竜王は魔女の弟子
第27x話 準決勝 第二試合 後編
返事とともに、千条が術式を展開すると、彼女の頭上高くから光の玉が無数に射出される。まるで雨のように絶え間なく、隙間なく放たれる光弾を、二人は必要最低限だけ斬って防ぎきっている。
だが、千条はさらに結界術式をも展開する。
結界内の気温が急激に下がり、地面が凍り付いていく。これは牧野が使ってみせた、"雪月華"。
凍った地面からは相手めがけて氷柱が突き出すが、相手はこれを容易く斬って砕いた。高月の術では、この砕かれた氷片を、まるで花吹雪のように舞わせていたが、千条の術は違った。
砕かれた氷片は急激に肥大化し、増殖して再び相手を襲う、余計に厄介な代物だった。
『牧野選手が使うものとは少し違いますね』
『彼のは奥義を前提としてるからじゃないかなぁ。これは術の応用の範囲内だよ。たぶんね』
ふと振り向くと、千条が指でこっちへ来いと合図を出していた。俺はそれに従い、彼女の元へ瞬間移動する。
「……今から、自爆技を使うわ」
「はぁ?! お前何言って……」
「私が使える中では、これが一番強力なのっ。……私の盾になってくれるんでしょ?」
なるほど、そういうことか……。俺なら、その一撃の巻き添えを防ぐことができる。
「まずは牽制するから」
「わかった」
俺は千条の前に壁のようにして立ちはだかると、彼女はさっき見せた雨のような光弾を連射した。しかし、今度のは少し違う。逃げる二人を取り囲む、追尾性能がついていた。
増殖する氷柱を斬り壊しながら、光弾も避けきる。これはほぼ不可能ではないかと思うが、彼らは完全に防ぎきっていた。
よく見ると、二条が石川を庇いつつ防いでいるようにも見える。いずれにしても、防衛に手いっぱいという様子だ。
「それじゃあ、始めるわ。タイミング、気を付けて」
「わかってる」
とは言ったものの、何をするかは聞いていなかったので、タイミングなんてわかる訳がないと気付いたのは、答えた後だった。
聞き返す間もなく、千条はもう一つ結界術式を展開する。
『こ、これは千条選手! 二重結界です!!』
『これを維持するのはかなりの技量がいるはずよ。さすがは千条本家のご令嬢ってとこかしら』
だが、狙いは違うということに、俺はすぐに気が付いた。
千条が展開した結界は"灼烈花苑"。"熱"属性の結界だ。既に張られていた"雪月華"は"冷"属性だから、相性の面からみて、結界は上書きされるはず。しかし、現にこうして二種類の結界が維持されている。これはどういうことだ……?
すると次の瞬間、結界が突然歪みだし、破裂するように爆発した。
俺はこのタイミングだと判断し、竜脈の力を使って俺と千条の身を守る。
『これはすごいわね……』
『な、何が起こったんでしょうか!? 突然大規模な爆発が発生!!』
『本来なら相性的に上書きされるはずの結界なんだけど、それを無理やり維持させた結果、耐えきれずに結界は消滅。それによって依代を失った膨大な霊力が一気に放出された、ってとこかしらねぇ……』
目の前で起こったことは解説の通りなのだが、一つ納得のいかないことがあった。
なぜ俺は血を流している……?
血が流れていることを知覚することで痛覚を取り戻し、爆風から視界が晴れていくと、俺の右脇腹を刃が切り裂いているのが見えた。
あの爆発の中、二条は俺の元へ迫り、的確に脇腹を裂いた。これは一体……。
そんなことを考えながら、俺の意識はここで途切れてしまった。それは必然的に、俺たちの敗退が決まってしまった瞬間でもあった。
目を覚ますと、湯煙のような澄んだ温かな匂いがした。何だ? 俺は寝ながら風呂にでも入れられているのか?
