【WHO】ワールド・ハイド・オンライン

霧ヶ峰

第10話

幕話




 デートを終えてログアウトした岳斗は、自室のベッドの上で体を起こす。

「うーーーん……結構固まるなぁ。走り込みと筋トレだけでも増やそ」
 ヘッドギアを外して肩を揉んでいると、スマホの画面にコールサインが現れた。
 

「もしもし、武部です」
『あ、岳斗くん?ばんわ〜。今寝てたの?さっき電話出なかったけど』
 画面の向こうから響いてくるのは少し気の抜けた女性の声。大人びた声色なのだが、どこか子供らしさも感じさせる不思議な声だ。

「いやーさっきまでずっと【WHO】やってまして……それで、仕事ですか?」
『いいね〜私も今度参戦するよ。んで、お察しの通り依頼だよ〜人気者め。それでね、今回の仕事は岳斗くんだけじゃなくてお嬢にも手伝って貰いたいの。資料はいつも通りに送っておくから目を通して、できそうなら連絡ちょうだい』
「わかりました。雫には僕から伝えておきますね」
『報酬の方も優しくしてくださいって言っといてね!じゃあね〜』
 数週間ぶりにやってきた仕事(・・)なのだが、今となってはタイミングが悪いと言わざるを得ない。

「全く・・・早々に片付けないと」
 岳斗は、そうため息をつくとパソコンを起動させてメールボックスを開く。

 新着のメールは一件だけ。宛名もタイトルも書いてないスパムメールのような見た目のものだった。

「もうちょっとわかりやすい見た目にして欲しいんだけどなぁ」と呟いてメールを開く岳斗は、しばらく画面に目を通すと「結構面倒な仕事だあー」と嫌そうに言って大きく伸びをする。

「あーあ、これは出遅れちゃうかもな」
 怨嗟の声を上げつつも岳斗は仕度を整えて家を後にした。













 カスタマイズを施した二輪駆動のバイクに乗って十数分。岳斗は住んでいる街の郊外にある少し年季の入ったレンガ造りの建物の前にいた。
 一般的な一戸建ての家3つ分くらいのそこそこ大きい住居にその半分くらいの大きさの真新しい建物が付随していると言う少々違和感のある建物なのだが、岳斗は慣れた手つきで真新しい方の建物に向かってバイクを進める。

 その建物には大きなシャッターが付いており、シャッター横の柱に取り付けられているインターホンのような機器に岳斗がカード状の何かを翳すと、そのシャッターはひとりでに開いていき岳斗を招き入れる。
 岳斗が建物に入りきると同時にシャッターが閉じ始め、付いていなかったライトも灯りを放ち始める。

「いらっしゃい。なんだかいつもより控えめな運転だったけど、何かあったの?」
 バイクのエンジンを止めてヘルメットを外している最中の岳斗に 、背後から楽しげな声がかけられる。

「ちょっとね。ま、その話しの前に今日はお土産があるんだ」
「やった!お菓子でも買ってきてくれたの?」
「お菓子はお菓子だけど、今日は昨日作っておいたやつ持ってきたんだよ。しかも、ケイの好きなシュークリーム」

 ゴソゴソと座席下のメットインから紙袋を取り出した岳斗に彼女ーーー朧月 雫ーーーはその日本人形のような整った顔を破綻させ、岳斗へと飛びついた。
 向こうの世界とは違って花のような柔らかな匂いが漂い、それと同時に岳斗の背中に中途半端に柔らかいものとがぶつかる。

「さてと、ここじゃなんだし上がっていい?」
「いいよ!いいけど、その前に…私も見て欲しいのがあるの………」











 もじもじと照れくさそうにしていた雫にまさか目隠しと耳栓(ヘッドフォン)をさせられるとは思っていなかった岳斗は、軽く驚愕を覚えながらも彼女に手を引かれるまま歩き続ける。途中下り階段で滑り落ちそうになったり、どこかの扉をくぐった際に頭をぶつけたりとなんやかんやあったが、しばらくして目的地へと到着したようで雫は岳斗の手を離す。
 目も耳も使えない状態で、岳斗は普段よりも敏感になった嗅覚で様々な匂いを感じる。強い鉄の匂いや漆の匂い。真新しい木の匂い。
 瞬時に判断できたのはそれくらいしかなかったが、この場所が彼女の家にある作業場の一つであるということにはすぐに気づいた。

 雫がヘッドフォンを外してくれるのだが「もうちょっと待っててね」と言われ、目隠ししたままその場で直立不動の姿勢を取る岳斗。
 ガチャガチャと色々なと音が聞こえるも、それだけでは雫が何をしているのかまでは分からない。
 しばらくしてガチャガチャという音が止まり、雫が目隠しを外してくれる。

「お待たせ」
ニッコリと花のような笑顔を見せている雫の背後にはコンクリートの真新しい壁が広がっていた。

「また新しい作業場作ったの?何個目だっけこの部屋」
「4個目?いや、5個目だったかな?前に岳斗が欲しがってたやつを作るために作ってもらったんだよ」
 そう言って雫は1つの木箱を手渡してきた。手に取ってみると、そこそこの重さが手にかかり思わず驚きで声を上げてしまう。

「コレ以外と重いんだね………10、いや15くらいかな?というか頼んだやつのどれ?開けてもいい?」
 雫が頷くのを見てから六法全書くらいの大きさの木箱を開くと、そこには黒く艶消しされた金属製の厳ついスリングショットが入っていた。

「おお……コレかぁ。この黒いのって漆?艶消し出来るんだね漆って、ビックリした」
「えへへ〜。そんなに難しくないんだけどね。というかコレっていつものに使うの?結構重たいから扱い難しいと思うけど」
「大丈夫大丈夫。これくらいならなんともないよ」
 実際に持ってみると、自分の手に合わせて作られていることがよくわかる。重さがあるにもかかわらず、非常に持ちやすいのだ。

「あと………はいこれ、そのスリングショット用の特製弾丸。従来のパチンコ玉の何倍かは知らないけど200グラムの合金と空気抵抗の軽減、艶消しもしてある特別仕様。そのスリングショットで打ったら20ミリの鉄板くらいなら簡単に壊しちゃえるよ」
「アサルトライフルくらいの威力なのか………本気で使ったら50はいける?」
「どうだろ…岳斗なら出来るんじゃないかな?貫通力を増した弾も作っておこうか?」
「よろしく頼むよ。あ!そうだ忘れてた………さっき仕事の電話が来てね。雫にも協力してほしいんだ」
「えーWHOしたいのに………」
 そう頬を膨らませる雫に「僕も同じこと言ってた」と笑う岳斗に、雫も少し機嫌が直る。

「まぁ、依頼のデータは持ってきたし、シュークリーム食べながら作戦立てよ?」
「ついでにご飯も作ってくれるなら…ね?」
「はいはい。何食べたい?」
「カレーライス!」
「りょーかい。出来るまでに依頼書読んておいてね」










 夜の闇よりも暗い生き方を選んできた彼ら。
 陽の光を浴びて過ごす者たちには認知することすらままならない裏の住人。その際奥に彼らは住んでいた。

「皆さん、面倒な仕事は早いところ片付けて帰りましょう。僕は早く帰ってゲームしたいですし、今回は全面的にサポートしますよ」
 肩を竦めて不敵に笑う青年の周りには、老若男女様々な者の姿があった。
どこにでも居そうな顔付きのその者たちは、一般人とは掛け離れたナニカを持っていた。
 まるで自身の存在を示すかのように、彼らはソレを抱え行く。

 


 夜が明けるのは、もう少し先の事だった。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品