初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去31

 五月二十四日火曜日、一軍室内練習場。
 誰が決めたのか問いただすのもバカらしいくらい、本日もマネージャ業務から遠ざけられている。今日も寺嶋のシュートは内臓に著しい衝撃を与えてくる。内出血した場所をさらに鈍器で殴られているような、そんな錯覚を抱かせる強烈なボレー。いつまでも壁扱いされるのも癪なのでキャッチしたボールを投げ返したらそのまま蹴り返された。
「なかなかいい動きになってきたな! どうだ、そろそろ諦めたらどうだ?」「寝言は寝てから言うもんだよ。そっちこそ、まだ本領発揮できてないようだけど? そんなんで拓哉が居なくなった穴埋められんのか?」「真田の名を口にだすな! お前らに何が分かる! この重圧が!」
 三連弾。僕の言葉が寺嶋の逆鱗に触れたらしい。顔、胸、股間に強烈なシュートが撃ち込まれた。言葉も出せない悶絶とは久しい。昔、奈緒に股間を蹴られた時が懐かしい。
「真田が抜けた途端、歴代で一番の最弱。そう言われる俺“の”気持ちが分かるか! お前みたいな女に現を抜かし、努力もしない人間に俺のエース“代行”としての哀れは気持ちが分かるのか?」
 我が学園が選手権で優勝することは天気予報で晴天が続くのと同じくらい当たり前な事であるのは、我が学園が強豪校故だ。その強豪校が準決勝で敗退、しかもいままで名前も聞いたことの無い地方の学校に負けたとなれば、前代未聞の一大事である。
 一部では学園への投資が打ち切られたとかで、施設の縮小がみられたとか。その一つにサッカー部専用の医療機関が真っ先に撤退した。誰でも無料で受診できる内科、外科、整体があったというのだから、学園に寄付と言うなの融資をしてきた個人、法人からのサッカー部への期待は凡人が想像するよりも巨大だったのだろう。その分、融資金額もバカにはならないから、有益じゃないと分かった途端掌を返したに違いない。
「俺のせいで、満足にサポートを受けられなくなった部員に俺はなんて言ったらいいんだよ!」
 感情的になってきた寺嶋。ボールコントロールにばらつきが出始めた。顔に何発もの弾丸をうけてはさすがに立っては入れない。少々、意識がもうろうとして地面に突っ伏してしまう。
「だ、大丈夫雅君!」「もういい、邪魔だからどっかに運んどけ」
 ふわりと香ってきたのは春香が愛用するシャンプーの香である。毎日意識していたお陰で、嗅覚だけでも誰が僕の体を抱きかかえてくれているのか分かる。もちろん、声だけで春香が駆け寄ってきたのが分かっていた。
「雅君、大丈夫? ねえ、雅君……」「はるか……、そんな顔しないでよ」「だって、こんなのひどいよ……」
 一体僕はどんな顔をしていると言うのだろうか。頬に温かい何かが落ちてきて、春香の声は震えている。
「ごめん、肩貸してほしい。誰か来る前に退散しよう」「私、田中監督に言う! こんなのおかしいよ」「ダメだってそんなの」
 華奢な肩に手を掛け立ち上がると、春香が僕の腰に手を回し歩行を介助してくれる。どうも、春香は怒っているようだ。もう、プンプンもプンプンである。初めて強く言い返された。
「何がダメなの! 雅君のこと壁とでも思ってるような扱いしてるんだよ? 人間を人間だと思ってないんだよ? そんなのどう考えてもおかしいよ!」
 チラリと横顔を覗き見る。なるほど春香は怒るとこんな表情をするのか。普段のほほんと微笑んでいる双眸が今は冷ややかを通り越して、瞳孔が開いているんじゃないかと思えるくらい生気を感じられない。
 好きな子が僕の為に普段決して見せない一面を見せてくれたって思えば得した気分である。しかし、このままでは本当に田中監督の元へ行きそうなので、名残惜しいが彼女の豊満な胸元から自力で離れることにする。
「僕が良いって言ってるんだから、許してやってよ。お願い春香、ダメかな? 内緒にしてよ」
 少々、子供っぽいが顔の前で手を合わせてみる。昔、母親に怒られた時とかよくやっていた気がする。父親の影響であるが。
 すると、そんな僕の行動に呆れたのか、予想もできなかったのか、五秒くらい言葉を無くした春香。ハッと、思い出したかのように言ったのはこうである。
「――ずるいよ、そんなの……。そんな顔されたら、私は黙ってるしかないよ。どうせ、奈緒にも内緒って言うんだよね?」「ご名答! さすが春香! 良く分かっているじゃないか僕のことも奈緒のことも」
 春香に知られてこれなのだから、奈緒がこんな蛮行をしったらどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。寺嶋が血祭りにあげられるか、田中監督が言葉攻めでノイローゼになる。もしかしたら、校長先生にまで話が回りサッカー部が解体されるかも知れない。
 奈緒ならやりかねないのだ。なにかと僕の事になると度を超す幼馴染であるから、その持ち前の腕力と行動力をいかんなく発揮するだろう。
 校長先生くらいなら奈緒の言うことを信じてそのまま権力を行使してもおかしくない。学園の何割が奈緒に味方するか、大げさではあるが分かったものではないのだ。
 だから、僕はこのことを奈緒にだけは隠し通す腹積もりでいる。

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