初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去48

「自分の選手生命やサッカー部の未来だけならまだしも、俺は拓哉の未来まで奪ってしまっていうのかよ……うそだろ……そんなこと…ありえる……かよ」「寺坊……、拓哉、ホントか? お決まりの冗談じゃないのか? お前ほどのやつがケガで終わるタマかよ」「ハッシー本当だ。三人も知ってるだろ、桜ノ宮病院の評判は。そこでダメって言われたんだ疑いの余地もないっしょ」「……」
 言葉を無くしたのは当然である。桜ノ宮病院――正式名称、桜ノ宮木村喜一記念総合病院は例にもれることなく都市計画で急発展を遂げ内科医、外科医、整形外科、耳鼻科、産婦人科なんでもこじゃれの総合病院である。しかも、世界でも有名な神の手を持つ男なる医師が外科医として在籍していることもあり、医療機関としては抜群に評判のいい病院だ。
「そこの外科部長先生が長くないって言うんだ、無駄にあがいても仕方ない」「でも、どうして言わないんだよそのこと」「言えって言われても――」
 拓哉が地面に崩れ落ちた寺嶋を見つめつつ、
「友達思いだしな、どうせ自分のせいだって言うに決まってる」
 現に地面に額をひっつけて無言になっているのだ。相当な精神的ダメージを受けたのだろう。代表して高橋が拓哉に真意を問いている始末だ。
「でも、寺坊、お前のせいじゃないぜ? ケガなんてのはサッカーやってれば付き物だ。お前がわざとやるやつだなんて誰も思っちゃいない。事故だよ事故」「たくや……ごめんな……ごめんな……俺がパワープレイに走らなければ」「何言ってんだ、お前の良さはその体格を生かしたパワフルなプレイだろ? それに俺がそうアドバイしたんだぞ、誰よりもボールを持つ時間を作る努力をしろって」
 負傷した右ひざを庇う様にしゃがむ拓哉が寺嶋の肩をバンバンと叩く。筋骨隆々で強面な顔しておきながら上げたその顔は涙でぐしょぐしょだ。
「それよりも、今のお前たちの状況の方がよっぽど俺は心配だけど? 俺がいないと何も出来ないような貧弱なチームだとは、少なくとも俺は思っていなかったけどな」「でも、拓哉と寺坊のツートップはうちの売りだ。今ではその二人を欠いてる、とてもまともな状態じゃない」「いつまでも、俺や寺坊の後ろを走れるのが当たり前とは限らないぞ。いつかは三人もプロになるんだろ? いつまでも自分を脇役だと思うなよ」
 鉄壁のディフェンダー。不滅の三羽ガラスと他校から評される三バカに向けて拓哉が近場に転がっていたボールをそれぞれにパスをする。
「お前らが蟻も通さないほどの固い守りをしてくれるから、俺達は前線で勝手気ままに走り回れんだよ。もし、お前らが決定率を心配しているなら、お前らが相手にゴールを決めさせなければうちは負けることはない。違うか? お前らがいるから、俺達は負けないんだ」
 絶対的信頼を置いている拓哉からまさかの評価をされ、三バカ達が顔を見合わせ数秒してからお互いに頷き返した。
「拓哉がそういうなら悪い気もしないな? そうだ、俺達が守りきればチャンスは腐るほどある」「そうだな! 俺達が守って守って守り切って、隙をついてフォワードにキラーパスするばいいだけだよな」「簡単なことだった。どうしてもっと早く気づけなかったんだ」
 意外と褒められたら成長するタイプなのだろう。もしかしたら、おだて易いとも言えるであろう三人が自身が置かれた状況からいちるの望みを見つけた。
 あれだけ感じ、視覚的にも見えていた敵愾心が無くなったのがその笑顔で分かった。
「寺坊、あとはお前だけだけど、どうなんだ? ケガの方は?」「分からない。あの日、負けたせいで満足に治療を受けることも出来なくなった。コーチたちに言われて安静にしてるけど……、ここで俺までいなくなったらって思うといてもたってもいらなくて」
 だから、半年以上経過する現在でも足を引きずっていると言う。
「そっか、そうだよな。サッカーのことで両親に迷惑かけたくないって小さいころから言ってたもんな。親にまで気を使うってお前も人が良すぎるぞ」「俺達だって少しは援助するっていっても聞かないんだよ」「貧乏人には貧乏人のやり方があるって」
 雑草魂ってやつだ。ここまでその心だけで己の肉体をイジメて鍛錬に鍛錬を重ね強豪校の主軸にまで上り詰めたんだ。そう簡単に弱音は吐けない。寺嶋はここ数日でさらに悪化させた左ひざを庇いながら立ち上がり、隠していた気持ちを吐き出す。

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