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竜王は魔女の弟子

エルトベーレ

第28x話 暴走

* * * *


私が辛うじて目を開くと、その視界に映ったのは、狂気の笑みを湛え、"紫黒"のオーラのようなものを纏った冰波の姿だった。


感じたこともないほどの威圧感と、戦慄。これが、竜脈の暴走というものなのだろうか。
だが私には、彼を止められるほどの力はない。地に踏み倒されている私には、彼を力なく見つめていることしかできない……。


冰波が何か唸り声のような声を発する。それはちょうど、獣のそれに似ていた。
「なんだよ、この娘がほしいのか?」
と、男は私の髪を乱暴に掴んで引っ張り上げ、冰波に見せつける。
だが、冰波から言葉は出ない。


すると次の瞬間、私の身体は彼の腕の中にあった。
冰波の纏っている竜脈が形を変え、私を掴んで男から奪い返したのだ。
よく見ると、手のような形をしているが、形状は人間のものではない。――獣。幼いころに絵本で読んだ、竜のものにそっくりだ。


冰波は私をそっと降ろして、その前に立ちはだかった。
暴走したらどうなるか、とか言ってたくせに、私のことをちゃんと守ってくれて、私は心底嬉しかった。
それより、こんな霊脈の乱れた状況では、間違いなく霊術なんて使えない。そうなると、この傷は……。


死を覚悟した私は、最期までこの戦いを見守ると決意し、冰波の方をひたと見据える。
すると、冰波のオーラにところどころ混じっていた"漆黒"が一点に集まり、さっき手を形作ったように、人の姿を形作って、私の前に現れた。
その姿は、私より年下だろうかという女の子だった。


『お姉さん、こんなとこで死んじゃっていいの?』
その風鈴の鳴るような、透き通るように凛とした声は、直接脳内に響いてきたような感じがした。ちょうど、感応の術式を使ったときと似ていたので、声の主は、目の前の少女だとすぐにわかった。
「嫌、だけど……っ、でも……」
『なら、渚沙が助けてあげる』
「え……?」


その渚沙と名乗る少女が、私の傷口に手を触れると、みるみるうちに傷が回復していく。まるで、これは……。
「霊術……?」
『うん。渚沙の"特性"はね、"司霊"なの』
しかし、彼女から感じるこの気配は、冰波から感じるものと同質。つまり、彼女も竜の力の持ち主。
『渚沙は竜脈で打ち消されない霊力を作れるんだよ』


ちょうどその時、冰波と襲撃者にも動きがあった。
襲撃者は刀に竜脈を流したのか、刃からも"薄緑"のオーラが放たれている。すると、段々と刀身が見えなくなっていく。
冰波も竜脈で手を形作り、その鋭利な爪で襲撃者を切り裂こうとするが、その竜脈の腕は見えない剣によって切り落とされてしまう。


『"透過"の"特性"……。渚沙はもう行くから、お兄ちゃんをよろしくね、お姉さん』
彼女は冰波に吸収されるように、再び"漆黒"の流れとなって、彼のオーラの一部になっていった。
お兄ちゃん、とは彼のことなんだろう。もしかして、彼女の本体はもう……。


今度は冰波は竜脈で剣を形成し、襲撃者に対抗する。これは簡単には折れず、見えない剣とも互角に戦えている。


するとそこに、大地を抉るような凄まじい斬撃が襲った。それは両者の間を裂くように斬っていた。第三者の介入だ。
「お前だったか。……大橋」
その人は、前に一度見たことがあった。相変わらず色っぽいスーツ姿で、今は腰に提げた刀を抜刀している。
「理事長か……。分が悪いな」
大橋と呼ばれた襲撃者は、さっき刀身を見えなくしたように、姿を消した。
しかし理事長がそれを追撃するように太刀を振るうと、辺りに鮮血が散る。
「逃がしたか……」
理事長の言葉からすると、手傷は負わせたが、逃げられてしまったのだろう。


「さて……」
理事長は刀を抜いたまま冰波に向き直る。
私は理事長室での会話を思い出し、この後理事長が何をするかに思い至った。
「理事長先生! ……冰波を、殺すんですか?」
「これはレベル4。駆除対象だ。それに、そういう約束だっただろう?」
今の冰波は、確かに目の前の者を全て敵と認識しているようで、今度は理事長に刃を向けている。
「ですが! これは身を守るために仕方なく……」
「この状態になると、自力では戻れない」
つまり、殺すしかない、と……。
「でも……!」
いつの間にか視界はぼやけ、大粒の雫が頬を流れ落ちていっていた。


「……そこまで言うなら、お前が止めてみせろ。……失敗した時は、同じ墓に入れてやる」
理事長は、冗談なんて欠片もない、冷たく刺すような、真剣な眼をしていた。
「わかり、ました……。ありがとうございます」


私は冰波と理事長の間に割って入り、冰波を真っ直ぐに見据えた。
彼の眼差しに感情はなく、人が到底できるとは思えないような、ただ殺戮を楽しみたい、そんな表情をしていた。
私は怖くて、息苦しくて、涙が止まらないけれど、視線を外さない。真っ直ぐ、強い意思を持って対峙する。
身体が震えてしまう。立っていられるのが不思議なくらい。でも、逃げられない。逃げるわけにはいかない。


「冰波……っ」
震える声を絞り出して、名前を呼んでみた。だが、彼は竜脈の手で私の身体を乱暴に掴み、爪を食い込ませる。
これではダメだ……。
もう一度、強く見据えて、今度は震えないように、声にも意思を込めて呼んでみる。
「冰波っ!」
すると、彼の掴む力が緩み、その一寸に私は竜脈の手から抜け出して、冰波の体にしがみついた。


「冰波、お願い! 落ち着いて」
彼は私を引き離そうとするが、その手には、さっきのように力がこもっていない。
「じゃないと、殺されちゃうんだよ!? ……私、嫌だよ、そんなの……」
私はより強く抱き付いて、そのまま冰波を押し倒す。冰波も素直に押し倒され、その彼の眼に殺意はなく、苦しみが浮かんでいるように見えた。
「せっかくできた、友達なのに……」
冰波の腕が私の背に伸びてきて、また傷つけられるのかと思ったが、その腕は優しく私を抱き締めた。


「冰波……?」
そして彼は何も言わずに私の首筋に顔を近づけ、何か生温かい、潤いを帯びた柔らかいものが触れる。
「えっ……?!」
すると、彼を覆っていたオーラは消え、彼の意識もなくなった。
うまくいった……のだろうか……。


「へぇ……、そういう関係なのか?」
「な、何言ってるんですかっ!?」
さっきまで真剣そのものだった理事長が、茶化すように歩みよってくる。
刀を収め、もう殺すつもりはないようだ。
「でも、少し特別な関係になったのは事実。今後のことについても話さなければな」

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