竜王は魔女の弟子
第29話 暴走のトリガー
* * * *
完全な“竜”――。
暴走状態を経て、最高危険指標のレベル5を超えた存在。彼女はもう、人間に戻ることはできない。人間ではない、別の生き物になっているのだから。
俺が出会った完全な“竜”はこれで二体目だ。
ふと後ろに視線を向ける。ずぶ濡れになって、恐怖に震え、その姿からいつものような余裕は感じられない。
……俺も父さんのように、大事なものを守らなきゃ。
俺は竜脈の力を引き出して、彼女に斬りかかる。が、彼女はそれをひらりと避けて、俺の肩に一突き、そしてすぐさま引き抜き、撫で斬りにする。
血が数滴垂れるも、数滴で収まる。俺の纏う竜脈が傷口を覆い、驚くほどの回復速度で塞いだのだ。
「貴様、なかなかに面白い力を持っているな」
「俺はあんたと戦いたくない!」
言っても無駄なことはわかってる。闘争、殺戮、支配は竜の本能だ。
案の定、彼女は聞く耳を持たず、俺に刃を向ける。
しかし、ここでまたしても横槍が入った。
俺と彼女は、瞬く間に目の前を通り過ぎた衝撃波のようなもので吹き飛ばされたのだ。
「なんか騒がしいと思ったら、面白そうなことやってるじゃない」
その場に不相応な、聞き覚えのある声が耳に入る。
「ユイさん!? どうして……?」
「竜を狩るのは“五条”の長たる九条の務めだからね」
その抜身の太刀は、俺と少女に向けられていた。
「スカーレット、か。こんなところに潜んでいたんだねぇ」
その声が聞こえたとほぼ同時に、ユイさんは少女の眼前に迫り、一太刀にして肩口を裂いた。
少女は剣を取り落とし、血を吐いてむせ返る。そしてそのままぐったりとした様子で地面にへたり込んだ。
これが本気のユイさんだっていうのか……?
護城学園の歴史に残る、ランクSで卒業した六人のうちの一人。こう言っては悪いが、俺が敵わないと思っている先輩よりも、さらに数段上の実力だ。
「さて、今度は君かな、颯太くん」
……やはりか。今の俺はレベル3だ。駆除対象にされるかは曖昧なラインのはずだが、ユイさんは危険と判断したらしい。
「ユイさん! やめてください!」
先輩が、普段出さないような悲痛な叫び声を上げる。
「マナちゃんは知らないもんね。でも、しょうがないことなの。……わかって?」
「わからないです! 颯太くんは、死なせません!」
彼女はふらふらと、俺の前に立ちはだかった。しかし、ふっとその身体が崩れ、俺はすぐさまその小さな身体を抱き留めた。
「先輩……いいんです」
「颯太く……んっ!? あ……うぅ……」
先輩は目を見開いて、吐血した。緋色の刃が先輩の背から突き出ている。
その凶刃は、俺の背から、先輩もろとも貫いていたのだ。
「マナっ!」
「先輩……っ!!」
「颯太……くん。ごめん……ね。私……は、あなたが……」
その言葉を最後まで聞くことができないまま、彼女は俺の中でぐったりと意識を失った。
俺は緋色の剣の主を竜脈で形作った拳で殴りつけ、彼女を地面に寝かせた。
そして、俺の竜の“特性”である“治癒”の力を使って、彼女の傷を塞ごうと試みる。
「止まれ、止まれ、止まれ……! 止まれ……止まれ……止まって、くれ……っ!」
どんなに強く願っても、力を振り絞っても、鮮血はどくどくと溢れ出てくる。
「妾の特性は“断絶”。その傷は簡単には塞がらないぞ?」
背後の少女がそんなことを言っている。
……こいつをぶっ殺せば止まるかもしれない。
俺の気は昂り始めていた。抑えられない。
絶望。恐怖。悲壮。
俺の中に渦巻く感情が理性を侵食し……俺は意識を失った。
* * * *
颯太の身体から湯水の湧き出るように竜脈が溢れ出し、それを一点に収縮してぐっと押し込むと、茉奈の傷はあっさり塞がった。
颯太の標的は決まっていた。彼の意識の中には、スカーレットに対する憎悪と破壊願望のみが渦巻いていたのだ。
彼に睨み付けられたスカーレットは一瞬怯んだが、すぐに体勢を整える。と、彼が武器も持たずにただ竜脈だけを纏って突っ込んでくる。
