竜王は魔女の弟子
第12x話 綺羅星
新星杯ももう終盤。あと三試合で結果が決まる。次の相手はどうするか……。
ある放課後、中庭でそんなことを考えていた時だった。
突然腹部に、まるで剣で貫かれたような、激しい痛みが襲う。
しかもこれは、明らかに何者かの攻撃。患部に視線を落とすと、大きな傷口から血が溢れている。どうやら刺されたらしい。
しかし、辺りに人影はなく、気配もない。
とりあえず傷を治さないと……。
「塞がらない……っ!?」
この傷、霊脈を受け付けないのか……。
仕方がないので、念のため意識を変えて、霊脈とは違う、別の流れも視てみる。
「そこだっ」
俺は短刀を抜いて、流れの主に斬りかかるも、逆に喉元を掴まれ、うつ伏せに押し倒されてしまった。
それよりも、この流れを持つということは、こいつも……。
しかし、俺の思考を遮るように、体中に激痛が走る。
またしても背を刺されたらしい。
なんとかして奴を振り払うと、奴はそのまま森の方へ逃げていき、俺の意識もそこで途切れた。
――――――
――
霧がかかった景色の中、見覚えのある顔が視界に映る。
「渚沙……」
俺がその少女の名を呼ぶと、彼女は儚げに微笑み、俺からどんどんと遠ざかっていく。
「お兄ちゃん、まだダメですよ。こっちに来たら……」
「渚沙……っ!」
――――――
――
目を覚ますと、幼い顔立ちの少女が俺を見下ろしていた。逆光で見づらいが、この人は見覚えがある。
「あんた、天宮……妹の方か」
姉はたしか、もっと胸が大きかったはずだ。
「ちょっとっ、その失礼な見分け方やめてよ!」
視線で気付いたらしい。
俺の方が見下ろされ、俺の頭を受け止めている柔らかくもしっかりとした感触。
どうやらこの天宮妹に、膝枕をされているみたいだ。
「君はえーっと……、新入生の冰波凌太くん、だったよね?」
「俺を知ってるのか……?」
「もっちろん。あたしは全校生徒の顔と名前を記憶してるからね」
それは知ってるって言わなくないか……?
「それはそうと、こんなところで血まみれになって、何してたのー?」
その無垢な表情から、この人の精神年齢が見た目相応であることがうかがえる。
「俺が遊んでたみたいな言い方やめろよ。……襲われたんだよ、急に」
不意に傷口に手をやるも、そこに傷はなかった。
「あぁ、傷は塞いどいたよ。じゃあ君も、謎の透明人間にやられたの?」
「"も"ってことは、他にもやられた奴がいるのか?」
「うん、まぁねー」
俺は立ち上がり、彼女に向き直ってその小さな身体を見据える。
髪は明るい茶髪ではあるが、力を加えたら簡単に折れてしまいそうな四肢、膨らみと呼ぶには慎ましすぎる胸元。
どう見ても中学生……いや、下手をすれば小学生にすら見えてしまうかもしれない。
「まぁ、助けてくれたのは感謝する。それじゃ」
「あっ、ちょっとっ!」
こういうテンションの高い奴と関わるとろくなことにならないと、そのまま立ち去ろうとしたが、吐き気とともに視界が揺れて、優しい香りに包まれながら、俺の意識は再び闇の中に落ちていった。
次に目を覚ました時は、俺はベッドの中にいた。
この女の子らしい柔らかい匂いは、恐らく天宮妹の部屋にいるのだろう。
「あ、おはよー。まったく……、傷は塞いだだけだし、あんなに血流したんだから貧血にもなるよそりゃ……」
起き上がると、天宮妹は私服に着替えたようで、丈の長い灰色のタンクトップに、薄い黄色のショートパンツと、露出の多い格好だった。
何か調理をしているようだが、エプロンが絶望的に似合っていない。
むしろ、正面から見たら下に何も着てないように見えて、犯罪チックだ。
「ほら、少しは栄養取った方がいいよー?」
「……いただきます」
その好意に甘えて、素直に完食した。
思った以上に、普通に家庭的な味だった。こういう女っていうのは、決まって不器用なもんだと思っていたが……。
