサッカーは本気度が違うからの~言葉よりは体で分かり合いたいタイプなんじゃよ。道明明日香ちゃんは、恋をするなら、駆け引きをしたいタイプかの?」
 やはりこの三つ編み少女が道明明日香のようだ。役者はすでに揃っていた。
「能天気な男と付き合っても疲れるだけですわ」――やっと振り返ったと思えばため息ばかりを吐く。「能天気の~悪くないと思うがね? 雅君とかとてもスカッとした気持ちの良い男だと思うがどうかね?」
 能天気男の話題の途中で僕の名を出すなんて失礼にもほどがある。チラリと僕と目が合った道明明日香がこれ見よがしに鼻を鳴らしたのも失礼極まりない。
「友達の為だか何だか知らないけど、阿保らしい。賢い人間ならこんな問題を起こす前に、スマートに解決したはずだわ」
 ははは、返す言葉もございません。おっと奈緒さん、その拳は僕だけに向けるべきだぞ。そっとその怒りに震える拳に僕の手を当て、顔を上げた奈緒にはにかんで見せる。
「……、まったくどこまで人がいいのよ。分かったわ、我慢する」
 そうしてもらえると助かる。ここで奈緒までその腕白っぷりを発揮すると話が拗れる。ここは火中の栗を誰が拾うかを決める場面だ。やはり僕と校長先生であろう。
「あれ~でも、ぼく~ここに呼ばれた理由分かんないんですけど~? それにこの写真をそんなしたり顔でバラまかれる意味が分かりませんよ? キーパーやりたかったから無理にやらせてもらっただけなのに」「そうじゃね~寺嶋君たちは秘密の特訓を部外者に撮られて怒ってしまったようだが、本来ならこんな写真なんの価値もないぞ? どうせ、今日試合をすれば自ずと結果が見えるわけだしの。“バレても”屁でもないわい」
 できる限り阿保らしく。自分が被害者だということを他者に意識させない様に、舌足らずな言葉使いで語尾を伸ばしまくる。そこに何かと馬が合う校長先生が話を被せて反撃開始だ。デカい釣り針を垂らし釣りスタート。

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