初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去07

 体育会系の縦社会に身を置いたことがない分、理解に苦しむがこれがこの社会のルールなのだろう。他の一軍のメンバーもさして僕に声を掛けることもなく次の練習に向けてウォーミングアップを初めている。
 なんとも表現しにくい臭いに塗れて一心不乱に洗濯を片付けていく。洗濯機に「ひどい汚れは手洗いで!」と書かれた張り紙がしてあり、ご丁寧にその下に手洗いの正しいやり方と書かれた張り紙がしてある。
「あ、まだいるんだけどなあ」
 練習場所が室内に移行されたことにより、屋外に部員がいなくなったのを感じた誰かが煌々と輝く照明を悉く全部消した。突然訪れた暗闇に目が慣れるまで身動きも取れず、どこで誰が照明を操作しているのかも知らない僕は、スマホの明かりを頼りに洗濯場専用の照明を数分かけて見付けるのであった。
 いうまでもなく、その日帰宅した時間は夜の九時を回っていた。洗うだけでも一苦労だと言うのに、所定の場所に干しに行かなくてはならないのだ。その場所を特定するのにも時間がかかり、孤軍奮闘で潜入調査する隠密の気持ちが今なら分かる気がする。
 言っておくがその日一日だけの問題ではない。気がつけば一年生が洗濯を取りに来ることはなくなったし、日に日に三バカの嫌がらせはエスカレートして、洗濯物に続きスパイクの泥落とトイレの清掃まで言いつけれてしまったのだ。
 そうなれば帰る時間も遅くなる一方である。その日も、何の収穫もないまま洗濯を押し付けられ、所定の位置で今度は前もって照明を付けてから洗濯に取り掛かっていた。
「なにしてるんですか? 洗濯は私たちの仕事じゃないですよ」「え、別にやることなし頼まれたから」
 辺りもすっかり暗くなり、五月の夜風はまだ冷たく両手に息を吹き替えていると、不意に背後から声を掛けられた。制服に着替えた優香さんが鞄を持って立っていたのだ。
「最近、すれ違う一年生が何も持ってないと思ったから不思議だと思って戻ってみたら、押し付けれたんですか? いつからですか?」「違うよ、僕が自分から買って出た」「一年生にはちゃんとルールがあるってこの間教えたばっかりなのに」
 呆れた様にため息を吐き出し、踵を返した優香さんに僕はすかさず手を伸ばした。
「もし、ルールを守らないことを怒るのであれば、僕に言えばいいだろ。彼らの仕事を奪ったのは僕なのは間違いない。上級生の命令を聞くのがここのルールなんでしょ? 一年生はそのルールに従っただけだよ」「じゃあ、悪いのは自分だと言うんですか?」「そう」
 迷いなく首を縦に振る。少し微笑んだりもしてみる。
「バカじゃないんですか。あなたには何も得しない問題に首を突っ込んで、ここまで来て、一人じゃ抱えきれない量の仕事押し付けれても、なんでそうやって笑ってられるんですか?」「どうしてって、僕が後先考えないバカだからでしょ?」
 奈緒に言わせてみれば、僕って人間はそういう生き物らしいのだ。
「勝手にしてください。私は関係ありません」
 呆れてモノも言えないとはこのことです。と吐き捨てて背を向ける。
「いい加減諦めたらどうですか? 疲れが顔に出てますよ?」「まだまだ、こんなもんじゃ弱音吐かないよ」「どうしてそこまでするんですか?」
 振り返ることなくそう言われ、
「拓哉が大好きだからだ」「……」
 彼女は何も言わなかった。そのまま暗闇に溶け込み足音だけを響かせて遠ざかっていた。
 正直、しんどいのは確かだ。遅くまでかかる洗濯と掃除、不慣れな環境での雑務に疲れない訳がない。こんなことしてなんの意味もないとは分かっている。取りこし苦労で終わることも想像つく。
 それでも文句も言わず、ただひたすらに拓哉と寺嶋の問題を解決したいだけだ。
 その、寺嶋が依然として姿を見せない。その理由を誰もほぼ部外者である僕には教えてくれない。唯一の望みである優香さんもあのありまさまだ。打つ手が無くなりつつある。いつまでもこんな奴隷のような生活に終止符を打たなければいけないと、凍える手に息を吹きかけた。
 次の朝、すっかり寝坊してしまった僕は眠気眼でカーテンを開放するために窓に歩み寄ると、サッシの上に栄養ドリンクと奈緒の文字で「お疲れさま みやび」と書かれた手紙が置かれていた。僕はそれを一気に飲み干して奈緒の部屋を一瞥した。
 奈緒が待っていてくれる。何かあったら慰めてくれると言ったのだ。もう少しだけ頑張ろう。僕がここで頑張らなければ、拓哉ともう会えなくなるかも知れない。
 両頬に張り手を打ち込み、気合いを入れなおし僕は登校する為に愛車に跨るのであった。

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