初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去20

「お前って、人のことになると途端に前向きになるな。なんでそこまで恥ずかしいことを面と向かって言えるんだよ?」「拓哉が大好きだから。何言ってんだよ、言わせてんのは拓哉の方だろ。拓哉がどんなに僕を拒絶しようが、僕は絶対に拓哉の友達辞めないからな」「まったく、そんなんだからお前は童貞なんだよ」「な、なんだよ! それは言うなって! 僕だっていつかは、いつかはその……」
 酷いことを言うモノだ。人がどれだけ気にしていると思っているのだ、年齢=彼女いない歴を。いや、そのことについてはさほど気にもしていないが、一言で端的に未熟さを露見される思春期の男子が一番忌み嫌う単語“童貞”だけは、さすがに堪える。
 でも、拓哉は他人の未熟さや短所を気にするような男でない。父親譲りの豪快な笑い声を発し僕のひしゃげた肩をバンバンと叩く。
「俺だってチェリーボーイだ! 雅だけが恥じることはないぜ? むしろさ、誇ろうぜ? 俺たちの体はまだ汚れを知らず、好きな人の為だけにあることを?」「はあ、拓哉がそういうなら僕もそう思うことにするよ」「そもそもな――」
 拓哉曰く、経験なんてどうでもいいのだ。今一番好きな子といつの日か甘いひと時を過ごせれば。今までは拓哉も僕も、好きな子がいなかったのだ。それなら、卒業すること自体が無理である。相手がいないのにどう卒業するのか。未成年の僕達には繁華街のネオンは眩しすぎる。
 そもそも、誰とでも寝れる様な感性の男は健全な男子とはいえず、人間の皮を被ったサルであるのだ。サルとピュアな男の子を比較するのがそもそもの間違いなのだ。拓哉はそう熱く語る。熱く語るが為に、不意に何かを思い出したように声色に影を忍ばせた。
「ごめんな、俺のせいで春香ちゃんに告白することできなくて。もしかしたら、あの日にお前は念願の“男”になれたかもしれないのにな。本当にごめん」
 そんなことで世界の終わりを自分のせいで引き起こした映画の主人公みたいな顔をしたのか。拓哉がそんな見当違いなことを言うモノだから、僕はあえて鼻で笑った。
「拓哉や奈緒のお膳立てでなりたった告白が本当の告白だとでも思ってるのか? バカだね~、あんなの台本が決まった映画みたいなものだ。誰だって告白できる。僕はな、次は自分の力だけで春香を楽しませて、その上で告白したいんだ」
 時刻、電車の乗り換え、すべてが完璧に計画されたスケジュール。それは拓哉が僕の為に作ったモノだ。僕が春香の為に計画したデートプランじゃない。他人が他人の為に作り上げた無機質な創作物でしかない。もちろん、拓哉の想いには感謝している。
「拓哉や奈緒の気持ちはありがたいけど、僕は僕の力で春香と楽しいデートがしたい。拓哉があんなにも楽しいプランを考えてくれたから、僕は気が付いたんだ。自分で寝ずに考えたデートコースで春香が楽しそうにしてくれたらどれだけ嬉しいことか。だからな、次は拓哉も自分の為だけに、大切な時間を使ってほしい」
 それは奈緒とのことを言っているのだ。
「……、諦めるって言ったじゃんか」「いいのかよ、関係を変えたいんじゃないのか?」「そのことなんだけど、雅に言わなくちゃいけないことがある」
 もちろん、僕も拓哉もラインでの最後のやり取りのことを言っている。
「本当は、俺……」
 待てども次の句が出てこない。柄にもなく、言葉を選んでいる様だ。
「ずっと好きな子が他にいたんだ。奈緒ちゃん以外に」「はあ? どういうことだ?」「すまん、気を悪くしたよな」
 当たり前である。奈緒への気持ちは嘘だと言うのかこの男。怒りが阿蘇山の噴火の如く勢いで心の奥底から湧き上がってくる。ものの、当方にも思い当たる節がある。
「いや待て、もしかしてだか、優香さんか?」「な、なぜユーの名前を知っているんだ? あ、もしかして、サッカー部のマネージャになったのもユーが関係してるのか?」
 たーくんとゆーちゃんか。呼び名だけでも二人の間柄が分かるってものだ。自然と怒りが静まってしまう。いや、奈緒へのいままでの対応を思い返すと、嫌悪感までは拭えないがなんとなく状況が見えてきた。
「ああ、君の幼馴染がいろいろ教えてくれた。今だってきっとどこかでたーくんのこと想ってるはずだぞ? なあ、たーくんよ? 奈緒のことはこの際、五百歩譲って許すが、幼馴染で初恋の子に何も言わないってのはどういう料簡だ?」
 僕のたーくんって呼び方に赤面した拓哉であるが、観念したのか深く息を吐いてから白状した。

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