ただ、部屋に転がっているものは、"女の子らしさ"とはかけ離れているが。
「すごい部屋だな……」
「あはは……」
自覚しているのか、少し恥ずかしそうに苦笑いする。
ルームランナーやダンベルはもちろん、サンドバッグまで転がっている。
一体どれくらいなのかと、試しにダンベルを持ち上げてみると、紙かなにかでできてるのかと思うほど軽く、拍子抜けしてしまう。
「こんなのトレーニングになるのか?」
「なるよ。"アンリミット"」
「うおっ?! 痛っ!!」
さっきまで空気同然に感じていたのが、突然持ち上げられないほどに重くなった。
その重力に逆らえないまま、ダンベルは俺の足を押しつぶした。
「あー、床傷つけないでよ?」
「いいから……! これ……、どかしてくれ……!」
あまりの激痛に、声を絞り出すのがやっとだ。
すると天宮妹は、そのダンベルを軽々と持ち上げて、俺の足からどかしてくれた。……しかも片手で。
さらに霊脈を用いて、俺の無惨にも潰れた足を治してもくれた。
「もう、泣かないの」
「……うるせぇ」
頭を優しく撫でて慰めてくれるが、それがかえって俺の心を抉り、俺は部屋の隅で膝を抱えて顔を伏せる。
「男の子って難しいわねー……」
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「何だ?」
一応立ち直った俺は、テーブルを挟んで天宮妹と向かい合う形で座る。
「凌太くんはさ、……不思議な力を持ってるの?」
「……どういう意味だ?」
「……霊脈以外に、何か力があるのかなーって」
この力について、"王の右手"の一人であっても、知っているわけではないようだ。
それもそうか。一応、国際レベルでの機密事項になっているらしいからな。
「そんな怖い顔しないでよー。言いたくないならいいからさぁ」
「……俺も、一ついいか?」
「うん、なぁに?」
「あんたは、何で強くなりたいんだ?」
この学園にいるからには、それなりに理由があるはずだ。
こんな無邪気な子が、女の子らしさを捨ててまで、強さを求める理由。それを、どうしても聞いてみたかった。
「大切な人を守るため、かな」
その答えは見た目に反して大人びていたもので、俺は少し驚いた。
何も考えていないような無邪気な態度を崩さなかった彼女でも、こんな真剣で、包容力のある表情ができるんだな……。
「今はまだ、あたしの方が守られる側だけど、もっともっと強くなって、あたしが守ってあげたいから……」
……あの時の俺も、あいつに守られてしまった。俺がもっと強くて、あいつを守ってやれていたなら、あんなことにはならなかったんだろうか……。
「凌太くんは?」
「え……?」
「凌太くんは、"強い"ってなんだと思う?」
いつの間にか、俺が今まで感じていた幼さの残る天宮妹は消えていた。今目の前にいるのは、序列二位の先輩、"綺羅星"こと天宮莉奈さんだった。
"強い"、とは何か……。答えの無い問いだ。もし俺なりにその問いに答えるなら、それは……。
「思いの強さ、かな」
「それは、どうしてそう思うの?」
莉奈さんは優しい笑みを浮かべながら、俺の言葉を待っている。
段々と俺は、この人の人間としての美しさに魅了されていっていた。
「思いのこもっていない力なんて、虚しいだけだ。誰かのために振るうからこそ、本当に強くなれる。俺はそう思う」
「……あたしもそう思うよ。どんなに優れた剣でも、それをどんな気持ちで振るうのか。それによっては、ナマクラにもなるし、潜在以上の力を引き出してくれるかもしれない。大切なのは、心の強さ」
気がついたら俺は、莉奈さんに向かって頭を垂れていた。
己の未熟さは理解しているつもりだ。だからこそ、俺はまだまだ強くならなきゃならない。でも、一人では限界がある。
俺はこの人の元でなら、どこまでも高みを目指していける。そんな気がした。
「どうしたの……? 凌太くん」
「…………俺に、稽古をつけてください」