「愚かな……。その竜脈ごと切り裂いてくれる!」
スカーレットが颯太に斬りかかる。だが彼はそれを物ともせず、傷を塞ぐことすらせず、ただただスカーレットを殴りつけた。彼女が折れるほど、何度も、何度も。
「くっ……、妾が……手籠めにされるとは……っ」
もはや四肢を動かすこともままならなくなったスカーレットは、力を振り絞って彼の首元に顔を寄せ、口づけをした。
すると、彼女の身体は輝き出し、彼女が手にしていたのと同じ、剣の姿に変わった。
そう、これこそが彼女の本体。柄のない、反った緋色の刀身の剣。
颯太はこれを手にし、辺りを見回して次なる標的を探す。
「まだ満足しないのね……。なら、私が相手してあげましょうか」
ユイは自ら進んで太刀を振るい、彼の肩口を目がけて袈裟に斬りつけた。が、キン、と一閃の金属音と、草むらに斬り飛ばされたものが落ちる音が響く。
颯太の手にした緋剣・スカーレットは、ユイの太刀を真っ二つに切り裂いたのだ。
「そんなバカなことも、あるのね……。ちょっと不利っぽいな。どうするかな……」
ユイはそんなことを呟きながら、ギリギリで颯太の剣撃をかわしていく。
しかし、それもここまで。彼女は大木を背に、追い詰められてしまったのだ。
颯太がユイの首筋をぐっと乱暴に掴み、そのまま握りつぶそうとする。
「いい加減に……」
ユイが表情を落として素になりかけたところで、一太刀の刃が颯太の腕を切り落とし、ユイは解放された。
その太刀の主はユイの前に立ちはだかり、なおも刃を颯太に向ける。
「下がれ、ユイ」
「母様! 私は……!」
「お前も殺されたいのか? ……気を鎮めておけ」
「……はい」
食い下がろうとしないユイを、母である九条羽衣は鋭い眼光で従わせた。
颯太は竜脈の力を使って、切り落とされた腕を修復している。
「牧野、お前までそうなってしまうとはな……」
一歩ずつ羽衣が歩み寄ると、それに合わせて一歩ずつ颯太も後ずさる。
本能的に、彼女が自分より格上の相手だと判断したのだ。
そして彼は、倒れ伏した茉奈ところまで追い詰められた。
すると、あろうことか彼は、標的を変えて、茉奈の胸元にスカーレットを突き立てたのだった。
完全な“竜”――。
暴走状態を経て、最高危険指標のレベル5を超えた存在。彼女はもう、人間に戻ることはできない。人間ではない、別の生き物になっているのだから。
俺が出会った完全な“竜”はこれで二体目だ。
ふと後ろに視線を向ける。ずぶ濡れになって、恐怖に震え、その姿からいつものような余裕は感じられない。
……俺も父さんのように、大事なものを守らなきゃ。
俺は竜脈の力を引き出して、彼女に斬りかかる。が、彼女はそれをひらりと避けて、俺の肩に一突き、そしてすぐさま引き抜き、撫で斬りにする。
血が数滴垂れるも、数滴で収まる。俺の纏う竜脈が傷口を覆い、驚くほどの回復速度で塞いだのだ。
「貴様、なかなかに面白い力を持っているな」
「俺はあんたと戦いたくない!」
言っても無駄なことはわかってる。闘争、殺戮、支配は竜の本能だ。
案の定、彼女は聞く耳を持たず、俺に刃を向ける。
しかし、ここでまたしても横槍が入った。
俺と彼女は、瞬く間に目の前を通り過ぎた衝撃波のようなもので吹き飛ばされたのだ。
「なんか騒がしいと思ったら、面白そうなことやってるじゃない」
その場に不相応な、聞き覚えのある声が耳に入る。
「ユイさん!? どうして……?」
「竜を狩るのは“五条”の長たる九条の務めだからね」
その抜身の太刀は、俺と少女に向けられていた。
「スカーレット、か。こんなところに潜んでいたんだねぇ」
その声が聞こえたとほぼ同時に、ユイさんは少女の眼前に迫り、一太刀にして肩口を裂いた。
少女は剣を取り落とし、血を吐いてむせ返る。そしてそのままぐったりとした様子で地面にへたり込んだ。
これが本気のユイさんだっていうのか……?