などとバカなことを考えるも、目を開ければすぐにその疑問は解決した。
「……ぅ……すぅ……」
目の前には千条の寝顔。そういえば、こいつはこんな匂いだったな。
……って、一つ問題が解決したと思ったら、また一つ問題が増えた。なぜ千条が隣で寝ている? 周りを見る限り医務室で間違いないが、看病していたならベッドの脇、こいつも倒れたなら別のベッドで寝ているというものだろう。
「あぁ、目が覚めたんだね」
「莉奈さん。……これは莉奈さんの仕業か?」
どこからともなくやってきた莉奈さんが、意味深な笑みを浮かべていたので、すぐに犯人がわかった。
「随分疲れてたみたいだからさー。粋な計らいでしょ?」
「何言ってんだ、起きたら絶対俺が怒られるんだぞ」
「あれ、愛璃亜ちゃんはいい匂いしないの?」
「するけど……、そういう問題ではなくて。……まぁいいか」
そういう意味で"粋な計らい"ってことか……。確かに、これはこれで……と思っていたのも事実だし、その厚意を素直に受け取るとしよう。
「決勝戦はお昼休憩の後だよ。せっかくだし、見に行ったら?」
「……そうだな」
「それじゃ、邪魔者は退散するから、あとはごゆっくり~」
などとふざけたことを言い残して、莉奈さんはどこかへ行ってしまった。
とりあえず体を起こそうとして、違和感に気付いた。千条が俺の左腕にしがみついている。しょうがないので、再びそのまま横になる。
隣にいる千条は、いつもは不機嫌そうな顔のくせに、寝顔は可愛らしい。
俺はついつい彼女の頭を撫でてしまい、ついでに、さっきの試合で気になった、最後の部分を確認しようと、電子生徒手帳を起動した。
大会開催中は、いつでも今大会の試合映像が見れるので、分析をする際にも活用していた。
最後、千条が爆発を起こしてから、二条の剣が俺に達するまで……。何度見ても、爆風に遮られて、何も映っていなかった。
「……んん~っ」
千条が目を覚ますころには、昼休憩も終わりに差し掛かっていた。
「おはよう。よく休めたか?」
「うん……、まぁまぁね……。って、何で……?!」
最初は寝ぼけていたみたいだが、俺を見るなり驚いたように目を見開いて、布団で隠すようにして顔を伏せてしまった。
怒られるかと思っっていたので、意外な反応だった。
「おい、もう昼休憩終わっちまうぞ」
俺が全く動じずに続けたので、千条もまだ恥ずかしそうにしながらも、顔を上げて、壁にかかっている時計を見た。
「あ、そうだ、決勝! 冰波は観に行くの?」
「俺はちょっと……そういう気分じゃないんだ」
実はさっきから体が重い……。治癒の霊術で、体は完全に回復しているはずなんだが……竜脈の副作用か? こんなこと、いままでなかったんだけどな……。
「……どこか悪いの?」
表情に出さないようにしていたつもりだったが、彼女には見透かされていたらしい。
「……気にするな」
俺は起き上がって、そのまま去ろうとするが、瞬間移動が使えない。間違いない。竜脈の影響だ。
すると彼女に腕を掴まれ、振り返らずに彼女の言葉を聞く。
「ねぇ……、友達にも言ってくれないの……?」
その声音から、彼女の表情はいとも容易く推測できた。もし彼女の方へ振り返っていたら、俺はこのまま折れていただろう。
「……悪いな」
竜脈が暴走すれば、千条を傷付けてしまうかもしれない。その思いから、尚更留まるわけにはいかなかった。
俺は千条の手を払って、彼女を背にベッドから降りると、突然嫌な気配を感じた。
この圧倒されるような、息苦しく、気持ちの悪い感じ……竜脈の力だ。
だが、気付いたときには遅かった。
かすれるような声に、慌てて振り返ったが、ベッドに千条の姿はない。焦って辺りを見回すと、窓の桟に血がついているのがわかった。
俺は急いで窓から外に出ると、あったのは、鮮やかな血溜まりだけ。
息が詰まりそうになりがらも、意識を変えて、こちらも竜脈の力を行使する。
奴は恐らく、新星杯の時に俺を襲ったのと同じ。だとすれば、千条の傷は霊術では治せない。こんなに血を流したら、千条が死んでしまう……!