ある放課後、中庭でそんなことを考えていた時だった。
突然腹部に、まるで剣で貫かれたような、激しい痛みが襲う。
しかもこれは、明らかに何者かの攻撃。患部に視線を落とすと、大きな傷口から血が溢れている。どうやら刺されたらしい。
しかし、辺りに人影はなく、気配もない。
とりあえず傷を治さないと……。
「塞がらない……っ!?」
この傷、霊脈を受け付けないのか……。
仕方がないので、念のため意識を変えて、霊脈とは違う、別の流れも視てみる。
「そこだっ」
俺は短刀を抜いて、流れの主に斬りかかるも、逆に喉元を掴まれ、うつ伏せに押し倒されてしまった。
それよりも、この流れを持つということは、こいつも……。
しかし、俺の思考を遮るように、体中に激痛が走る。
またしても背を刺されたらしい。
なんとかして奴を振り払うと、奴はそのまま森の方へ逃げていき、俺の意識もそこで途切れた。
――――――
――
霧がかかった景色の中、見覚えのある顔が視界に映る。
「渚沙……」
俺がその少女の名を呼ぶと、彼女は儚げに微笑み、俺からどんどんと遠ざかっていく。
「お兄ちゃん、まだダメですよ。こっちに来たら……」
「渚沙……っ!」
――――――
――
目を覚ますと、幼い顔立ちの少女が俺を見下ろしていた。逆光で見づらいが、この人は見覚えがある。
「あんた、天宮……妹の方か」
姉はたしか、もっと胸が大きかったはずだ。
「ちょっとっ、その失礼な見分け方やめてよ!」
視線で気付いたらしい。
俺の方が見下ろされ、俺の頭を受け止めている柔らかくもしっかりとした感触。
どうやらこの天宮妹に、膝枕をされているみたいだ。
「君はえーっと……、新入生の冰波凌太くん、だったよね?」
「俺を知ってるのか……?」
「もっちろん。あたしは全校生徒の顔と名前を記憶してるからね」
それは知ってるって言わなくないか……?
「それはそうと、こんなところで血まみれになって、何してたのー?」
その無垢な表情から、この人の精神年齢が見た目相応であることがうかがえる。
「俺が遊んでたみたいな言い方やめろよ。……襲われたんだよ、急に」
不意に傷口に手をやるも、そこに傷はなかった。
「あぁ、傷は塞いどいたよ。じゃあ君も、謎の透明人間にやられたの?」
「"も"ってことは、他にもやられた奴がいるのか?」
「うん、まぁねー」
俺は立ち上がり、彼女に向き直ってその小さな身体を見据える。
髪は明るい茶髪ではあるが、力を加えたら簡単に折れてしまいそうな四肢、膨らみと呼ぶには慎ましすぎる胸元。
どう見ても中学生……いや、下手をすれば小学生にすら見えてしまうかもしれない。
「まぁ、助けてくれたのは感謝する。それじゃ」
「あっ、ちょっとっ!」
こういうテンションの高い奴と関わるとろくなことにならないと、そのまま立ち去ろうとしたが、吐き気とともに視界が揺れて、優しい香りに包まれながら、俺の意識は再び闇の中に落ちていった。
次に目を覚ました時は、俺はベッドの中にいた。
この女の子らしい柔らかい匂いは、恐らく天宮妹の部屋にいるのだろう。
「あ、おはよー。まったく……、傷は塞いだだけだし、あんなに血流したんだから貧血にもなるよそりゃ……」
起き上がると、天宮妹は私服に着替えたようで、丈の長い灰色のタンクトップに、薄い黄色のショートパンツと、露出の多い格好だった。
何か調理をしているようだが、エプロンが絶望的に似合っていない。
むしろ、正面から見たら下に何も着てないように見えて、犯罪チックだ。
「ほら、少しは栄養取った方がいいよー?」
「……いただきます」
その好意に甘えて、素直に完食した。
思った以上に、普通に家庭的な味だった。こういう女っていうのは、決まって不器用なもんだと思っていたが……。
ただ、部屋に転がっているものは、"女の子らしさ"とはかけ離れているが。
「すごい部屋だな……」
「あはは……」