護城学園の歴史に残る、ランクSで卒業した六人のうちの一人。こう言っては悪いが、俺が敵わないと思っている先輩よりも、さらに数段上の実力だ。
「さて、今度は君かな、颯太くん」
……やはりか。今の俺はレベル3だ。駆除対象にされるかは曖昧なラインのはずだが、ユイさんは危険と判断したらしい。
「ユイさん! やめてください!」
先輩が、普段出さないような悲痛な叫び声を上げる。
「マナちゃんは知らないもんね。でも、しょうがないことなの。……わかって?」
「わからないです! 颯太くんは、死なせません!」
彼女はふらふらと、俺の前に立ちはだかった。しかし、ふっとその身体が崩れ、俺はすぐさまその小さな身体を抱き留めた。
「先輩……いいんです」
「颯太く……んっ!? あ……うぅ……」
先輩は目を見開いて、吐血した。緋色の刃が先輩の背から突き出ている。
その凶刃は、俺の背から、先輩もろとも貫いていたのだ。
「マナっ!」
「先輩……っ!!」
「颯太……くん。ごめん……ね。私……は、あなたが……」
その言葉を最後まで聞くことができないまま、彼女は俺の中でぐったりと意識を失った。
俺は緋色の剣の主を竜脈で形作った拳で殴りつけ、彼女を地面に寝かせた。
そして、俺の竜の“特性”である“治癒”の力を使って、彼女の傷を塞ごうと試みる。
「止まれ、止まれ、止まれ……! 止まれ……止まれ……止まって、くれ……っ!」
どんなに強く願っても、力を振り絞っても、鮮血はどくどくと溢れ出てくる。
「妾の特性は“断絶”。その傷は簡単には塞がらないぞ?」
背後の少女がそんなことを言っている。
……こいつをぶっ殺せば止まるかもしれない。
俺の気は昂り始めていた。抑えられない。
絶望。恐怖。悲壮。
俺の中に渦巻く感情が理性を侵食し……俺は意識を失った。
* * * *
颯太の身体から湯水の湧き出るように竜脈が溢れ出し、それを一点に収縮してぐっと押し込むと、茉奈の傷はあっさり塞がった。
颯太の標的は決まっていた。彼の意識の中には、スカーレットに対する憎悪と破壊願望のみが渦巻いていたのだ。
彼に睨み付けられたスカーレットは一瞬怯んだが、すぐに体勢を整える。と、彼が武器も持たずにただ竜脈だけを纏って突っ込んでくる。
「愚かな……。その竜脈ごと切り裂いてくれる!」
スカーレットが颯太に斬りかかる。だが彼はそれを物ともせず、傷を塞ぐことすらせず、ただただスカーレットを殴りつけた。彼女が折れるほど、何度も、何度も。
「くっ……、妾が……手籠めにされるとは……っ」
もはや四肢を動かすこともままならなくなったスカーレットは、力を振り絞って彼の首元に顔を寄せ、口づけをした。
すると、彼女の身体は輝き出し、彼女が手にしていたのと同じ、剣の姿に変わった。
そう、これこそが彼女の本体。柄のない、反った緋色の刀身の剣。
颯太はこれを手にし、辺りを見回して次なる標的を探す。
「まだ満足しないのね……。なら、私が相手してあげましょうか」
ユイは自ら進んで太刀を振るい、彼の肩口を目がけて袈裟に斬りつけた。が、キン、と一閃の金属音と、草むらに斬り飛ばされたものが落ちる音が響く。
颯太の手にした緋剣・スカーレットは、ユイの太刀を真っ二つに切り裂いたのだ。
「そんなバカなことも、あるのね……。ちょっと不利っぽいな。どうするかな……」
ユイはそんなことを呟きながら、ギリギリで颯太の剣撃をかわしていく。
しかし、それもここまで。彼女は大木を背に、追い詰められてしまったのだ。
颯太がユイの首筋をぐっと乱暴に掴み、そのまま握りつぶそうとする。
「いい加減に……」
ユイが表情を落として素になりかけたところで、一太刀の刃が颯太の腕を切り落とし、ユイは解放された。
その太刀の主はユイの前に立ちはだかり、なおも刃を颯太に向ける。
「下がれ、ユイ」
「母様! 私は……!」
「お前も殺されたいのか? ……気を鎮めておけ」
「……はい」
食い下がろうとしないユイを、母である九条羽衣は鋭い眼光で従わせた。
颯太は竜脈の力を使って、切り落とされた腕を修復している。
「牧野、お前までそうなってしまうとはな……」
一歩ずつ羽衣が歩み寄ると、それに合わせて一歩ずつ颯太も後ずさる。
本能的に、彼女が自分より格上の相手だと判断したのだ。
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