俺は抑えようとしたが、目の前の光景に、つい感情を昂らせてしまい、リミッターを外してしまった。
「……いるのはわかってんだよ! 隠れるのは弱さの肯定か?」
すると、俺の挑発に乗ったのか、透明になっていた奴の姿が露になる。
奴の姿は俺と同じくらいの男子生徒で、溢れる薄緑色の竜脈をその身に纏っている。そいつは我が物顔で、地に横たわる千条の背に刀を突き立て、さらにその頭を踏みつけていた。
俺はその様を捉えた途端、激昂して――、それ以降の記憶は残っていない。
だが、千条はさらに結界術式をも展開する。
結界内の気温が急激に下がり、地面が凍り付いていく。これは牧野が使ってみせた、"雪月華"。
凍った地面からは相手めがけて氷柱が突き出すが、相手はこれを容易く斬って砕いた。高月の術では、この砕かれた氷片を、まるで花吹雪のように舞わせていたが、千条の術は違った。
砕かれた氷片は急激に肥大化し、増殖して再び相手を襲う、余計に厄介な代物だった。
『牧野選手が使うものとは少し違いますね』
『彼のは奥義を前提としてるからじゃないかなぁ。これは術の応用の範囲内だよ。たぶんね』
ふと振り向くと、千条が指でこっちへ来いと合図を出していた。俺はそれに従い、彼女の元へ瞬間移動する。
「……今から、自爆技を使うわ」
「はぁ?! お前何言って……」
「私が使える中では、これが一番強力なのっ。……私の盾になってくれるんでしょ?」
なるほど、そういうことか……。俺なら、その一撃の巻き添えを防ぐことができる。
「まずは牽制するから」
「わかった」
俺は千条の前に壁のようにして立ちはだかると、彼女はさっき見せた雨のような光弾を連射した。しかし、今度のは少し違う。逃げる二人を取り囲む、追尾性能がついていた。
増殖する氷柱を斬り壊しながら、光弾も避けきる。これはほぼ不可能ではないかと思うが、彼らは完全に防ぎきっていた。
よく見ると、二条が石川を庇いつつ防いでいるようにも見える。いずれにしても、防衛に手いっぱいという様子だ。
「それじゃあ、始めるわ。タイミング、気を付けて」
「わかってる」
とは言ったものの、何をするかは聞いていなかったので、タイミングなんてわかる訳がないと気付いたのは、答えた後だった。
聞き返す間もなく、千条はもう一つ結界術式を展開する。
『こ、これは千条選手! 二重結界です!!』
『これを維持するのはかなりの技量がいるはずよ。さすがは千条本家のご令嬢ってとこかしら』
だが、狙いは違うということに、俺はすぐに気が付いた。
千条が展開した結界は"灼烈花苑"。"熱"属性の結界だ。既に張られていた"雪月華"は"冷"属性だから、相性の面からみて、結界は上書きされるはず。しかし、現にこうして二種類の結界が維持されている。これはどういうことだ……?
すると次の瞬間、結界が突然歪みだし、破裂するように爆発した。
俺はこのタイミングだと判断し、竜脈の力を使って俺と千条の身を守る。
『これはすごいわね……』
『な、何が起こったんでしょうか!? 突然大規模な爆発が発生!!』
『本来なら相性的に上書きされるはずの結界なんだけど、それを無理やり維持させた結果、耐えきれずに結界は消滅。それによって依代を失った膨大な霊力が一気に放出された、ってとこかしらねぇ……』
目の前で起こったことは解説の通りなのだが、一つ納得のいかないことがあった。
なぜ俺は血を流している……?
血が流れていることを知覚することで痛覚を取り戻し、爆風から視界が晴れていくと、俺の右脇腹を刃が切り裂いているのが見えた。
あの爆発の中、二条は俺の元へ迫り、的確に脇腹を裂いた。これは一体……。
そんなことを考えながら、俺の意識はここで途切れてしまった。それは必然的に、俺たちの敗退が決まってしまった瞬間でもあった。
目を覚ますと、湯煙のような澄んだ温かな匂いがした。何だ? 俺は寝ながら風呂にでも入れられているのか?
