初めての恋

神寺雅文

交錯する恋心07

「俺も、そこまでイケるかな。現状このままでも幸せなんだけど、発展する気がしないぜ?」「なんでよ? 奈緒、嫌がってる様なところなかったぞ?」「そりゃ、雅といるのに嫌な顔する訳ないだろ? 問題は、奈緒ちゃんが俺と向き合っている時なんだわ」
 前にも言ったが奈緒には表裏はない。とても素直な子であり、僕と一緒にいる時と独りの時で拓哉への対応が変わるとは思えないのだが、拓哉は浮かない表情をしている。
「やっぱり、雅には敵わんよ? 十数年の付き合いと一カ月だもんよ、理想高すぎるかな俺? 俺も雅にするようなあのサドっ気を味わいたい」「深刻な顔したと思ったらそんなことかよ。奈緒の良さはもっと違うところにもあるから」
 確かに腕白ガールってのが奈緒の一番の良さではあるが、僕も出来ればじゃれ合うという名の暴力は勘弁してほしい。父親譲りの正拳突きとかもはや凶器である。それを、受けたことの無い人間は、どうやらそれをご褒美か何かと勘違いしているようだ。
「いやいや、雅、大事なのはされることじゃなく、奈緒ちゃんが遠慮しなくなったってことさ。今は大きく分厚い壁が俺と奈緒ちゃんの前にはそびえ立ってるわけよ」「壁か。なるほど確かに、僕も感じる」
 春香との心の壁。それは、どうしても出会ってから間もない者同士では付き物である。昔からの付き合いである奈緒と、出会ってから一カ月しか経ってない春香とで、その壁の厚みは違って当然である。それが、拓哉が言っていた思い出の数だけ友達になれるってやつなのだろう。
「お互いまだまだ先は長いな。がんばろうぜ」「ああ、まずはライン交換したことを祝おう」「だな、よし教室行く前に食堂よって飲み物買おうぜ」「ついでに奈緒達にも買っていこう」「早速のポイント稼ぎだな。奈緒ちゃんの好みってなによ?」「イチゴ・オレだな。お子供舌なんだよ奈緒って」「要チェックやな」 
 律儀にメモにイチゴ・オレと書く拓哉。最近胸ポケットが膨らんでいると思ったら、そんな物を忍ばせていたのか。そのマメなところを少しは僕も見習った方がいいモノか。 僕たちはお互いが仕入れた互いの想い人の情報を交換し合いながら、食堂へと直行した。が、そこで偶然二人と出会ってしまいなんとも気まずい感じになってしまった。
「えっと、雅君はライフガードだよね好きなの?」「うん、昔からずっと変わらないよ。炭酸大好き人間。それはそうと、拓哉君は何が好きなのかな?」「この前、私に飲み物何が好きなのって聞いて来たときは、午後の紅茶のレモンティーが好きって言ってたよ」
 そんな会話が聞こえると思っていたが、曲がり角を曲がるとやっぱり二人が自動販売機の前に立っていた。
「あれ、二人も飲み物買いにきたの?」「う、うんそうだけど……拓哉君たちも?」
 臆することなく拓哉が奈緒に近づき、手に握られているレモンティーの缶を覗き込む。
「考えることは一緒だったり? はい、奈緒ちゃんにはイチゴ・オレね」
 すかさず奈緒が好きな飲み物を買い気まずい表情をする奈緒にそれを手渡す。
「あ、じゃあ、これ拓哉君にあげる」「お~ありがとう! オレこれ好きなんだよ~、なんで分かったの?」「え、まあ、よく飲んでるの見てたから」「いや~ん、照れるじゃんよ~」
 お互いの飲み物を交換し合った拓哉と奈緒。片方は浮かれていて、片方はなんとも言い難い微妙な表情をしている。確かに、拓哉が言っていた様に、僕に見せる表情と拓哉に向ける奈緒の表情は違う。改めて二人のやり取りを見ると、僕の奈緒への対応を少し改めた方がいい気がする。こんなの、僕が逆の立場だったら耐えられない。
「はい、雅君これ」「あ、ありがとう! これ好きなんだよ!」「ふふ、ずっと飲んでるもんね?」「これは命の水だからね僕にとっての」
 昔から変わらない迷彩柄のパッケージに独特の後味――バイオニック(超生命体)飲料水。コイツを僕は小さいころから大好きである。奈緒が呆れるくらいに、毎日飲んでいるのだからもはや中毒とも断言できる。
「じゃあ、代わりに春香には――」
 何も考えず財布から小銭を出し、自動販売機のディスプレーを眺めて自然とある商品の購入ボタンを僕は押していた。

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