自覚しているのか、少し恥ずかしそうに苦笑いする。
ルームランナーやダンベルはもちろん、サンドバッグまで転がっている。
一体どれくらいなのかと、試しにダンベルを持ち上げてみると、紙かなにかでできてるのかと思うほど軽く、拍子抜けしてしまう。
「こんなのトレーニングになるのか?」
「なるよ。"アンリミット"」
「うおっ?! 痛っ!!」
さっきまで空気同然に感じていたのが、突然持ち上げられないほどに重くなった。
その重力に逆らえないまま、ダンベルは俺の足を押しつぶした。
「あー、床傷つけないでよ?」
「いいから……! これ……、どかしてくれ……!」
あまりの激痛に、声を絞り出すのがやっとだ。
すると天宮妹は、そのダンベルを軽々と持ち上げて、俺の足からどかしてくれた。……しかも片手で。
さらに霊脈を用いて、俺の無惨にも潰れた足を治してもくれた。
「もう、泣かないの」
「……うるせぇ」
頭を優しく撫でて慰めてくれるが、それがかえって俺の心を抉り、俺は部屋の隅で膝を抱えて顔を伏せる。
「男の子って難しいわねー……」
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「何だ?」
一応立ち直った俺は、テーブルを挟んで天宮妹と向かい合う形で座る。
「凌太くんはさ、……不思議な力を持ってるの?」
「……どういう意味だ?」
「……霊脈以外に、何か力があるのかなーって」
この力について、"王の右手"の一人であっても、知っているわけではないようだ。
それもそうか。一応、国際レベルでの機密事項になっているらしいからな。
「そんな怖い顔しないでよー。言いたくないならいいからさぁ」
「……俺も、一ついいか?」
「うん、なぁに?」
「あんたは、何で強くなりたいんだ?」
この学園にいるからには、それなりに理由があるはずだ。
こんな無邪気な子が、女の子らしさを捨ててまで、強さを求める理由。それを、どうしても聞いてみたかった。
「大切な人を守るため、かな」
その答えは見た目に反して大人びていたもので、俺は少し驚いた。
何も考えていないような無邪気な態度を崩さなかった彼女でも、こんな真剣で、包容力のある表情ができるんだな……。
「今はまだ、あたしの方が守られる側だけど、もっともっと強くなって、あたしが守ってあげたいから……」
……あの時の俺も、あいつに守られてしまった。俺がもっと強くて、あいつを守ってやれていたなら、あんなことにはならなかったんだろうか……。
「凌太くんは?」
「え……?」
「凌太くんは、"強い"ってなんだと思う?」
いつの間にか、俺が今まで感じていた幼さの残る天宮妹は消えていた。今目の前にいるのは、序列二位の先輩、"綺羅星"こと天宮莉奈さんだった。
"強い"、とは何か……。答えの無い問いだ。もし俺なりにその問いに答えるなら、それは……。
「思いの強さ、かな」
「それは、どうしてそう思うの?」
莉奈さんは優しい笑みを浮かべながら、俺の言葉を待っている。
段々と俺は、この人の人間としての美しさに魅了されていっていた。
「思いのこもっていない力なんて、虚しいだけだ。誰かのために振るうからこそ、本当に強くなれる。俺はそう思う」
「……あたしもそう思うよ。どんなに優れた剣でも、それをどんな気持ちで振るうのか。それによっては、ナマクラにもなるし、潜在以上の力を引き出してくれるかもしれない。大切なのは、心の強さ」
気がついたら俺は、莉奈さんに向かって頭を垂れていた。
己の未熟さは理解しているつもりだ。だからこそ、俺はまだまだ強くならなきゃならない。でも、一人では限界がある。
俺はこの人の元でなら、どこまでも高みを目指していける。そんな気がした。
「どうしたの……? 凌太くん」
「…………俺に、稽古をつけてください」
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