話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

竜王は魔女の弟子

エルトベーレ

第30x話 漆黒

――――――
――


俺は両親と妹との四人家族で、霊術なんて、日常生活で使うレベルのものしか知らなかった。
何不自由なく普通な生活を送っていたのに、あの晩、全てが狂ったんだ。



「明日も学校でしょ? 早く寝なさいよ?」
「はーい」


すると、来客を知らせるチャイムの音が鳴った。夜もそんなに更けていないので、非常識というわけではないが、珍しいことだった。
「ちょっと行ってくるわ。先に寝てなさいね?」
と、母さんは部屋を出て、玄関に向かっていった。


母さんが出て行って少しすると、急に部屋の電気が消えた。
「ちょっ、ちょっと、お兄ちゃんっ」
「なんだよ、怖いのか?」
とは言いつつも、俺も何だか嫌な感じがしていた。
別に天気が荒れているわけでもないし、停電ってことはないだろう。特別何もしてないのだから、使い過ぎでブレーカーが落ちたというのもおかしい。


「……お母さん、遅いね」
家の電気が消えたのに、電気はつかないまま、母さんも帰ってこない。
「俺、ちょっと見てくるよ」
ブレーカーの直し方は知っている。母さんの様子を見るついでに、ブレーカーも直しておこう。
「お、お兄ちゃん、渚沙も……」
「大丈夫だよ。電気つけたらすぐ戻ってくるから」


……今思えば、渚沙も連れていくべきだったんだ。


玄関に向かうと、その異常な匂いに、鼓動が早くなっていく。
俺の心は、もしかしたら、という思いと、そうであってほしくないという思いのせめぎあいになっていた。


すると、何かに躓いて、俺は水浸しの床に転んでしまった。
こんなところに水はない。これは水じゃない。なら、これは……。
恐る恐る、俺が躓いたものを、手探りで触ってみる。
「母さん……?」
そんなこと、考えたくないのに、言葉になって出てきてしまう。
俺の鼓動はどんどん早まっていくばかり。


慌てて来た道を引き返し、布団に潜り込んで悪い夢だと忘れてしまいたい。朝になれば、全部夢だったと母さんが笑ってくれるかもしれない。
そんなことを考えて、思い出す。
部屋に残してきた渚沙は……?


「渚沙っ!!」
俺が部屋のドアを開けたそこには、俺と同じく血に塗れた渚沙の姿があった。ただ、お互いに自分の血ではない。俺は母さんの、渚沙は恐らく、床に転がっている男のものだろう。
目の前の渚沙に視線を奪われて、この男など俺の意識に入り込んでこない。


「お兄ちゃん……、ごめんなさい……」
渚沙は泣いていた。その場に座り込んで、呆然と俺を見上げながら。痛々しくて、見ていられないほどなのに、俺はなぜだか目を逸らせない。
「渚沙……」
彼女にゆっくりと歩み寄り、いつもに増して壊れそうな身体を抱きとめる。と、何かに切り刻まれたような痛みが走った。その実、いくつか傷が開いている。


「お兄ちゃん、渚沙に近づいちゃダメです。……きっと殺しちゃいます」
「何言って……」
近づいて気付いた。彼女を包む、闇夜のごとき"漆黒"に。
「渚沙はもう、人ではないのです……」
渚沙の身体から"漆黒"が溢れだし、部屋全体を包み込んでいく。
怖いとか、そんなものを遥かに超越した、もっとおぞましい何か。だが、次第にその感情は、俺の中に眠る"力"を呼び起こしていっていた。


「でも、渚沙は渚沙だ。……俺の大切な妹だよ」
「お兄ちゃん……渚沙は……」
渚沙は男の掴んでいたナイフを拾い上げ、俺に差し出した。
「これで……渚沙を殺してほしいのです」
「バカっ! そんなこと、できるわけ……!」
「なら、……渚沙がお兄ちゃんを殺します」
俺が殺さなくても、いずれ彼女は誰かに殺される。俺には何となくそれがわかっていた。だから渚沙も、俺に殺してほしいと言った。それもわかった。だけど、わかっていても、納得できないことだってある。


俺は渚沙からナイフを受け取った。
「渚沙。俺は、渚沙のこと、大好きだよ」
「渚沙も、お兄ちゃんのこと、大好きです」
それだけ言葉を交わして、ナイフを彼女の胸に突き立て、刃を押し込む。
視界がぼやけて、彼女の表情はよく見えない。
「ごめん……ごめん、渚沙……。大好きだよ……」
「ありがとう……お兄ちゃん」
不意に渚沙が俺に迫り、彼女の柔らかい唇を押し付けられる。と、何かが俺に流れ込んでいく。


渚沙が唇を離したとき、彼女の意識はもうなくなっていた。
俺はしばらくただ呆然と、冷たくなっていく彼女を抱きかかえていた。


――――――
――


「ってわけさ。それから、俺も渚沙と同じ力に目覚めて、その"力"が"竜"の力だって知ったし、扱えるようにもなったんだ」
さらっと話すけれど、内心はかなり辛いのだと思う。そのせいか、話の途中、一度も私と目を合わせなかった。


「でも、レベル4を超えると自我はなくなっちゃうんじゃないの? 渚沙さんはどうして?」
「渚沙はすでに最大危険度のレベル5をも超えて、完全な"竜"になってたんだよ」
「完全な……"竜"……」
"竜"って聞いた時から思っていたけど、彼らの言う"竜"とは、おとぎ話などに登場する、いわゆるドラゴンとは違うようだ。


「生命活動のエネルギーが霊脈から竜脈に変わり、それに適応するように、体の組織も色々変わるらしい。そして何より、破壊と支配の欲求のままに動く力の権化に成り果てるってさ」
「話を聞く限りじゃ、渚沙さんはそんなことはなさそうだったけど……」
ちゃんと兄を想う心が残っていたし、現に私が会った彼女もまた、同じだった。
「俺もそう思う。竜にも色々あるんじゃねぇか?」
「そんなもんかなぁ……」


「明日休みだろ? 悪ぃけど、今日ここに泊まるわ」
そう言って、冰波はまた私のベッドに潜り込んでしまった。
「はぁっ?! あっ、ちょっとっ!」
昔の辛い記憶を思い出させた手前、拒否はできなかった。


「お、おやすみっ」
私も問答無用でベッドに割り込む。
「お、お前、何して」
「……床で寝ろって言うの?」
「そ、そうかよ。……別に、俺はいいけど」


強引に割り込んだはいいが、気持ちが高ぶって、なかなか寝付けなかった。

「竜王は魔女の弟子」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代アクション」の人気作品

コメント

コメントを書く