初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去13

「ほらほら、三人ともお客様が来たのだから少しは静かにしなさい。いまのたっくんに友人が訪ねてくるなんてただ事じゃないんだから」
 そう言って範子さんが「どうぞ、リビングへ」と僕を案内してくれた。
「なんともまあ、凄いですね」
 リビングと聞いていたのに、小体育館に連れてこられた気分とはこれいかいに。
 百畳はないにしろ、個人宅でこの広さのリビングを想像できるわけもない。一般住宅の3LDKのリビングを四つ程並べたような広さがここにはあり、それはあながち間違いではないようで、テレビとソファーとテーブルがセットになった空間が四つある。
 もしかして、と思うと同時に範子さんが苦笑いを浮かべる。
「みんな全然趣味が合わないから、個人でテレビを見れる空間が欲しいって駄々をこねられてね。そのくせ、一人は寂しいからっていうのよ」「その我儘に答えられる両親に敬意を払います」
 僕の家なんて、齢十六の古びたエアコンも買い替えてくれないほどの節約家が大黒柱だ。もちろん母である。僕の部屋にある、オブジェと化したエアコンがかれこれ使えなくなってから十回は春を迎えているだろう。直すか買い替えてほしいと我が家の大蔵省に直談判しても、門前払いである。
 はて、壊れた理由はなんだっけ? 確か奈緒がぶら下がって壊したような――。 
「うむ、君が雅君かね。私は真田さなだゆきひさと申す。以後お見知りおきを」
 うんともすんとも言わなくなった自室のエアコンの故障理由を思い出したのもつかの間、眼前に如何にもヤクザな風体をした男性が黒光りする本革製のソファーに腰を沈め腕組みをして厳然とした態度を示している。
 女性四人も大黒柱に習ってソファーに着席している。先ほどまでのにこやかな雰囲気はいずこに遁走してしまったのか。急に所在が無くなってしまいただ首肯のみで返事をした。
「なんてね、なにビビってんの雅君! 娘を持つ父として一度はこんな風に初対面の男を脅してみたかったんだ」
 歴史の教科書に登場する、明治頃に活躍した偉人のような顎鬚を蓄えて、袷仕立ての亜麻色の着物と羽織を身に纏っておきながら、冗談だと言い放った拓哉の父親。その豪胆な笑い声にどこか拓哉と同じモノを感じ、少しは心の荷が下りて笑みが零れてしまった。
「ほんと、毎回誰か来るとやるけど、やめてくれないかなそろそろ?」「千鶴姉の彼氏もあれっきりこなくなったよね?」「お前んちヤクザなのかだってさ。ひどい言いがかりよ」
 その彼氏とやらに深く同情する。どう見ても風体だけはヤクザそのものだ。どんな悪事を働いたらこんな豪華絢爛な家に住めるというんだろか。
「拓哉の友達ならこれくらいしても許してくれるって思ってね。気を悪くしたかな?」「いや、むしろ拓哉のお父さんって素敵だと思いました。拓哉と同じ素敵な空気感が僕は好きです」 
 目上の人間に失礼だと思うのだが、僕はそう返答した。
 その言葉を聞いてまた豪胆な笑みが響き渡る。
「君は本当に拓哉のことが好きなんだね。なら、私も君が好きだ、ぜひ、学校での拓哉のことを聞かせてくれないか?」
 日の丸印の扇子を取り出し愉快そうにそれを広げガハガハと破顔している。いかにも親子って感じがして、僕も心をすっかり許してしまい一か月間の拓哉との思い出を包み隠すことなく赤裸々に話した。
「がははは! 君は童貞なのかね! これは、君とならいい酒が飲めるぞ! 母さん、秘蔵のあれを持ってきてくれ!」「何を失礼なことをこの人は。ごめんなさいね、この人デリカシーを産まれてくるときに胎内に忘れてきてしまってて」「拓哉にも笑い飛ばされたので、もう気にしてません」
 物腰柔らかな範子さんと豪胆な幸久さんは、これはこれでお似合いの夫婦と言える。拓哉の性格がこの二人から生まれたと思うと納得がいく。
 幸久さんに促され席を立った範子さんの代わりに、舌なめずりをした千鶴姉が不敵に微笑む。
「へ~、お姉さんがいろいろ手ほどきしてあげようか?」「また始まったよ千鶴姉さんのセクハラが」「面白そうだから、撮影してもいい?」「ダメに決まってます! 僕の初めては好きな人とって決めてるんです!」「据え膳食わぬは男の恥って言うんだぞ! だが、その心意気は好きだ」
 ガハハハ、どこまでも愉快そうに幸久さんは笑い、お姉さま方は僕をいじり倒すのだ。
 とても居心地が良い。これが真田拓哉の育った環境であり、真田拓哉の大切な家族か。
 こんなにも温かい家族に囲まれ育った拓哉だからこそ、あんなにも友達思いの素敵な男に育ったのだろう。

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