などとバカなことを考えるも、目を開ければすぐにその疑問は解決した。
「……ぅ……すぅ……」
目の前には千条の寝顔。そういえば、こいつはこんな匂いだったな。
……って、一つ問題が解決したと思ったら、また一つ問題が増えた。なぜ千条が隣で寝ている? 周りを見る限り医務室で間違いないが、看病していたならベッドの脇、こいつも倒れたなら別のベッドで寝ているというものだろう。
「あぁ、目が覚めたんだね」
「莉奈さん。……これは莉奈さんの仕業か?」
どこからともなくやってきた莉奈さんが、意味深な笑みを浮かべていたので、すぐに犯人がわかった。
「随分疲れてたみたいだからさー。粋な計らいでしょ?」
「何言ってんだ、起きたら絶対俺が怒られるんだぞ」
「あれ、愛璃亜ちゃんはいい匂いしないの?」
「するけど……、そういう問題ではなくて。……まぁいいか」
そういう意味で"粋な計らい"ってことか……。確かに、これはこれで……と思っていたのも事実だし、その厚意を素直に受け取るとしよう。
「決勝戦はお昼休憩の後だよ。せっかくだし、見に行ったら?」
「……そうだな」
「それじゃ、邪魔者は退散するから、あとはごゆっくり~」
などとふざけたことを言い残して、莉奈さんはどこかへ行ってしまった。
とりあえず体を起こそうとして、違和感に気付いた。千条が俺の左腕にしがみついている。しょうがないので、再びそのまま横になる。
隣にいる千条は、いつもは不機嫌そうな顔のくせに、寝顔は可愛らしい。
俺はついつい彼女の頭を撫でてしまい、ついでに、さっきの試合で気になった、最後の部分を確認しようと、電子生徒手帳を起動した。
大会開催中は、いつでも今大会の試合映像が見れるので、分析をする際にも活用していた。
最後、千条が爆発を起こしてから、二条の剣が俺に達するまで……。何度見ても、爆風に遮られて、何も映っていなかった。
「……んん~っ」
千条が目を覚ますころには、昼休憩も終わりに差し掛かっていた。
「おはよう。よく休めたか?」
「うん……、まぁまぁね……。って、何で……?!」
最初は寝ぼけていたみたいだが、俺を見るなり驚いたように目を見開いて、布団で隠すようにして顔を伏せてしまった。
怒られるかと思っっていたので、意外な反応だった。
「おい、もう昼休憩終わっちまうぞ」
俺が全く動じずに続けたので、千条もまだ恥ずかしそうにしながらも、顔を上げて、壁にかかっている時計を見た。
「あ、そうだ、決勝! 冰波は観に行くの?」
「俺はちょっと……そういう気分じゃないんだ」
実はさっきから体が重い……。治癒の霊術で、体は完全に回復しているはずなんだが……竜脈の副作用か? こんなこと、いままでなかったんだけどな……。
「……どこか悪いの?」
表情に出さないようにしていたつもりだったが、彼女には見透かされていたらしい。
「……気にするな」
俺は起き上がって、そのまま去ろうとするが、瞬間移動が使えない。間違いない。竜脈の影響だ。
すると彼女に腕を掴まれ、振り返らずに彼女の言葉を聞く。
「ねぇ……、友達にも言ってくれないの……?」
その声音から、彼女の表情はいとも容易く推測できた。もし彼女の方へ振り返っていたら、俺はこのまま折れていただろう。
「……悪いな」
竜脈が暴走すれば、千条を傷付けてしまうかもしれない。その思いから、尚更留まるわけにはいかなかった。
俺は千条の手を払って、彼女を背にベッドから降りると、突然嫌な気配を感じた。
この圧倒されるような、息苦しく、気持ちの悪い感じ……竜脈の力だ。
だが、気付いたときには遅かった。
かすれるような声に、慌てて振り返ったが、ベッドに千条の姿はない。焦って辺りを見回すと、窓の桟に血がついているのがわかった。
俺は急いで窓から外に出ると、あったのは、鮮やかな血溜まりだけ。
息が詰まりそうになりがらも、意識を変えて、こちらも竜脈の力を行使する。
奴は恐らく、新星杯の時に俺を襲ったのと同じ。だとすれば、千条の傷は霊術では治せない。こんなに血を流したら、千条が死んでしまう……!
俺は抑えようとしたが、目の前の光景に、つい感情を昂らせてしまい、リミッターを外してしまった。
「……いるのはわかってんだよ! 隠れるのは弱さの肯定か?」
すると、俺の挑発に乗ったのか、透明になっていた奴の姿が露になる。
奴の姿は俺と同じくらいの男子生徒で、溢れる薄緑色の竜脈をその身に纏っている。そいつは我が物顔で、地に横たわる千条の背に刀を突き立て、さらにその頭を踏みつけていた。
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